本当に馬鹿ね、ジェスティード王子。誰よりも何よりも、それこそ親や兄弟よりもあなたを心から想っていてくれていた唯一であるこんなに素敵な守護精霊と縁を切るなんて……。もしかしたらだけれど、自分がどれだけわがままを言ってもクロなら許してくれるんじゃないか……なんて思っていたのかしら。でもそんなのは信頼じゃない、ただの甘えだ。クロの優しさにもたれかかって甘え続けた結果がコレだなんて、なんて情けないのだろうか。
少し重い空気が部屋に流れた時、コンコンと扉がノックされた。
そしてお母様が顔を出し「話があるのだけど……」と、私がお願いしていた明日の学園への登校についての件だと告げてくる。
私がどうしても学園に行きたいと懇願した結果、とある条件付きで許可してもらえたのだ。
***
翌朝。お母様の
まさか
「おはようございます、フィレンツェア嬢」
「……アルバート様」
馬車の扉が開くと、さも“わかっていました”と言わんばかりにアルバートが姿を現した。その腕に絡み付いているニョロはヘビの姿のままこちらをジッとガン見してきている。なにかを探るようなその視線につい身を固くしそうになってしまった。
「おや、なぜその守護精霊がフィレンツェア嬢の側に……いえ、こんなところで立ち話もなんですからよければ我が家の馬車で学園までご一緒いたしませんか?────学園は今、大変な事になっているようですから……そのお話でもしながら参りましょう」
相変わらず目元は隠れたままのアルバートだが、唇はにこりと弧を描いている。だが、だがその纏う雰囲気は決して楽しそうには見えなかった。
不快な気持ちを隠しながらこちらを探っている。そんな感じがするのだ。
すると私が返事をする前にクロがずぃっと身を乗り出して前に出た。なぜか一瞬ニョロとの間に火花が散ったような気がしたのは気のせいだろうか。
『お前さんは……それにそのヘビ…………いや、まぁ今はそれはいいか。俺様の名前はクロだ。今日からフィレンツェアお嬢ちゃんの護衛を任されてる精霊でな、よろしく頼むぜ。
よし、フィレンツェアお嬢ちゃん!せっかくだから馬車に乗せてもらおうじゃねぇか。なぁに、俺様が一緒だから心配はいらねぇが……そうだな、新人侍女も一緒に乗っておけばヘタな誤解も生まれねぇだろう。貴族の面倒くせぇ奴らは守護精霊が一緒だったと言ってもすぐに下衆な妄想ばかり撒き散らしやがるからなぁ』
クロがそう言って私を促すと、エメリーは「では、わたしは公爵家の馬車で追いかけます」と頭を下げた。護衛たちもエメリーに続いてクロに頭を下げてその場から離れていく様子に、クロの信頼度が急激に上がっているのがよくわかった。ついでに、それを見たアルバートが驚いているようだった。
チラリとクロの方に視線を向ければ、クロがこっそりとウインクを返してくる。昨夜は『俺様に任せてくれ』と言っていたがここからどうするつもりなのだろうか?
そして、クロに促されるまま馬車に乗り込もうとしたその時。
「フィレンツェア様〜!パーフェクトファングクローちゃぁん!おっはよぉーっ!」
バッ!と人影が飛び込んできたかと思うと、クロの首元に誰かがガッシリとしがみついていたのだ。もちろん、ピンクの髪がふわふわと揺れている。
「ルルさん……」
ルルの大きな瞳と可愛らしい唇が全てお見通しと言いたげに、にぃっと細められた。
「んふふ〜!セイレーンが早くパーフェクトファングクローちゃんに会いたいってうるさいから迎えに来ちゃった!パーフェクトファングクローちゃんもあたしとセイレーンに会いたかったよねぇ?」
『おっと奇遇だなぁ、ルル嬢ちゃん!俺様も嬉しいぞ〜。そうだ、この黒髪の坊主が学園まで馬車で送ってくれるそうなんだがルル嬢ちゃんも一緒にどうだ?』
「ほんとーにぃ?うわぁーい、嬉しい!じゃあお願いしちゃおっと〜!……えーとぉ、アルバート様でしたっけ?あたしがご一緒しても本当に大丈夫ですかぁ?」
ルルが首を傾げてそう聞けば、アルバートは少し間を開けてから「どうぞ」と言った。ただ、私とルルがどんな関係なのかが理解出来ないようで、見えてはいないがアルバートの眉間にシワが寄っていそうな気がした。
「では、フィレンツェア嬢は僕のとな「あ!あたしアルバート様の隣に座りたいなぁ〜!ほら、フィレンツェア様はその侍女さんと一緒に座るんでしょ?それにあたし、アルバート様のこと教えて欲しいなって思ってたんですぅ〜!」え、いや」
『ほらほら、順番なんかどうでもいいから早く馬車に乗りな。ちんたらしてたら遅刻するぞ?ほら、フィレンツェアお嬢ちゃんも』