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第88話 厄介な騒動①


※グラヴィス視点





 ここは国王陛下公認の由緒正しき学び舎であるグレイス学園だ。そんな、紳士淑女の学び舎であるはずの学園には朝からあってはならないようなとんでもない噂が飛び交っていた。



 なんと留学してきたばかりの隣国の第二王子であるジュドー・アレスターが、早速密室に女生徒たちを侍らせていたらしいと言うのである。しかもその中にはロットン帝国の第三王女の姿もあったのだとか。


 とある密室から衣服の乱れたジュドーが慌てて飛び出してきたのを偶然に見てしまった生徒が、開けっ放しになっていたその部屋を恐る恐る覗くと……複数人の女生徒たちが無数の紙が散らばる床に倒れていたと言うのだ。中には恍惚な表情をしている者から鼻から流血をしている者まで……そのとんでもない惨状に、その覗いてしまった生徒は悲鳴をあげたのだとか……。














 その日は朝から騒がしかった。


 偶々早めに出勤していた俺は、その騒ぎを知っていると自慢気に吹聴して回っていた新人教師を捕まえて理由を知ったのだが……その内容に今までの人生で一番かと思うくらいに眉に皺を寄せる事態に陥っていた気がする。眉を顰めすぎた勢いで眼鏡がズレそうになった程だ。



「……なんだって?」



「ですから〜、学園長から緊急招集がかかってるスよ〜。なんでも隣国から来たあの不吉なオッドアイがやらかしたとかなんとか〜……。あぁ、シュヴァリエ先輩はまだ声がかかってないんスかぁ?自分なんか学年主任から直々にすぐに言われたっスよ〜?確かにシュヴァリエ先輩の守護精霊はあんまり役に立たなそうな案件っスからねぇ〜……ふん、偉そうにしやがって……あー、なんでもないっス〜。もう行っていいっスかぁ?自分、シュヴァリエ先輩と違って忙しいんでぇ〜」


 面倒くさそうにそう言った新人教師は、俺を馬鹿にしたようにヘラヘラと鼻で笑った。その態度は決して先輩を敬う後輩の姿ではない。それに、いくら問題を起こした当人だからとは言え隣国の第二王子を馬鹿にするような発言も問題だ。


 この新人教師は最近、守護精霊が高い戦闘能力を持っているからとかで特別に採用されたはずの人間だった。王族の留学生が増えた事により学園内の戦闘力を強固したいのが狙いの採用だろうが、この男が教師に向いているとは到底思えなかった。


 ここは国王陛下公認の由緒正しき学び舎であるグレイス学園で……俺たちはその学園の教師だ。なによりも重んじなければならないものがある。それがこの新人からは感じられなかったのだ。


 これまで、〈守護精霊と絆を深め、将来は国を支えられる優秀な人材を育成する為に規律に厳しく誠実な人間を育てる〉と言う学園の方針を守る為には生徒にも自分にも厳しく律して生きてきた。それがグレイス学園の教師の誇りであり生きる道だからだ。


 確かに皆平等と謳われている割には貴族と平民とでは校舎が分かれていて顔を合わすことはないし学ぶ内容も全然違っている。貴族と平民の線引きは存在するがそれぞれの役割を考えれば仕方が無いこともある。


 しかし、どんなに理想を語っても守護精霊の力の差による差別は酷くなる一方なのだ。俺を見下すような新人の視線に思わずため息が出そうになる。


「……なるほど、緊急招集だと言うのならば全ての教師に連絡が行くはずだ。ならばお前は俺に連絡するように言われたのではないのか?それに急いでいると言うのならばすぐに行動をするべきだろう、お前はここで何をしていたんだ」


「チッ……たかがフクロウの守護精霊のくせに……あ〜、すいませんっスぅ。そう言えばでもなんでもいいから連れてこいって言われていたような気がしまーす。自分、新人なんスよぉ?ちょっとうっかりしてただけなんで、そんな怖い顔して後輩イジメすんのはやめて欲しいんスけどぉ。それに、そんな怖い顔してたらいつも図書館で密会してるあのかーわいい男爵令嬢ちゃんにも嫌われちまうスよぉ?へへへ、王子の愛人に手を出すなんてシュヴァリエ先輩もやるっスねぇ〜」


 どうやらわざと通達ミスをして俺が学園長の命令に逆らったように見せたかったらしい。それにしても、この新人は俺が図書館でルル・ハンダーソン嬢に絡まれている現場を目撃した事があるようだが言っている意味がわからない。とは……まさかいくら何度言っても態度を改善しないからといって暴力など振るうわけがない。


「ルル・ハンダーソン嬢のことか?俺は教師として指導をしているだけだ」


「ハイハイ、わかってるっスよ〜。へっ、どんなをしてるんだか……治癒魔法を使える希少な可愛い子ちゃんをタラシ込めるなんて顔がいい奴はいいっスよね〜、でもモテモテなんてほんとー羨ましいっス〜」


 新人の言っている意味はやはりわからないが、俺の守護精霊を馬鹿にしていることだけはよく伝わってきた。俺の守護精霊は防御系の精霊魔法を作り出すことが出来るフクロウの姿をした精霊だ。確かに戦闘能力は無いが、その防御能力はとても強いと自負している。しかしそれは防御する対象があってこその能力だ。それがわかっていて言っているのだろう。


 確かに守護精霊の攻撃能力だけでいうならばこの後輩の守護精霊の方がはるかに上だ。しかし馬鹿にされる謂れは無いはずである、なによりも実績経験ならば明らかに俺の方が上なのだから。


「とにかく、今はルル・ハンダーソン嬢の事は関係ないだろう。それで、それからどうしたんだ?倒れていた女生徒たちの容態は?逃げ出したと言うジュドー・アレスターはどうなった。……本当はそれを俺に報告するためにここに来たんじゃないのか」


「チッ、余裕かよ。……えーハイハイ、だからっスねぇ。あの女好きのオッドアイは他の教師が捕まえたそうっス〜。倒れていた女子生徒たちは命に別状はないようで保健室で様子見とか…………そんでぇ、どうやら食い散らかされた女生徒たち以外にも巻き込まれた生徒がいたようで……あー、そう言えばその中にシュヴァリエ先輩のクラスの生徒がいたそうっスから、早く行った方がいいんじゃないっスかぁ?誰だったっけなぁ、ほらあの……先輩よりもっと役立たずな“加護無し”の公爵令嬢っスよぉ。あんなのがいるクラスの担任だなんて先輩もかわいそうっスけど、いくら“加護無し”だからって担当クラスの生徒を見捨てたらいくらなんでも職務怠慢で怒られるんじゃないっスかねぇ〜?」


「なっ……それを早く言え!」


 そうしてようやく騒ぎの内容を詳しく知ることが出来た俺を見て、新人はニヤニヤとしながら「自分のせいにしないでくださいねぇ〜、そんなことしたらパワハラで訴えるっスからねぇ〜」と笑っていた。


『…………』



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