馬車の中でのアルバートの衝撃の告白により、それなりの一騒動が起きていた。私だって本当なら心臓が飛び出るくらいにびっくりだ。
いやほんと、ハッキリ言って素直に言えば国家機密とか転覆とか、そんな大事な話のはずなのだが────今はそれどころではないのである。だからまぁ、それについては今はいいかと思っていた。
本当ならば、アルバートの語った真実を真剣に考えるべきはあるのだろうけれど。
それはそれとして、相当疲れたのは言うまではない。(とりあえず精神的に)いやまぁ……みんなは元気だけどね?
***
「やっと着いたぁ〜!」
『はっははは!いやぁ、なかなか有意義な話し合いが出来たってもんだ!なぁ、アル坊さんよ?』
いち早く馬車から飛び降りたルルが「なんか空気が重くて疲れちゃったぁ〜」と軽く伸びをしていると、すぐにクロがぴょんと飛び出した。ふたりとも軽い感じで話しかけているがアルバートは渋い顔をしている。
そして、のそりとした重い足取りでふたりに続いて馬車を降りたアルバートからはいかにも“不機嫌”という雰囲気が放たれていた。再び目を隠すために前髪を元に戻したのだが、それでもはっきりわかるくらいの不満顔である。それなりにショックを受けたらしい。
「事前に言ってくれていれば僕だって……」
『まぁまぁ、あたくしたちも隠していたんですから仕方がないでございますわ……』
まだ納得していない様子でブツブツと文句を言っているアルバートをニョロが慰めているようだがあまり効果はないようだった。
「アルバート様ったら、まだ文句言ってるのぉ?だってそんなの、アルバート様のジジョーなんかあたしたちは知らなかったんだからしょーがないじゃなぁい!それに、アオちゃんのこと黙ってたアルバート様が悪いんでしょぉ?だよねぇ?フィレンツェア様!」
「うぐっ」
『そうだぜ、アル坊。男は細かいことばっかり気にするもんじゃねぇさ!フィレンツェアお嬢ちゃんだってそう思うだろ?』
「ふぐっ」
ルルとクロが次々とアルバートの背中を手のひらで力いっぱい叩きつけ、その度にアルバートは衝撃で転びそうになっていた。アルバートが物言いたげに口をへの字に曲げてこちらに顔を向けてくるが……。
「あははは……」
私はといえば、笑って誤魔化すしかない状態である。
そして公爵家の馬車も到着してエメリーたちと合流した早々、学園長が生徒たちを校庭に集め出したのだ。クロには一旦姿を消してもらい様子を見ていると、何事かとざわめく生徒たちの前で学園長は咳払いをすると重々しい声を絞り出した。
「……先日よりレフレクスィオーン先生が失踪し行方不明になってしまった。学園はもとより自宅にも街にもいた痕跡がなく、レフレクスィオーン先生ご自慢の守護精霊も同じく行方不明なようだ。これについては
その「もしも」の意味合いを考えたのか、生徒たちのざわめきが酷くなった。たぶん想定する最悪の状況を想像したのだろう、中には顔色を悪くしている数人の生徒の姿がちらほらと見える。
私はそれを聞いて、あの時のグラヴィスたち教師の焦った顔を思い出していた。つまり「もしも」というのは、ある意味で最悪の状態……レフレクスィオーン先生が守護精霊に見捨てられて“加護無し”になってしまったのではないか。そしてその事実を受け入れられなくて現実逃避した末に自ら行方をくらましたのではないのか……。学園長はそう疑っているのだ。
この学園でレフレクスィオーン先生が“加護無し”を毛嫌いしているのは周知の事実だった。そんな人がもしも自分が“加護無し”になったらどうなるのか……。みんな、もしかしたら自暴自棄になっているのかもしれないと考えたのだろう。そのせいかはわからないが、いくつかの刺さるような視線がこちらに向けられているようだった。
これだけでも学園を騒然とさせるには充分な騒ぎだと言うのに、学園長の話はさらに続いた。その間もこちらに向けられる視線はどんどん増えている。その視線に込められる気持ちが好意かそうではないかなんて、考えなくてもわかるだろう。
私をどれだけ見つめたってこの事件が解決するわけではないのにな。と、そう思わずにはいられない。
「……実は王家から緊急の連絡が来たのだ。隣国のアレスター国では突如、守護精霊が消えてしまい教会によって“加護無し”になったと判断され烙印を押された人間が……その、続出していると……。これは厄災だと判断されたのだ。精霊たちが人間を見限り、人間の世界が滅亡する前触れだとも言われた。
だ、だから、当たり前の事だが自分の守護精霊を大切にするように!もし、ぞんざいに扱っている自覚がある者は自身の態度を改めて関係の改善をするようにと!……そ、それから、これから言う事をもっとも重大な発表であって……」
“この世界に厄災が降りかかっている”のだと宣告する学園長の声はかすかに震えている。顔色はどんどん悪くなり次の言葉を発するのを躊躇っているようだった。学園長自体にはそれほど嫌な記憶は無いが、たぶん表に出してなかっただけで“加護無し”についてよく思っていなかったのだろう。きっと、その危機が目に見える範囲に近付いている恐怖を感じているのだ。
さっきアルバートからも聞いた通りだ。ある日突然、守護精霊が消えてしまい呼び掛けに応えてもらえなくなった人たちは“精霊に見捨てられた存在”として混乱のさなかに国から“加護無し”の烙印を押されてしまい捕まってしまっているのである。本人たちだって訳がわからないだろう、まさかそれを仕組んだ黒幕がアレスター国の王族だなんて……。もしかしたらジュドーもそのことを知っていたのだろうか?もし知らなかったのならば、この場の何処かでこれを聞いて驚いているのかもしれない。
そして、学園長は大きく息を吸い込み、口を開いた。
「────我がガイスト国の第二王子、ジェスティード様がアレスター国より派遣されてやってきた教会の者によって“加護無し”の烙印を押されてしまい連行されてしまったようなのだ……」