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第120話  不穏の始まり③

 ルルとクロの勢いに押され、珍しくアルバートが困惑しているのがわかった。このふたり、意外と相性が良いのか息がぴったりだ。しかもなんだか芝居がかっていてわざとらしい。……コレ絶対、クロはルルが来ること知ってたわよね?いつの間に結託していたのかしら。


 そして全員が馬車に乗り込むと、その真ん中にクロがどっしりと座り込んだのだ。素知らぬ顔をしているが尻尾を鞭のようにしならせては床を叩いてアルバートへの威嚇も忘れていないようだった。それを見てルルが「パーフェクトファングクローちゃんって面白いよねぇ」と笑ったが、馬車の中の空気は静まり返っている。


 すぐに馬車が走り出しガタゴトと振動で軽く体が揺れると、またもやクロがピシリと尻尾の先を床に叩き付けた。すると、我慢ならぬとばかりにニョロが牙を剥いたのだ。



『……そこのあなた、馬車が狭くなりましてよ!せめて体を小さくなさってはいかがですの?!それに尻尾で威嚇をしてきた上に、さっきからこちらを探るような殺気を帯びたオーラまで叩きつけてきて……こちらは友好的にいこうと思っておりましたのに、失礼過ぎるんじゃありませんこと?!それにこんな女まで勝手に馬車に乗せるなんて何を考えていらっしゃいますの?!』


「こんな女ってあたしのこと〜?ひどぉーい」



 ルルは笑っているが、左手を握り締めてそれを右手で力いっぱい押しつけていた。もしかしなくても、そこにセイレーンがいて文句を言っているのではないだろうか。


 それにしてもまさか殺気まで放っていたとは思わなかったが、クロは馬車に乗るのを承諾しておきながらアルバートのことをかなり警戒しているようだ。それでもこの馬車に乗ったということは何か理由があるのだろうか。この後のことに影響がなければいいんだけど……。それにしても、クロは余裕そうな顔はしているが何か考え込んでいるようにも見える。何か引っかかっている……そんな感じだ。


 しかしニョロとしてはそんなクロの態度にイライラしたようだった。だが、クロはそれをふんと鼻で笑い飛ばしてしまう。


『あぁん?そんなの、フィレンツェアお嬢ちゃんに変な男を無闇に近づかせねぇために決まってるじゃねぇか。それに俺様は貴族のイロハもそれなりにわかってるつもりだ。婚約者のいるフィレンツェアお嬢ちゃんを誘うってんならそれなりの下心があるんじゃねぇかと疑うのが普通だろうよ。それに学園でどんな噂が広まっているかなんてもう知ってんだろ?それをわかっていて尚フィレンツェアお嬢ちゃんに近付くってんならこの程度の邪魔くらい覚悟の上じゃねぇとな。そんなこともわからねぇで口を出すもんじゃねぇぞ。それに────』


 クロが再び尻尾をピシリとアルバートの足元にしならせる。反論しようとしたニョロが口を開いたが、アルバートがそれを手で制した。


『何か、話があるんだろう?フィレンツェアお嬢ちゃんに関係する大事な話がよ。その匂いを嗅ぎ取ったから、俺様はこの馬車に乗ったんだ。誤解の無いように言っておくがお前さんが来なかったとしてもどのみちルル嬢ちゃんは呼んでたんでな、別に俺様には予知とかそんな特別な能力はねぇぞ?


 それでお前さんは、こっちの味方なんだろうな?もし敵だってんなら……俺様に噛み殺されても文句は言わせねぇぜ』


 ギラリとした牙と爪を見せつけたクロに、アルバートは諦めたように頬杖をつき小さく息を吐いた。(やっぱりルルのことは私に内緒で呼んでたのね……)



「……僕のことは、なんて聞いているんですか?」


『フィレンツェアお嬢ちゃんからは“お友達”だとしか聞いてねぇ。ただ、公爵家のみんなから“要注意人物”でもあるって言われててな。護衛の俺様としては警戒しないわけにはいかねぇんだ。だがまぁ……俺様はお前さんの気配に覚えがある。いつもは上手く隠していたみてぇだが、何をそんなに焦ってんだ?かすかに乱れているせいでわかる奴にはわかっちまうぜ。そっちのヘビも本当の実力は隠しているみてぇだし。……何があった?』



「……出来れば、あまり他の人間には聞かれたくない話だったんですが。それに君はジェスティード王子の守護精霊なのではなかったんですか?」


 アルバートの言葉にクロはフンスと鼻息を出し、器用に肩を竦めてみせた。


『嫌味のつもりか?で見ていたくせに何を言ってやがる。俺様はジェス坊の守護精霊をクビになったんだ。あんなことがあったってのに、何もなかった顔して元に戻るなんて出来るわけがねぇだろ。ジェス坊も、そろそろ自分の後始末は自分で出来るようにならねぇとな。だがフィレンツェアお嬢ちゃんの護衛をしてることにジェス坊は関係ねぇ。これは俺様がしたを果たしているだけだ。ああ、それと……にいる人間はみんなだから安心して話してくれていいぜ』


 アルバートとクロの話を聞いているだけなのに私の中で小さなフィレンツェアが心なしか跳ねている。バレると困るので、小さなフィレンツェアにはもう少しおとなしくしていてもらいたいところだが、確かに私も気になってしまった。


『俺様はの顔はちゃんと知らねぇし、そいつの守護精霊にも会ったことはねぇ。だがな、“わかる”んだよ。これでも王家に関わっていた精霊だからな……お前さんからは、気配がするんだ。お前さんは……』






『────病弱で領地に引っ込んでるはずの第一王子、アルバート・ガイストだろう?』



 再び静寂が流れる中、ガタンと馬車が大きく揺れていた。





























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