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第123話  真実が語られたその時③

 僕には人には決して言ってはいけない秘密がある。もしその事が知られれば今の平穏な時間は終わりを告げるだろう。いや、今までが平穏過ぎたんだ……。



 僕は意を決して口を開くことにした。


「……僕はこのニョロと出会うまで、フィレンツェア嬢と同じ“加護無し”だったんです。僕の母親は側妃で立場も弱かったし、なにより国王の第一子が“加護無し”だなんて知られたらそれこそ大騒動になると隔離されたことが全ての始まりでした…………」


 ゴクリと、みんなが息を呑む音が聞こえる。いや、真横からは「わぁお♡初めての展開だね!」となぜか楽しそうな声も聞こえるが。ジェスティードはこんな女のどこがよくてあんなに心酔していたのか、これだけは未だにさっぱりわからない。



 僕の発言に一番驚いた反応を見せたのはクロだった。


『か、“加護無し”だったって?!俺様は直接見てねぇが、第一王子が生まれた時は凄かったって周りの精霊から散々聞かされたんだぞ?!魂の強さが桁違いで、だから王族はやっぱり凄いんだって期待していたから次に生まれたジェス坊は期待外れだったとかなんとか……俺様はジェス坊が生まれる前から守護精霊になると決めていたから魂の強さなんて気にしてなかったが、まさかそんな……』


「第一王子が“加護無し”……。確かにそれが世間に知れ渡れば国を揺るがす大事件ですね。王族はどんな人間よりも精霊に愛されていると、代々の国王が謳い文句にしているんですから」


 フィレンツェア嬢が息を吐きながらそう言うと、僕の真横でぴょこんとピンク色の髪が揺れる。


「へぇ~、そうなんだぁ。そう言えば確かにジェスティード様もパーフェクトファングクローちゃんのことをすっごい自慢してたよぉ。なんかぁ、王族の人間の魂は強くて特別なんだって!だからジェスティード様が生まれた時は数え切れないほどの精霊たちがジェスティード様の守護精霊の座を奪い合って争うからとっても大変だったとか、それを勝ち取ったパーフェクトファングクローちゃんは自分に相応しいとか、今でも精霊たちはジェスティード様の守護精霊になりたくてしょうがないはずだとか……。それくらい、精霊たちには王族が魅力的に見えるはずだって思ってるんだねぇ。ふふっ!────そんなこと、あるわけないのに」


 ふわふわとした馬鹿っぽい顔でジェスティードの言葉を思い出している様子のルル・ハンダーソン嬢だったが、ボソリと最後に呟いた時だけ全てを悟ったような冷めた目をしていた。だがすぐに元に戻ると、またもや髪をふわふわさせてにっこりと微笑んでいる。ああ、どうやらこの令嬢もフィレンツェア嬢とは違う意味で二面性があるようだ。


「……そうですね、確かに魂の強さは精霊の興味を引くきっかけにはなりますがそれだけです。守護精霊になるかどうかは全て精霊の気分次第。王族だから精霊に必ず愛されるわけではない……人間はそんなことも忘れてしまったんですよ。


ただ、僕の場合は魂の強さかどうかではなく……精霊にとって僕はんです。だから精霊から守護精霊は必要ないと判断された……。そして僕の母親も“加護無し”の部類に入る存在でした。周りからしたらどんなに異質だろうと、母にとってはそれが当たり前のことだったので僕に守護精霊がいないのも当然だと……そして、その王家に秘匿とされてしまった理由を教わったんです。それは────」



 僕はおもむろに顔を上げ、覆っていた手を動かしてこれまで頑なに瞳を隠してきた前髪をかき上げて見せた。


 まるで血を連想させるような赤黒い色に輝く瞳があらわになると、フィレンツェア嬢が初めて表情を変えた。……驚いている?なぜ?フィレンツェア嬢は僕の瞳を知っているはずなのに……。


 気にはなったが、話を止めるわけにはいかない。きっと、他の人間がいる場所で瞳をさらしたことに驚いているのだろうと思った。申し訳ない。と心の中でフィレンツェア嬢に謝ってから思わず視線を逸らしてしまった。


 なぜなら、これから言う事はきっとさらなる驚愕を与えてしまうのだから。


「なぜ、祝福する意味がなかったのか……。それは僕が精霊の血を引いているからです。僕の母親は精霊と人間のハーフでした。だから僕の体にも精霊の血が流れているんですよ。精霊の力が使える者に精霊の守護はいらない……そんな簡単なことだったんです。僕の魂が強いのも当然です。ただ人間よりも精霊の方が強い、それだけなんですから。ただ、事情を知らない周りから見れば魂の輝きが強いはずなのに精霊に祝福されない“加護無し”の王子の存在は恥でしかなかったのでしょう。母が精霊と人間のハーフであることは国王も知りません。あの国王は、珍しい黒髪と赤い瞳をした美しい女に惹かれて側妃にして子供を産ませただけだと思っているんでしょうね」


 もし、国王が精霊の伝承に少しでも詳しければわかったかもしれない。あの男は精霊に愛されていると豪語しながら精霊のことなど何ひとつわかっていないのだから。



 ああ、とうとう全部言ってしまった。肩の荷は降りたが今度は胃が痛くなりそうだ。


 フィレンツェア嬢はどう思っただろうか?それに“小さなフィレンツェア”も。精霊の血を引いていることもそうだが、本当は王子なのに身分を偽ってフィレンツェア嬢に付き纏っていたなんて思われたら最悪だ。それに、ドラゴンくんのことを黙っていたことも。僕が黙っていたところですぐにわかることなのに、あの時はそれが最善だと思ってしまったのだ。


 僕は手続きを済ませ次第ドラゴンくんを取り戻すために第一王子としてアレスター国に乗り込むつもりでいた。自己満足だと言われようと必ずドラゴンくんを助け出す。だからフィレンツェア嬢と会えるのはこれが最後かもしれないのに、出来れば嫌われたくなんてない。


 どうしても反応が気になって、逸らした視線をフィレンツェア嬢へと戻したのだが────。




「…………フィ、フィレンツェア嬢?」



「…………」



 僕が焦って声をかけても何の反応もない。隣の新人侍女がやたら慌てていたが……。


 なんとフィレンツェア嬢は白眼をむいて口から泡を吹き、どう見ても座ったまま気絶していたのだった。





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