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第87話 特別なひと③

「拙者も“この世界”の守護精霊については思うところがあるのでござるよ。とにかく“彼”と相談させて下され……あぁ、記憶は一応共有しておられるのか────。おっと、それでも隠そうと思えば隠せるのでござるな。ふふっ、では出来れば……拙者の事はまだ伝えないでおいて下され。

 まぁ、どのみち起きて直ぐには思い出せないでござろうから……少しイタズラしてもよろしいかな?拙者も“彼”と会うのは久しぶりでござるのから、ご挨拶がしたいので……♡」



 こてんと、首を傾げてにっこりと笑うフランソア王女は可愛らしかった。まぁ、やはりフィレンツェアに感じるような気持ちにはならなかったが。それにフランソア王女の変な言葉遣いが慣れないせいかもしれない。それにしても、“もう一人のオレ”を追いかけて“別の世界”からやってくるなんて……“もう一人のオレ”は以外と罪づくりな奴なのかもしれないな。


「あぁ、“もう一人のオレ”にはオレも振り回されているから、少しくらい意趣返し出来るならそれは全然いいんだが……あの、フランソア王女……いや、“もう一人のオレ”と同じように君にも違う名前があるのか?あの、もし間違っていたら謝るが……もしかして君は“もう一人のオレ”の事を────」


 オレの言葉にピクリと反応するも、フランソア王女はにこりと笑顔を見せた。


「拙者は────いいえ、……“この世界”では、フランソアでいいでござるよ。それに……おっと、やっぱりなんでもないでござる。


 ……あぁ!それと……“彼”の大切な聖女についての情報があるのでござるのだが────」


「え」


 なにやら誤魔化されたようにも感じたが、その情報が耳に届くと同時にオレは急な眠気に襲われた。そして詳しく聞くことも出来ずに、そのまま“もう一人のオレ”と入れ替わったのだった。





***





あまりに深く眠ってしまっていたようで、“もう一人のオレ”が誰とどんな話をしたのかはまだ知らない。やはり眠っていると記憶を共有するにも時間がかかるようだ。だが、オレは目覚めたと同時に眠る前にフランソア王女に聞いた事を思い出してしまったのだ。



 外はすっかり朝で、周りを見ればペンと紙を抱き締めた令嬢たちが死屍累々とばかりに倒れている。その顔はやりきったとばかりに満足気で、いくつもの紙の束がテーブルの上に積み上がっていた。なにやら全員ゾンビのようだ……一応生きているようではあるが。だが、そんな事を気にしている余裕はその時のオレにはなかった。



 眠る前にフランソア王女から聞かされたに関する情報。それが気になって仕方がなかった。





「………実は、“彼”の大切な聖女の魂を持つ少女を付け狙っている輩がいるらしいとの情報があるのでござるよ。どうやら“加護無し”を探しているらしいのだとか……しかし敵も狡猾で拙者のどの情報網にもハッキリとは引っかからないので詳しい事はわからないのでござる。この辺も“彼”に確認しないとどうとも言えないのでござるが……もしよろしければ、もしもの為にジュドー殿下も気にかけておいて欲しいのでござるよ。それに……」



 かなりの情報を網羅しているだろうフランソア王女が眉を顰めて言葉を濁した。



「それに……もしかしたら、精霊が関係している可能性もあるのではないかと────」



 つまり、精霊から嫌われていて“加護無し”となってしまっているフィレンツェアの身が危険に及ぶかもしれない。フランソア王女はそう言いたいのである。




 即座にそれを思い出したオレは、フランソア王女の姿を確認することもなくその場を走り出た。あの時気絶していたゲイルは未だ寝息を立てていたがそれを鷲掴みにして叩き起こすことも忘れない。


 自分が今、どんな姿をしているかなんて気にもしていなかった。とにかくフィレンツェアの無事な姿を確認しなければ安心出来なかったのだ。




 そして本能のままに学園の湖の方面に行ったのだが……そこで見たのは、フィレンツェアに迫る黒髪の男の姿で────次に気付いた時には、オレはその胸にフィレンツェアをきつく抱き締めていた。


 まさか“もう一人のオレ”が、あの令嬢たちの過度な要望に応えるあまりにほぼ半裸状態になっていたなど思ってもいなかったのだ。


 そして、フィレンツェアに迫っていたらしい黒髪の男に威嚇しつつ素肌に感じるフィレンツェアの柔らかな肌の感触にふと我に返った。しかもここまで走ってきたからかオレはかなり汗をかいていてじっとりと濡れている。そんな肌にフィレンツェアの顔を押し付けてしまっているではないか。



 恐る恐る視線を下に向けて見れば……顔を真っ赤にしたフィレンツェアが、それこそ涙目になりながらオレを睨んでいたのである。


 ヤバい。と思った瞬間。何か言い訳をしようと口を開いたのだが……なぜかその一瞬でどこから湧いて出たのか口の中が氷でいっぱいになり、まともな声が出せなくなった。さらに腕の関節までが凍り付いたかのように力が出なくなると、フィレンツェアを捕らえていた両腕がオレの意志とは反してその体を一気に解放してしまったのだ。



 目の端に映った黒髪の男が「おやまぁ……」と呟いたがそれどころではなく……。



「ふぃ、ふぃれんひぃあ…!ほへはほの……」



「────こぉぉぉんの、ド変態ぃぃぃぃぃ!!!」



 ばちーんっ!!と、自由になったフィレンツェアの手のひらがオレの頬を打つ音がその場に響いたのだった。








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