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第89話 厄介な騒動②

 新人の言葉を無視して生徒たちが連れてこられているという部屋に急ぐ俺の肩に、いつの間にかズシリと重みが加わった。それは薄い灰色の羽を持つ大きなフクロウで────俺の守護精霊だ。


「ソッリエーヴォ、話は聞いていたな?」


『…………(コクリ)』


 いつも物静かなソッリエーヴォだが、俺の言葉に頷きながら少し不機嫌そうだ。先ほどの新人の態度について思うところがあるようで首を後ろに回して未だ笑っている新人を睨んでいる。ソッリエーヴォの気持ちもわかるし、俺だって言いたい事は山ほどあるが俺の生徒が関わっているとなればそちらが優先だ。



「……ぎゃん?!」


『…………!(コクリ)』


 すると、後方からその新人の叫び声が聞こえた気がした。時間がもったいないので振り返ったりはしなかったが、なぜかソッリエーヴォが後方に向かって満足気に頷いたかと思うとくりんっと勢い良く首を前に戻してきたのだ。心なしか嬉しそうなのはなぜだろう?


「ソッリエーヴォ、どうかしたか?……そうか、なんでもないならいいんだ」


『…………♪(コクリ)』


 守護精霊は契約した人間としか話をしないと言うが、そんな守護精霊の中でもソッリエーヴォはかなり無口だ。それでも意思の疎通はじゅうぶん出来ているし特に問題なはい。とにかく今は急がなければ……。


 その時の俺は、ソッリエーヴォが急にご機嫌になった理由について深く考える事はなかった。まさかあの新人が突然氷漬けになってその場に転がされていたなんて思わなかったのだ。しかも意識はそのままなので「なんだこれぇっ?!おい、早く誰か助けろよぉぉぉっ!!この役立たずどもぉ!う、動けない……っ?!」と叫んでいたものの、その氷は誰が何をしても溶けなかったのだとか……。




***




「申し訳ありません、遅くなりました!」


 俺が息を切らしてその部屋に入ると、すでに他の教師がその場に揃っていた。ソッリエーヴォは俺の頼みを聞くために姿を消したが……他の教師たちも守護精霊は連れてきていないようだ。


 そしてそこにいたのはジュドー・アレスターの担任である男性教諭のマッカオーニ先生と、ルル・ハンダーソン嬢の担任である女性教諭のカンナシース先生がいた。お互いに視線を合わせて黙ったまま会釈をするが、ふたりの疲れ切った複雑そうな表情を見るからに相当な大ごとになっているのは明らかである。


「シュヴァリエ先生、ずいぶん遅かったようですなぁ。“加護無し”が関わっているとわかって真っ先に呼びに行かせたのですが……こんなこられるなんて、やはりシュヴァリエ先生も“加護無し”の面倒を見るとなると歩みが遅くなるようだ。いやはや、来てくれただけ感謝しなければいけませんかな?なにせ“加護無し”てすからなぁ」


 そう言って一歩前に出てきたのは教師の統括もしている学年主任であるレフレクスィオーン先生だった。いつ見ても邪魔そうなフサフサとした白い髭を撫でながら頭の方は光を反射している。その顔は見るに堪えない醜悪さだ。


 こいつは何かあるたびに“加護無し”を連呼しては周りの差別を増長させるような奴だった。この男こそグレイス学園の教師に最も相応しくない存在だと思っているが、国王の遠縁で学園長の知り合いであるレフレクスィオーンには表立って逆らえないのがこの学園での現実である。きっと先に来ていたふたりも、今までこの男に散々嫌味を言われていたのだろう。


「……少しトラブルがあったようで、連絡が来るのが遅れまして……」


「言い訳は結構!それともシュヴァリエ先生は我輩がわざわざ選んで遣いにやった期待の新人がミスを犯したと言いたいのか?まさかシュヴァリエ先生程の人間がご自分の失態を新人に押し付けるとは……あぁそれとも、ご自分のな守護精霊とは違う新人が妬ましくて嫌がらせを?それならば仕方がありませんがねぇ。さすがは“加護無し”の担任ですなぁ、やる事がなんとも意地汚いことで。はてさて、まだ言い訳をしますのかな?」


 いつものことだが、この男と話をしているとイライラして仕方が無いのだ。別にフィレンツェア・ブリュードの担任になった事に後悔はないし、誰が相手だろうとも自分の信じる指導をするだけだ。それは“加護無し”であろうとであろうと変わることは無い。それに、フィレンツェア・ブリュードの入学が決まった時にわざわざ俺のクラスに振り分けたのは誰でもないこのレフレクスィオーンである。俺が新人時代から何かと敵視してきては嫌がらをしてくるのだから手に負えない。 


「いえ、どんな理由であれこの場に遅れたのは俺の失態です。大切な生徒の安否が関わるのに遅れて申し訳ありませんでした。マッカオーニ先生とカンナシース先生もお待たせしてしまって申し訳ない」


「一番待たされたのは、我輩ですがなぁ」


「……申し訳ありませんでした、レフレクスィオーン先生」


 俺が深々と頭を下げるとレフレクスィオーンはニヤニヤと口元を歪めて髭を揺らした。どうやら満足したようで、これでやっと本題に入れそうだ。


「それで、問題の生徒たちはどこに?」


 俺の言葉にレフレクスィオーンが「ふん」と鼻を鳴らす。するとそれまで下を俯いていたカンナシース先生がおずおずと手を挙げた。カンナシース先生はどちらかと言うと気の弱い控えめな女性で、ルル・ハンダーソンの問題行動について何度か相談を受けた事もあった。淡い空色の髪と緑色の瞳が儚げな印象を与える人だが生徒の事をよく見ている教師だと思っている。



「あの、シュヴァリエ先生。生徒たちは別室に控えてもらっております。男子生徒と女子生徒で部屋をわけておりますが、女子生徒の方はわたしが聞き取りをしますのでとりあえずシュヴァリエ先生はマッカオーニ先生と一緒に男子生徒の方を……その、実はシュヴァリエ先生のクラス生徒はブリュードさんだけではなくてあの黒髪の……」








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