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第84話 ヒロインは見た!③

 しばらく待つと見覚えのない人間がやって来た。黒髪で長身の青年だったが、“これまでの世界”でただの一度も見たことがないのだ。黒髪なんて珍しいから一度見たら忘れないはずなのに。



 え、もしかしてこれって悪役令嬢の浮気現場?見ちゃダメなやつなんじゃないの?



『あぁん、何か話してるのによく聞こえないわぁ!でもぉ、あの子って悪役令嬢ちゃんよねぇ?ルルの王子サマの婚約者でしょぉう?いやぁん、禁断の恋よぉっ!逢引よぉぉぉっ!』


「あんまり近付きすぎるとさすがに見つかっちゃうでしょ。まぁ、ジェスティードがあんなだからフィレンツェアを責めるのもねぇ……っていうか、ジェスティードの浮気相手ってあたしだし?」



『えぇ〜、だぁってルルのは純愛でぇ運命の恋なんでしょぉう?だったら浮気じゃないわぁ!それに多少の刺激は恋のエッセンスだものぉ────あらぁ?なんだかあの子、変なオーラが付いてるみたいだわねぇ?青くて不思議な感じのオーラ……あれってもしかしてぇ……』


「え、なにそれ?」


『んンン……やぁっぱりなんでもないわぁ。とにかく運命の恋は最強なのよぉ!』



 なんだかセイレーンが首を傾げていたみたいだけど、どうかしたのだろうか?フィレンツェアに青い変なオーラ……?しかしセイレーンがそれ以上その事に関して答えてくれることはなく、ずっと『運命の恋よぉ』とはしゃいでいる。


 それにしても、運命の恋ねぇ。なんて都合のいい言葉なのだろうか、とため息をつきたくなった。


 その言葉だけなら耳にタコができるほど聞いてきたが、“これまでの世界”でその運命とやらがあたしを助けてくれたことはないのだ。


 それにあたしの方はそんな気持ちなんて欠片もないんだけど、それでも運命の恋とやらに含まれるのだろうか。


『あぁんっ!ちょっとルル、アレを見てぇっ!?』


「えっ……!アレってまさか」



 あたしはその場面に驚きを隠せなかった。だってアレは────。



「まさか……ドラゴン?もしかして守護精霊なの?」


 それは確かに、小さいし赤いけれどおとぎ話でよく出てくるドラゴンの姿そのものだったのだ。……なんだか揉めてるみたいだけど。


『修羅場よぉ!ド修羅場だわぁ!!あれは三角関係かしらぁ?それとも略奪愛ぃ?あぁん、複雑ぅ!』


「うーん、修羅場と言えば……確かに修羅場?何か揉めてるし……いやでも、あれは三角関係っていうのかな?」


 悪役令嬢は“加護無し”で守護精霊はいないはずだから、あっちの黒髪の青年の守護精霊なのだろうか。いや、それにしたってなにがなんやらである。セイレーンは気にしていないみたいだけど、ドラゴンが実在した事にも驚きだ。


『もしかしたらぁ、別れ話なんじゃなぁい?悪役令嬢ちゃんが何か怒ってるみたいだったしぃ、捨てられちゃったんだわぁ……あぁん!今度はあの悪役令嬢ちゃんの様子が変だわぁ?!さっきと違って今度はふたりで見つめ合いだしたわよぉう〜!?』


「変っていうか別人レベルで態度が違うような……あっ、黒髪がフィレンツェアに近付いた!あのドラゴン?はずっと興奮気味だし……『ほぉら、やっぱりド修羅場よぉぅ!もっと近くで見たいわぁ!』えっ、セイレーンちょっと待って!あっ……」


 身を乗り出そうとするセイレーンを止めようとした時、突然の風が吹き荒れた。木の葉や土煙に思わず目を瞑ってしまったが……次に目を開けるとさらに驚くことになったのだ。



 なんとそこには、いつの間にかジュドーが姿を現していてフィレンツェアを守るように力強く抱き締めていたのである。え、いやいやいや……なんでそんなに服が乱れてるの?!セイレーンが興奮し過ぎて『なんだか事後みたいな格好だわぁ?!激しい大人の恋ねぇ?!』と鼻血を吹き出しそうな勢いである。


 ちなみに黒髪の青年とジュドーはたぶん睨み合っているようだ。黒髪の方は前髪が長すぎて目は見えないんだけど、なんていうかこう……雰囲気がヤバいオーラでも出てきていそうな勢いなのだ。


 もちろんジュドーの方は完全に相手の黒髪青年を威嚇している。



 それはまるで、悪役令嬢を賭けた白と黒の戦い。その場面だけ切り取ればそれこそ物語の中のようにも見えた。目が離せないとはこうゆうことか。特にジュドーの服装が。



 確かにジュドーは周りからはチャラ男だと思われるような男だったけど、“これまでの世界”ではその実は意外と女性に対してはウブで一途だったってオチが多かったはずなのに……“この世界”では全然違うみたいである。いやいや、それにしたっていくらなんでもこれはないわー。チャラ男どころかどこの専門の人なのよ。ほぼ半裸状態でところどころ薄黒く汚れてるし汗までかいて……『いやぁぁぁん!なんだか周りに薔薇の花が見えてきそうだわぁん!』おぅっふ。セイレーンが興奮しっぱなしである。さすがに薔薇の花……は見えないが、セイレーンの妄想が爆発しているようだ。



 あぁでも、確かに今ならばセイレーンの気持ちがよくわかるかもしれない。あたしも許されるのならば力いっぱい腹の底から叫びたい衝動にかられた。そう、これはまさに……。





 まさに、ド修羅場中のド修羅場だぁぁぁぁぁ!!!?と。








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