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第121話  真実が語られたその時①


 ※アルバート視点





『お前さんは────病弱で領地に引っ込んでるはずの第一王子、アルバート・ガイストだろう?』




 その瞬間、「ひゅっ」と息を吸うと共に僕は無意識に息を止めていたようだった。たぶん驚きすぎたんだ。


 シーンと静かになった狭い空間が、ガタンと大きく揺れるのを感じてやっと息苦しさを思い出したほどだ。頬杖をついていた手でそのまま顔を隠し、ゆっくりと息を吐いた。まさかそれがバレているとは考えていなかったにしろ、思ったより動揺している自分に笑ってしまいそうになる。油断していたと言われればそうなのだろうけれど、それでもこんな簡単にはバレたくなかったのだ。


 秘密というのは、隠すのは大変なのにバレる時は案外あっさりしているものだ。それに元々は、全てをフィレンツェア嬢に打ち明けるつもりでやって来たというのに……いざとなると怖くなるなんて僕もまだまだだな。



「────あんな愚かな異母弟に似ているなんて言われるのは、とても心外なんですが」


 無意識だろうが、動揺を隠すために皮肉な事を口にしていた。まぁ、本当にそう思ってはいたけれど。


『い、いけませんわ……!!』


 顔を手で覆ったままだったのでそのまま笑ってみたつもりだったが、頬が引きつるのを感じる。そして僕の言葉にニョロがぎょっとした顔を僕に向けてきたのがわかった。まさかニョロも僕がこんなに素直に認めるとは思ってなかったのだろう。だが、パーフェクトファングクローに……いや、クロに隠すのは無理だろうと本能が告げているのだ。まるで全てを見透かされているようで落ち着かない。嘘を暴かれるのはこんなにもキツいのだと改めて実感していたのに、クロは息を吐いて器用に肩を竦めてみせた。



『何を言ってんだ、見た目だとか性格の話なら全く似てねぇよ!だが、そうだなぁ……王家の血筋の魂ってのはなんていうか、独特なんだ。人間にはわからねぇだろうが、精霊は人間の魂の強さに敏感なんでな。たぶん心に余裕がねぇからかその魂の気配を隠しきれなくなってるんだろうよ。俺様だって今やっとわかったくらいなんだからな……これまで隠し通していた事がすげーんだよ。

 だからこそ、それほどのことがあったんだろう?それはフィレンツェアお嬢ちゃんに話したいことと関係あるんじゃねぇのか、王子サマよ』



 いつの間にか、クロからは殺気なんて感じなくなっていることに気付いた。僕の反応を見て瞬時に対応を変えたのだ。空気も読めるし機転もきく。これまで見てきた精霊は気まぐれでわがままな性格が多かったが、クロは違うのだと身に沁みてしまった。


 この優しい守護精霊の何が不満でジェスティードはあんな事をしたのだろうか?そんなふうに思うくらいクロの瞳は慈愛で満ちている。それがわかったからか気持ちは落ち着いてきたが、なぜ僕の事をそんなに心配するのかがわからなかった。こんなにも精霊らしさがない精霊と触れ合うのは初めてだ。


「……クロくん、でいいんですよね?君は、僕を警戒していたのではないんですか?」


『おお、クロと呼んでくれ。今はみんなにもそう呼んでもらってるからな。「えー、パーフェクトファングクローちゃんって呼ぶ方が可愛いのに〜」うるせぇぞ、ルル嬢ちゃん!……というか、さっきのは本気じゃなかったことくらいわかってんだろうがよ。フィレンツェアお嬢ちゃんに手を出さねぇなら何もしやしねぇさ』


 隣がやけに騒がしい分、ふいにあまりに静かな前方が気になって指の間から視線を動かした。フィレンツェア嬢は新人侍女と身を寄せ合ってはいるが、驚くでも怯えるでも無くただ真っ直ぐに僕のことを見ている。いや、いつもと雰囲気が違うのはやはり驚いているからだろうか?逆に新人侍女はこの展開にハラハラとしているようだ。その真逆なふたりの様子に、もしかしてフィレンツェア嬢もなんとなくは気付いていたのかもしれないとも思った。もしそうなら、少しだけ肩の力が抜けた気がする。ただ、彼女の中にいる“小さなフィレンツェア”はこの瞬間もどう思っているのだろうか……。


 臆病な僕は、強がりながらもずっとヒントを散りばめていたのだ。気付いて欲しい気持ちと、気付かれたくない気持ち。相反するふたつの気持ちの狭間で揺らいでいたのだから。


 神様に伝言を頼まれたという赤いドラゴンが教えてくれた、運命を変えるきっかけになると言われた“悪役令嬢”である少女フィレンツェア。彼女のピンチを救うことが自分を救うことにもなるのだと言われて、家族から虐げられているはずのフィレンツェアを助けるために伯爵家を巻き込んで手を尽くそうとしたが彼女はすでに自分の力で運命を変えていたんだ。僕が何もしなくてもフィレンツェアは力強く前に進んでいた。僕が役に立ったことなんて、あの階段からの落下を救ったくらいだ。


 すでに僕は必要無いのでは……そう思いながらもフィレンツェアが僕の知っている“フィレンツェア”なのかどうかを知りたくて執拗に絡んでいたが、わかったことはこのフィレンツェアの心にはすでに“大切な存在”がいたって事だけだった。


 もちろんそんな事など知らないうちから僕は“フィレンツェア”に惹かれていた。あの話通りに神様の聖女が転生したとして、それでは元の“フィレンツェア”は消えてしまったのか?どうしてもそれが知りたかった。いや、そんなのは言い訳か。フィレンツェアの事を考えるとホッとする反面、感情がぐちゃぐちゃになっていく気がする。今から思えば、初めて見た時から僕はあの青いドラゴンに嫉妬していたのだ。


 どのみち彼女の側には“アオ”がいたのだから僕なんていなくてもよかったのかもしれない。それでも、最初から勝ち目なんて無いのだと思いながらもとして関わるのが楽しくも感じてしまった。だから思わず自分の力を見せつけたりもして、相手の反応を楽しんだし、自分の力の加減もわからず無茶をするドラゴンに腹が立ったりもした。そんな権利などないのに、いざとなったらその立ち位置を奪えるかもしれないなんて淡い下心を持ちながら。それなのに、あのドラゴンは……。



「……フィレンツェア嬢、まずはお話しなければいけないことがあります。僕は……ドラゴンくんの行方を知っていました。あの日、見たんです。見えない力に捕まったドラゴンくんの姿を……」




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