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第83話 ヒロインは見た!②

 実は、“これまでの世界”で一度だけセイレーンに名前を付けた事がある。一番最初の時は偶々付けなかっただけであったが、でセイレーンが捕まってしまったのではないかと思ったからだ。だから、色々な願いを込めて名前をつけたのだが……。


 その先にあったのは想像を絶する悲惨な未来だった。まさか名前をつけたせいで暴走するなんて思いもしなかったから対応策などを考える余裕も無かった。あの時はセイレーンの過激な暴走のせいでその時の攻略相手と共にあたしも殺されてしまったのである。


 あたしは、空想生物の姿をした精霊の本当の怖さを知ってしまった。だからこれからもセイレーンに名前を付けることは決して無いだろう。



「ところでセイレーン、早く学園に行きたいのなら身支度を手伝ってくれる?今日は寝癖が酷くて……治癒魔法で毛先を治癒して寝癖を治してよ。セイレーンの治癒魔法だと髪の毛のコンディションも最高になるからいつでもうるつや天使の輪になるんだよね〜!それにいい香りもするし♪」


『んまぁ!わたくしの治癒魔法を寝癖直しに使うなんてルルくらいよぉう!これでも人間には希少な奇跡の魔法って言われてるのよぉ?』



 もちろん知っている。だからあたしも困っている人たちの役に立てればって頑張ったのに“あの世界”はあたしを裏切ったのだ。“あの時”のあたしは自分の事なんて後回しで他人の事ばかりだったから髪も肌もボロボロだった。そして……利用だけされて惨めに死んだのだから。



「セイレーンのおかげであたしはいつでも可愛くてみんなに愛されてるんだよ。いつもありがとう、さすがは恋のキューピッドだね!」


『んふふ……んもぅ、仕方ないわねぇ!じゃあ〜、ついでにお肌の美白とハリ艶効果も追加で治癒しておくわぁ!やっぱりわたくしのルルはいつでも最高に可愛くなくちゃいけないものぉ!みんながわたくしのルルを愛して愛して愛しまくるんだからぁ〜!』


 そう言って満更でもなさそうにしながらご機嫌で治癒魔法を使ってくれるセイレーン。今のセイレーンにとってはあたしは自分の欲を満たす着せ替え人形のような存在かもしれないが、はそのセイレーンの慈悲深い姿も、残酷な姿も、暴走する姿も、全部見てきたのだ。そして、こうやって無理矢理ではなくセイレーンが自ら楽しそうに魔法を使う事が必要だということも知っている。


 それにしても“名前”かぁ。興味無さげなセイレーンですら思い出したかのように言ってくるなんて、やはり守護精霊にとってはそれなりに大切な事なのだろうか。あたしはセイレーンとあの4人の守護精霊くらいしか詳しくは知らないが、もっと強い精霊が出てきたらパワーバランスがどう崩れるかなんて予想もつかない。


 そう、例えば……本当に存在するのかはわからないが、最強って言われているドラゴンとか?


 だがまぁ、“これまで世界”でもドラゴンなんて見たことはないし、その存在もおとぎ話でしかない。いくら“今の世界”がいつもと違うかもしれないって言っても、まさかドラゴンなんて出てくるわけがない。そう思っていた。思っていたのだが……。















「……アレって、まさか」


『修羅場よぉ!ド修羅場だわぁ!!あれは三角関係かしらぁ?それとも略奪愛ぃ?あぁん、複雑ぅ!』


 いつもよりかなり早く来た学園で、セイレーンの勘を頼りに湖の近くへとやって来た。絶対にここで何かが起こると断言するセイレーンを信じて少し離れた場所に身を隠したのだ。セイレーンがあたしの気配も包みこんで隠してくれるとのことで簡単には見つからないらしい。


 セイレーンはその場で現在進行系で起こっている出来事にとてつもなく喜んでいる。まさに修羅場だ。なにせ、あたしの目の前には驚きの連続が舞い込んできたのだから。







***







 最初にその場に現れたのは、まさかの悪役令嬢だった。




 フィレンツェア・ブリュードは“どの世界”でもあたしをイジメる悪役令嬢だった。“今回の世界”でも最初は嫉妬に駆られた嫌味をグチグチと言い続けてきていたのだが、あたしが毎回の事に言われ飽きてしまいつい反論してしまったせいで少し変化が起こっていた。


 まさかジェスティードがあんなに激昂してフィレンツェアを人前で無理矢理謝らせて恥ずかしめるなんて思わなかったのだ。“この世界”では身長の事しか気にしない器の小さい阿呆だと思っていのに。あたしが言うのもなんだけど、婚約者がいるのに浮気しているのは自分のくせになんでこんなに偉そうなんだろう。何様のつもりなのか。これだから甘やかされたボンボンは……。いや、王子サマか。


 とにかく、そのせいなのか本来あるべきイジメが無くなってしまい“いつも通り”にするためにイジメを自作自演するハメになっていた。まぁ、イジメの内容が違う時も多々あったしそれでも同じような行動をしていればどうにでもなっていたのできっと今回も同じだろうと思っていたのだ。まさか失敗してこんなにウキウキするとはあの時は思っていなかったけれど。



 今だからこそわかる。フィレンツェア・ブリュードは、フィレンツェアではないと。



 神妙な顔つきで湖を見つめるフィレンツェアはどこか少し寂しそうだ。そう言えばこの数日は肩に変なトカゲを乗せていると噂になっていた気がしたがそんなトカゲは見当たらない。なぜかフィレンツェアの噂はあたしのいる離れた教室にもすぐに届くので、それは本人とはほとんどまともにしゃべったことがない人間でも学園中が知っている程である。


 “これまでの世界”では苦手だった悪役令嬢だが、今はそんなに嫌いではない……気がする。エスカレートしていったイジメの内容は酷かったが、いつも最初はまともな事を言っていた唯一無二の人間だからだ。今から思えば、あたしをイジメていた頃の悪役令嬢は周りから与えられるストレスでおかしくなりそうになるのをあたしをイジメることでなんとか保っていたのだ。この人もあたしと同じこの世界の被害者なのかもしれない。









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