ドラゴンくんが消えたあの日、僕は……あの時は暴走した彼に腹が立ってキツく当たってしまったがさすがに言い過ぎたと思い公爵家の屋敷の近くまで様子を見に行ったんだ。公爵家の密偵が見ているのをわかっていてわざと力を見せつけるなんて大人気ないこともしてしまった。そのことをドラゴンが知ってまた暴走するようなら自分が止めなければと……。
「あの時は、ニョロには用事を頼んでいたから僕ひとりでした。体調も良かったからひとりで大丈夫だと、僕は慢心していたんです。でも違和感を感じて空を見上げた時……ドラゴンくんが何かに引っ張られるように飛び出してきて、それから公爵家に向かって魔法をかけていました。そしてぐったりとしたドラゴンくんがそのまま吸い込まれるように見えない“何か”に連れて行かれようとしたんです。もちろん助けようとしましたが、なぜか突然に発作が始まってしまい……僕の体の力がその“何か”に吸い取られていったんです。たぶんあのままだったら僕は命を落としていたでしょう。ですがその時、ドラゴンくんが僕を助けてくれました。どう見ても弱っていたのに、僕の体を攻撃の範囲外に吹き飛ばしてくれたんです。その瞬間に目が合って……確かに彼は僕に言いました『マモッテ』と。僕はそのまま倒れてしまい翌朝まで気を失っていてしまいました」
ニョロが駆けつけてくれた時には僕はすでに意識を失っていて、目覚めたのは翌朝だった。記憶が混乱してしまいそうになった時にニョロが『あの方の気配が消えてしまったんでございますの!』と騒ぐのを見て、あれは夢じゃなかったんだ。と、自分の無力さに悔しくなったんだ。
本当はすぐにフィレンツェア嬢に僕が見た全てを伝えるつもりだった、それこそ懺悔する覚悟で。だが公爵家に迎えに行ってみれば手紙で学園に呼び出され、フィレンツェア嬢は僕が何かしたのではないかと疑っているようだった。
そして見てしまったのだ、彼女が纏うオーラの色を。
フィレンツェア嬢は気付いていなかったが、あんなに色の濃い鮮やかな青いオーラなんて彼しかいない。あの青いドラゴンは生きている。もしも本人が死んでいたらこんなに力強いオーラが残っているわけがないのだから。ニョロはそれを見て安心して、フィレンツェアが隠しているんだと悪態をついていたけれど。
だから、まだフィレンツェア嬢には言わないでおこうと思った。もしも伝えるならばそれは彼の行方がわかってからだ。どのみち心配はかけてしまうが、わけのわからぬ“何か”に拐われて行方不明だとわかるより僕が何かしたと思われている方がまだ少しはマシだろうから。
マモッテ。と言われた。ならば恨まれても嫌われてもいいから、まずは彼女の心を守ろう。男と男の約束だ。と。
その後、フィレンツェアの中にいる“小さなフィレンツェア”の存在を知り、つい浮かれてしまったけれど……でも、“フィレンツェア”に嫌われても“小さなフィレンツェア”には嫌われていないのが唯一の心の救いになった。だから、必ず見つけ出すと決めたのだ。
平然を装うのは得意だったから、フィレンツェア嬢にもニョロにも悟られたりしなかった。感情を殺して気配を消して……そうすればみんなの関心は僕から薄れるだろう。
まさかその後、久し振りに異母弟の姿を見ることになるとは思わなかったが。女に振り回されてフィレンツェア嬢に暴言を吐いた上に、自分の守護精霊にあんなことまでしたのに意地になっているのか醜態を晒して連れて行かれてしまった。興奮しているにしても酷すぎる。僕には常に認識阻害の魔法がかかっているからジェスティードは僕になんて気付きもしなかったようだけれど。
それにしてもドラゴンくんはどんな魔法をフィレンツェア嬢にかけたのかと目で追えば、彼女に悪意を持つ人間が近くにいると自動で発動するとはどれだけ高性能な魔法なのかと思った。ジェスティードが水浸しになったのは別にどうでもよかったが、やはり魔法が暴走しているのかあちらこちらで魔法の残穢を感じるのだ。このままではそのうち誰かの命を奪いかねない。それはフィレンツェア嬢の望むことではないだろう。(……まぁ、とある教師が行方不明らしいけれど。これは伝えなくてもいいだろうから忘れることにしよう)
とにかく、誰にもバレ無いようにドラゴンくんの行方を追わなければいけない。運よく屋敷に帰るように言われたのでそれを利用してそのまま学園を休み調べることにしたのだ。伯爵家の力も使ったし、詳細を伏せてニョロにも探ってもらった。もちろん僕の
そして、いち早く“加護無し”狩りの事を知ったんだ。
もちろん、それが精霊を捕らえて人為的に“加護無し”を作り上げていることも。そして隣国のアレスター国が怪しいことも。
僕が正体を明かせば隣国に乗り込む事が出来るはずだ。だが、そうしたらもう二度とフィレンツェア嬢には会えなくなるかもしれない。
だから────最後に自分の口から全てを打ち明けようと思ったのだ。ひと目会いたかっただけかもしれないが、それくらいならドラゴンくんだって許してくれるだろうと身勝手な理由をつけて。
「……ドラゴンくんは、アレスター国のとある教会に捕まっています。たぶん、他の精霊たちも……。どうやらあちらの王家が秘密裏に研究していた守護精霊を捕まえて強制的に人間との繋がりを断ち切る実験を成功させたらしく、無理矢理“加護無し”にした人間から人権を奪い奴隷にして戦争を起こそうとしているようなんです。さらに捕まえた精霊たちからはエネルギーを奪っているとか……まだそのエネルギーが何に使われるかはわかっていませんが、どのみち碌な事ではないでしょう」
2日ほど時間がかかって、やっとわかったのはこの程度だった。そして“加護無し”狩りの手がこちらの国にすでに伸びていることも知り僕は焦っていたのだ。
ドラゴンくんが行方不明の今、フィレンツェア嬢は本当に“加護無し”と同じ状態だ。もし奴らに見つかればその身が危険になるだろう。早く彼女に本当のことを伝えて、僕がなんとかするまで身を隠してもらいたい。そう思っていた。
だが、そんな僕の焦りなんてまるで気にしていないかのようにそれまでずっと黙っていたフィレンツェア嬢が口を開いた。
「────アルバート様は、本当にジェスティード王子の兄君なのですね。でも、なぜ身分を偽っておられたのですか」
そんなフィレンツェア嬢の妙に落ち着いた声が耳に届いた。いつもとなにか違う、そんな違和感がほんの一瞬あったが今の僕にそれを冷静に解析する余裕はなかった。