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第82話 ヒロインは見た!①

※ヒロイン視点





 その日は珍しく早起きをするハメになった。なぜならばセイレーンがやたらとうるさかったからである。


『もぉう!なんだか学園でラブな何かが起こる気がするのよぉう!これはほんとぉ〜に!絶対に!なにかが起こるわぁ……乙女の勘なのよぉぉぉ!こんなの……こんなの初めてなんだわぁぁぁん!』


 魚部分の下半身をビッチビッチと跳ねさせ興奮しながらあたしの上をぐるぐると飛び回るセイレーンが鼻息を荒くさせていた。相変わらず恋愛的な事になるとそのテンションは天井を突き抜ける勢いだ。


 しかし、いつもながらあたしにしか聞こえないとは言え大音量で耳元で叫ぶのはやめてほしいものである。キーンと痺れる耳を指で押さえながらあたしは「どっこいしょ」とベッドから起き上がった。セイレーンからは『その掛け声は可愛くないわぁ!』といつも言われるが、もうクセになっているので仕方が無い。


 どうやらセイレーンが言うには、学園のどこかでラブ的なハプニングとやらが起こりそうな予感がするらしい。いやいや、セイレーンに予知能力なんてあったっけ?そんなもんないでしょうよ。っていうか、まだいつもの起床時間よりだいぶ早いんだけど。


 さて、どうしよう。いつもならジェスティードのご機嫌を取るために念入りに化粧やぶりっ子練習をして“可愛いあたし”を完璧に作って仕上げるのだが、もうそれも意味が無いような気もしている。しかし嫌われてしまってはとなってしまうので現状維持が望ましく、それでいていつもとの“違い”を確かめたいのだ。もいるし……。あぁ、眠い。


「うーん……もうちょっと寝てていい?」


『ちょぉっとぉ!ルルったらやる気がないわぁ!わたくしの勘は当たるのよぉぅ!?わたくしだけで見に行くとルルと離れることになるからこうやって起こしているのにぃ!だって学園生活中はずぅっと一緒にいるってルルが約束したんでしょぉ?!』


 精霊は基本的に自由だ。だから契約者である人間と一緒にいようが離れていようがそれも精霊の自由。だがあたしは“これまでの世界”でセイレーンを捕らえられしまった経験がありそれを阻止する為にも絶対に離れないようにと学園に入る時にお願いしているのである。なので、普段は姿を消していても必ずセイレーンはあたしの側にいてくれている。しかも本気で気配を消したら仲間の精霊たちにも存在を気付かれないのだからさすがは空想生物の姿をした上位精霊というべきか。


「はいはい、わかったってば……でもそれって、つまりは誰かのラブなハプニングとやらを覗き見に行きたいってことだよね?だってセイレーンの魅了魔法はあたしを対象にしてしか効果がないんでしょ?」


 セイレーンが『また話し方ぁ!』と注意してくるがここにはジェスティードもいないしそれについては無視だ。もう慣れたとはいえあのしゃべり方は肩が凝って疲れるのである。


『もぉう、いいわぁ!……それにしてもぉ、ルルったら夢がないわぁ!わたくしはいろんな愛の現場をこの目で目撃して見守りたいだけなのよぉぅ!なによりもルル以外の人間の恋愛模様も面白そうでしょぉう?!こんなにわたくしの恋愛センサーがビンビンに反応してるんだものぉ!三角関係とか略奪愛とか奪い合いとか……あぁん!修羅場なんて考えただけでゾクゾクするんだわぁ!』


 身悶えする程に楽しそうでなによりだが、やっぱりただの覗き見である。修羅場なんて見守ってどうするつもりなんだか。やっぱりただのミーハー……いや、さすがは愛に盲目と言われる精霊だというべきか。


 でも、と。ふと思った。セイレーンがこんな風に騒ぎ出すなんて確かに“今まで”ではなかったはずだ。またもや初めての事が起きたのである。そう思ったらあたしまでついワクワクしてきてしまった。自分の命がかかっているのに不謹慎かもしれないが、数え切れない程に繰り返してきた男の機嫌を取るだけのマンネリの日々に訪れた初めての刺激なのだ。そしてこれこそが“この世界”の突破口になるかもしれない────そう思ったら一気に眠気が吹っ飛んだ気がした。


「いいよ、セイレーンがそこまで言うなら付き合ってあげるしかないね。────でも知らないパターンだから用心はしておかないと……もしかしたら攻略する人とか関係あるのかも……」


 小声でそう呟くと、セイレーンがくるりと向きを変えてあたしの顔を覗き込んだ。その無機質な真珠色の瞳に映り込んだあたしの顔は眉根に皺が寄っている。


『どぉしたのぉ?もぉう、ルルったらすぐ考え込むんだからぁ……。だいたい、今だってルルがわたくしに“名前”をつけてくれたら済む話なのよぉ?少しくらい離れてもルルが“名前”を呼んでくれたらすぐに戻ってこれるのに全然つけてくれないからわたくしとルルの結び付きが強くならないのよぉ。そぉすればもっと強力な精霊魔法だって使えるようになるかもしれないのよぉ?』


「うーん……だって、セイレーンはセイレーンだもん。今でもじゅうぶんあたしとセイレーンとは結び付いてるから大丈夫だよ。それにほら、セイレーンって呼ぶ方がかっこいいじゃない?セイレーンっぽいし」


 にこりと笑って誤魔化すと、セイレーンは『もぉう。ルルはいっつもそれなんだからぁ〜!……あぁん、それにしても楽しみだわぁ』とすぐに興味無さげにまた空中をくるくると回りだしてしまった。セイレーンの性質的にあるかわからない未来の事よりも、これから起こるかもしれない目の前のラブハプニングの方が重要なのだろう。名前のことは前から時々言っては来るがそれを無理強いするつもりはないらしい。






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