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第80話 小さなフィレンツェアの気持ち②


 それは偶然だったようだ。


 誰もいないはずのその場所で、にフィレンツェアは見てしまったのである。


 フィレンツェアが見たのは、苦しそうに体を丸めて震えているアルバートだった。必死に声を抑え、眉はずっと苦しそうに顰めたまま。首筋には冷や汗が流れていて、時折うめき声が歯を食いしばった唇から漏れ出たけれど決して叫んだりはしない。


 それはただひたすらに……今の苦しみを耐え忍ぶ姿だ。


 フィレンツェアは木陰に身を隠しながら、それを見ていた。声をかけようかと思った瞬間もあったようだが、フィレンツェアは次の場面を見て即座にそうするのをやめた。なぜならば……。


『あらあら、まぁまぁ。これはまた酷い発作ですわねぇ!なんでほんの少し離れた隙にこんなに悪化するのでございましょうか……』


 どこからともなく現れた赤いまだら模様のヘビがアルバートの腕を伝ってくねくねと登ってきたかと思うと、なんとアルバートの唇の端にかぶっ!と噛み付き……『ぶっちゅぅぅぅぅぅっ!ずももももぉぉぉっ!ぷはっ!』と、“何か”を吸い取ったのである。


「ごめん、ニョロ……。今日はかなり体調が悪くて……いつものお守りのおかげで少しはマシだったんだけど……さっき急に酷くなってしまって……」


 そう言ってアルバートがよろめきながらズボンのポケットから取り出したひとつの赤い宝石がやけにフィレンツェアの目に止まっていた。


『お気を付けなさいませな。今後、に色濃くなるかで運命が変わってしまいますのよ?“あなたが望む未来”にするためには……今が正念場でございましてよ』


「……わかってるよ。そうならないために頑張っているんだから」


 会話の内容はさっぱりわからなかったが、フィレンツェアは目が離せなかった。ドキドキと高鳴る胸を押さえて必死に息を殺している。


 その時に偶々見てしまったアルバートの瞳の色。その瞳の色が“存在しないはずの瞳の色”だと言うことはフィレンツェアでも知っていた。そして、なぜかアルバートが“精霊の力”のせいで苦しんでいると感じ取ってしまったのだ。その時は“加護無し”の自分になぜ精霊の力が感じ取れたのかはわからなかったが、どうしてかアルバートの体内で“精霊の力”が暴走しているのだと本能でわかってしまったようだった。


 ……これはたぶん、封印されていたとはいえアオの魔力が反応したのかもしれない。フィレンツェアは気付いていないが生まれた時からずっとアオの強力な魔力に守られてきているのだ。きっとアオの魔力が無意識のうちにアルバートに宿る精霊の力を感じ取ってしまったのがフィレンツェアに伝わってしまったのだろう。


 しかもそれは、アルバートの守護精霊の力ではなく……だ。


 これまで気付かなかったが、小さなフィレンツェアの目で見ればそれがよくわかる。ヘビの方から感じる力とは全然違う……もっともっと強力な力。これは人間が持つには大き過ぎる力だ。


 意識していなかったから今までわからなかったが、フィレンツェアの瞳は“そのモノが持つ魔力”を見分ける事が出来るようだ。しかも無意識にオン・オフをしているようで、小さなフィレンツェア自身がその事に違和感を感じていないから私にもわからなかったようだった。


 つまり、私があの時に見たアルバートの纏う赤いモヤ……あれはアルバートの持つ精霊の力の塊だったのだ。



【その姿を見て……なぜか自分の境遇と重なって見えたの。守護精霊がいなくて苦しんでいる私と、精霊の力で苦しんでいるアルバート様がなんだか似ているような気がして……真逆なのにおかしいわよね。でも、本当にそう思ったのよ。あぁ、この人は私と一緒なんだって】


 そして体調の戻ったアルバートが立ち去った後、その場にあの赤い宝石が落ちている事に気付いたようだ。フィレンツェアはその宝石を慌てて拾ったものの、アルバートをすぐに追いかける事が出来ないでいた。さっきの場面を見てしまった事を伝えても大丈夫なのだろうかと躊躇したのだ。


 それに、少しだけ……この宝石を見ていたくなってしまった。「ちょっとだけ……ちょっと借りるだけだから」と自分に言い訳をして宝石を手の中に隠してしまった。


 フィレンツェアは誰もいないのを確認してあの湖に行き、桟橋の上で宝石をただ眺めていた。


 キラキラと輝く宝石の美しさに心のささくれがほんの少しマシになった気がして、不思議と癒される。でもきっとこれはアルバートの大切な物のはずだからいつまでも自分が持っているわけにはいかない。と息を吐く。


 アルバートはすぐに宝石を落とした事に気付いてあの場所に探しに来るかもしれない。アルバートを困らせたいわけではないので、落ちていた場所に早くこの宝石を戻さなくては……。そう思った時だ。



【……手が滑って、宝石が湖に落ちてしまったの。その時は動揺してその場からつい逃げてしまって……】



 でも後日。湖の近くでまたもや発作を起こしているアルバートを見つけてしまったのだ。今度はフィレンツェアがアルバートが苦しむ姿を見てしまったと気付かれてしまったようだったが、フィレンツェアは何も言わずにアルバートの前から立ち去った。────湖に落としてしまった宝石を探すために。


 ……あぁ、だからフィレンツェアはあの日ひとりで湖の桟橋の上にいたのだ。必死に水面を覗いてどうにか赤い宝石が見えないかと気が焦っていたから、自分に近付く殺気立った気配にも気付かなかった。湖に突き落され、このまま死ぬのかもしれないと思った時も自分がアルバートの宝石を持ってきてしまった天罰なのかもしれないとすんなり受け入れて……。


 そして命は助かったものの、私とひとつに混ざり合った時も“小さなフィレンツェア”として心と記憶の一部をを隔離したのは記憶を完全に共有してはアルバートの秘密が私にわかってしまうから。


 フィレンツェアはアルバートの秘密を守る為に“小さなフィレンツェア”となった。だからアルバートに関わった時にあんなに激しく動揺していたのだ。


 そして、ついでに私も現在進行系で激しく動揺している。


 いや、ほら────も、もしかして……だけど。小さなフィレンツェアがアルバートに特別な感情を持っているとか……あったりする?それも、好意的なあれやこれを……なーんて思ったり?


 はっきり言って私ははあまり得意ではない。聖女時代は生きる事に精一杯でそれどころではなかったし、神様がゲームについての恋愛観は教えてくれたがそれを現実としてどうなのかと問われると首を傾げてしまう自分がいる。






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