※ジュドー視点
オレがその場に出くわしたのは、ある意味で運命だったのだ。しかしまさか、それがこんな事になるなんて思いもしなかった。
いつもならもう少し冷静に状況を判断しようとするはずなのに、頭に血が登ったオレは考える間もなくゲイルに精霊魔法を使ってオレをその場に運ぶようにと口に出していたのだった。
***
あれから……そう、“もう一人のオレ”がフィレンツェアに対してやらかした上に色々と丸投げして勝手に眠ってしまった後から。オレは目まぐるしくなる程に大変な事に巻き込まれていったのである。
「ジュドー様。アレスター国から離れ、第一王子の目が無い場所であなた様と向かい合える日をずっと心待ちにしておりました。実は我が守護精霊が第一王子に囚われていて命令を聞くフリをしていたのです。ですが、我々はジュドー様のオッドアイを吉兆と崇拝する第二王子殿下派閥なのです!」
「は?」
あれから護衛はオレにとって寝耳に水な事をペラペラと喋り出した。まさか第一王子である兄上が秘密裏に精霊を捕らえる術を研究していて、それが成功していただなんて……。しかもすでにこの護衛の守護精霊は兄上に捕らえられていると言う。そして未だ研究しているのだとしたら、たぶん犠牲者は想像以上にたくさんいるのだろう。
「……そうして第一王子は、守護精霊を捕まえてしまえば人間と精霊の契約を無理矢理にでも破棄させることが出来るのではないかと目論んでおられるのです。そして自由であるべき精霊を従わせ、自分たちの思うままに守護精霊を取り替えさせたり人為的に“加護無し”を作ることが出来れば自分の意のままに世界を操れるはずだと……。それに平民を“加護無し”にしてしまえば、それこそ人権など無いも等しい奴隷を好きなだけ作り出せる、とも。……第一王子は戦争を起こすおつもりなのです。もちろん“加護無し”となり奴隷とされた人間はその戦争の道具として使われるでしょう」
それが事実ならばショックでしかなかった。しかしひとつ引っかかることもある。
「……つまり、兄上の目論見を知ってしまい守護精霊を奪われたからオレに兄上を止めて欲しいと、そう言いたいんだな?確かに第一王子である兄上を止める為には同じ王子である弟のオレを持ち上げるのが手っ取り早いだろう……それはわかる。だが……オレの瞳は、このオッドアイは不吉なはずではなかったのか。これまでずっと……あれほどオレの事をハズレ王子だと言っていたはずなのに、なぜ今更になって吉兆などと……」
「それは……その……いえ、じ、実は!」
護衛が、少し言いにくそうに口ごもり出した。なぜならこの護衛自身もその昔はオレの悪口を言って兄上についていたひとりだからだ。……結局は兄上に利用されてしまったようだが。そして、それでも意を決したかのように護衛が口を開いたその時。
「その伝承の解釈が間違っていたのですわ」
そう言って、金色の髪を靡かせたひとりの少女がどこからともなく姿を現したのだ。
「なっ……お前は今、どこから……?!」
気配は無かった。その証拠にオレの守護精霊のゲイルも驚いて周りをキョロキョロと見回している。
『さっきまでは、確かに誰もいなかったよ!それに今も、目の前にいるのになんか変だ……!』
「気配が……普通と違う?」
するとその少女は紫がかった瞳を弧を描くように細めると「……ぐふふ♡」と嬉しそうに口の端を吊り上げた。しかしその唇が、我慢の限界とばかりにわなわなと震えていて何か呟いているようにも見えた。
オレを怖がっている……?いや、違う。あの笑い方は何か企んでいるような────それにしても、なんてねっとりとした絡みつくような視線なんだ。
「ブツブツ……(これはこれは……なんて素晴らしい容姿に見事なオッドアイでござろうか。ぐふ♡それに拙者の〈腐ったスカウター〉によればかなりの強者と見た。その戦闘力は計りしれぬでござる!ツンデレ要素も兼ね備えている上に受けにも攻めにも育つ可能性を秘めているとは……信者たちから聞いていた以上に掘り出し物のようでござるな……!〈オタ神〉殿のモノでさえ無ければ……いやいや、それでもたまに貸してもらえるならば
よもや年頃の令嬢の口から吐き出されたとは到底思えないその腹の底から込み上げてくるような笑いを聞いた途端、まるで獰猛な肉食獣がヨダレを垂らして今か今かとこちらを狡猾に狙ってきているような気分になりゾクリと背筋に冷たい汗が滝のように流れ出した。
あのたくさんの令嬢たちに群がられた時も似たように感じたが、たったひとりのこの令嬢から感じるそれはその時のそれをはるかに凌ぐものだった。
そう、これは────丸裸にされて縛り上げられた上に腹ペコの肉食獣の目の前に放り出されたような感じだ!
オレはその視線に身の危険を感じ、思わず両手で我が身を庇うように隠したが逆効果だったようで令嬢の皮を被った獰猛な肉食獣の目がより輝いただけだった。
「ジュ、ジュドー様!実はこちらの令嬢は────「お待ちなさい。名乗りなら自分でいたしますわ」……は、はい。失礼いたしました……」
オレが不審な眼差しでその令嬢を見ているのに気付いた護衛が、慌ててオレの前に出ようとしたがその令嬢が慣れた様子でそれを諌めた。どうやら護衛は彼女の事を知っているらしくその場に膝をつく。すでにその目は忠誠を誓っているかのように見えた。
「ジュドー殿下……」
そして、さっきまでの怪しさ満載の表情をやめたかと思うと……淑女らしい顔つきになったその令嬢が見事なまでの華麗なカーテシーを披露して見せて来たのだ。
「改めまして、わたくしの名前はフランソア・ロットンと申します。ここより遥か遠くの異国の地にあるロットン帝国の第三王女でございますわ。普段は“この世界”に
「……ロットン帝国だと?そんな国があったのか……」
「はい。そして、我が国には様々な伝承が残されているのですが、実はその中には他の国に関する古い伝承も残されているのです。もちろんジュドー殿下の祖国、アレスター国に関する伝承も……。つまり、“オッドアイの瞳についての事柄も”ですわ。アレスター国に伝わるオッドアイについての伝承は間違っていたのです。その真実をお伝えするためにわたくしは、はるばる
初めて聞く国名にも驚いたが、その国の王女だというこの少女がオレの為にその遠い国からやって来たということにさらに驚いてしまっていた。
それに、ずっと信じていた不吉だと言われるこのオッドアイの言い伝えが……間違っていた?
オレはその時、酷く動揺してしまったのだ。