だって、つまりはアルバートの秘密を守る為に私と完全に混ざり合うのを拒否したって事よね?それにさっきから小さなフィレンツェアから流れてくる感情は“嬉しそう”な感じなのだ。
考えても自分自身ではよくわからない感情だが、天界にいる間に神様から色々と聞かされていたせいで私は俗に言う耳年増だった。普段は気にしていないから意識もしていないが、一度気にするとやっぱり気になってしまうのである。特に小さなフィレンツェアのそうゆう事情は私にだって直接的に関係してくるではないか。
【最初はね?湖に落ちて、もう死んだって思って覚悟したから……だから、もう一人の私の事もすんなり受け入れられたの。でも、それからなぜか……人生観が変わってきたと言うか……もう一人の私を見ていたらこれまでの悩みが馬鹿馬鹿しくなってきてしまったのよ。
だから、ジェスティード殿下と婚約破棄をしようと思ってくれたのも嬉しかったしもう一人の私が思い浮かべるスローライフも興味津々だったわ。アオさんの事は正直かなり驚いたしそのせいであんな目にあったんだともちょっとだけ恨んだけど……でもずっと守ってくれていたのは嬉しかった。もう一人の私の記憶を覗いて神様の事も、なんだか私とも友達になってくれそうって思ったり……。でも私の運命を変えるためにもう一人の私が頑張ってくれてるのを見ていたら、私もやり残した事があるって思ったの】
その時、フィレンツェアの視界の方の画面がふわりと揺れたかと思うといつの間にか画面いっぱいにアルバートの顔が近付いていた。
【ずっと、アルバート様に謝りたかったの……。宝石を勝手に持ち出して湖に落としてしまったことも、ずっと避けてしまっていたことも……。それに、どうしても伝えたいことが────】
「フィレンツェア嬢、やっぱりあなたはわかっていたんですね。……僕の秘密を」
「……それがどういう事なのかちゃんとわかったのは、もう一人の私と入れ替わってからなんです。もう一人の私が行動している間はひとりでゆっくり考える事が出来たので……。そして、図書館でアルバート様に助けていただいた時に確信しました。
……きっと
すると小さなフィレンツェアは「ふふっ」と声に出して笑った。
「人間は死にかけると人生観が変わるらしいとはよく聞きますけれど、本当でしたわ。なぜかこの状況になってから気が楽になったというか視野が広がったというか……もう一人の私の言葉を借りるならこれこそ“バグ”というやつだと思うのです。私は“悪役令嬢”として断罪される運命らしいですから。でも、私はもう一人の私と出会って本当に運命が変わったんです。ずっと悩んでいた家族との関係も改善されましたし、守護精霊もいるとわかった。それにジェスティード殿下のこともあんなに執着していたのが嘘のようにどうでもよく思えてしまって……だから、私……アルバート様を避けたりせずにちゃんとお話をしなければいけないと思ったのです。きっと私の態度はあなたを深く傷つけてしまっただろうと────」
小さなフィレンツェアは息を吸い込み「アルバート様」とアルバートの顔をまっすぐに見つめる。そこには先ほどまでの甘酸っぱい空気は無く、真剣だ。そして小さなフィレンツェアが次の言葉を紡ごうと唇を動かした瞬間。
「────体が戻った……?」
小さなフィレンツェアはパタリと動かなくなり……体の主導権は一瞬で私に戻っていたのだ。私は立ったままだったが頭がぐったりと下を向いていたのでパチッと目を開けると自分のつま先と地面が視界に広がっていた。
「どうやら時間切れのようですね。たぶん無理に入れ替わったからその反動が一気に来たのでしょう……もしや眠ってしまったのではないですか?」
「……そう、みたいですね。寝てるみたいです。“小さなフィレンツェア”ったら、なんて自由な……」
心の中では小さなフィレンツェアの寝息が聞こえてくる。まさか、はしゃぎすぎて力尽きるなんてまるで子供だ。でも、幸せそうではなある。
「……“小さなフィレンツェア”……、ふふっ、素敵な呼び方だ。きっとそれが“フィレンツェア嬢”の本来の姿なのでしょうね。あなたもお転婆のようですし……ね?もう一人のフィレンツェア嬢」
「それは────」
どういう意味なのか、と。アルバートを問い質そうと思わず顔を上げると、前髪の隙間から覗く赤い瞳と視線が重なった。あまりの距離の近さとアルバートから感じる妙な圧に思わずたじろいだその時だ。
「……きさまぁ!フィレンツェアに何をするつもりだ?!今すぐ離れろ!」
なんと突然の強風と共に半裸かと思うほどのやたらと衣服の乱れたジュドーが現れたかと思うと、私をがっしりと抱き締めてきたのだった。
胸元がはだけ過ぎていて頬にジュドーの素肌が押しつけられてしまったのだ。なぜかところどころが薄黒く汚れていてしっとりと汗をかいている。乱れに乱れた服からは女性の物であろう甘ったるい香水の残り香まで……。
ちょっ、ちょっと待ってよ……これはなにごとなのぉ?!
私は混乱し、戸惑うしか無かったのだ。