その言葉に、ほんの一瞬その場が静まり返った。しかし次にざわめきが起きる前に、私たちはいつの間にか数人の見知らぬ人たちに囲まれていたのである。
「わぁ!この人たちって今、学園長が言ってたアレスター国から来た教会の人たちじゃなぁい?」
「……まぁ、そうでしょうね。すでに王家まで“加護無し”狩りの手に落ちていたとは驚きですが」
ルルとアルバートが私の前に一歩出ると、エメリーたちが後ろを守るように私に背を向けた。周りの生徒たちは動揺を隠せないように私たちから距離を取っていたが、数名が青ざめた顔でその場を逃げ出していた。彼らはちらりとそれを確認していたが追おうとはしない。どうやら今の目的は私のようだ。そして張り付けた笑みを浮かべたまま、ルルとアルバートに視線を向けた。
「見たところ、そこのおふたりにはちゃんと守護精霊がおられるようですな。精霊に守護されている人間には関係がないことでございます……そこの“加護無し”のご令嬢をこちらに渡してもらいましょうか。第二王子ですら“加護無し”として裁きを受けるというのに、たかだか公爵令嬢がお咎め無しなんて誰も納得しますまい。それに、そこのご令嬢は生まれた時から“加護無し”であるとか……そんな穢らわしい異物をのさばらしていたとわかればこの国の品位が疑われますぞ?これは全て精霊の意志。今からでも正さねばならないのです」
教会の人間だと言う彼らがニヤリと気持ち悪い笑みを見せつけてきた。そしてその手が私に向かって伸ばされた次の瞬間────その手は燃え盛る炎に包まれたのだ。
「う、うわぁ?!」
目の前で燃えるそれは全く熱さを感じなかったが、相手を驚かせるには充分だったようだった。見た目は派手だが熱くないように調整されている高度な精霊魔法だ。そして驚いたそいつが手が引っ込められるとふわりと空気が揺れ、その場に牙を剥いて怒りの表情を隠さずにいるクロが姿を現した。
『フィレンツェアお嬢ちゃんに勝手に触るんじゃねぇぞ……!』
「こ、この精霊は……!まさか、第二王子の守護精霊だった精霊……?!」
どうやらクロがジェスティード王子の守護精霊だったことは有名なようだ。だがその驚きようは尋常ではないように見える。まるで、
「な、なぜここにいるんだ?!」
「そ、そうだ!確かに消えたはずでは……!」
「いや、きっとニセモノだ!
やたらとクロを「ニセモノ」と連呼してくるが、クロが威嚇をやめることはない。確かアレスター国の教会は精霊に敬意を払い、精霊の意志を尊重しているらしいのに、目の前の精霊に向かってそんな様子は全く無かった。
『あぁ゙ん?ニセモノだなんだとごちゃごちゃうるせぇな。俺様は俺様だってんだ!ジェス坊……いや、ジェスティード第二王子の守護精霊は確かに辞めたがよ。だがなぁ、今はこのフィレンツェアお嬢ちゃんの守護精霊になりたいと思ってんだ。だからこうやって付き纏って口説き落としてる最中だっつうのに、それを邪魔するってんなら容赦しねぇぞ!』
「な、なんだと?!そんな馬鹿なことがあるはずが……」
「いや、それ以前に精霊が契約者をコロコロと変えるなど聞いたことがないぞ……!それに王族の守護精霊は誉れ高き存在だ!それを自ら捨てるなんてあり得ないではないか!この精霊は嘘をついておるぞ!まさか精霊が王家の守護精霊の品位を落とそうというのか、このニセモノめ!」
「やはりニセモノだ!」
『────うるせぇって言ってんだろうがぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!!』
すると痺れを切らしたかのようにクロが唸り声を上げた。同時に炎が乱舞し、放たれたオーラの強さにそれを見ていた生徒たちはその場で腰を抜かしてしまい逃げたくても逃げられなくなってしまっているようだった。
ドラゴンの咆哮にも負けないそれはさすがというべきか。気が付くとルルの肩には手のひらサイズのセイレーンが姿を見せていて、頬を赤らめながらクロに向かってパチパチと拍手を送っている。ちなみにアルバートの襟元からはニョロが顔を出していて『なかなかやるでございますわねぇ』とクロを称賛していた。
『俺様は俺様以外の何者でもねぇんだよ!一体俺様が何のニセモノだっつぅんだ?!てめぇらの言う“ジェスティード第二王子の守護精霊”はもう存在しねぇ!俺様はただの炎の精霊だ!なんか文句あんのかごらぁぁぁぁぁ!!!』
クロはさらに口からも炎を吐き出し、炎は勢いを増した。まるで阿鼻叫喚図のように燃え盛っている。だがやはり熱さは感じないし、草や誰かの服が燃えてる様子もなかった。キレているように見えるが冷静に魔法をコントロールしている証拠だろう。
「……うーん。温度は完璧だけど、パーフェクトファングクローちゃんってばやりすぎじゃない?いくら本当に燃やさないからって激し過ぎたら後が大変だよぉ?」
ルルが飛んできた火の粉を掴み取り手の上で転がしながらそう言うと、アルバートがやれやれとばかりに肩を竦めて見せた。
「ジェスティードのお世話でストレスが溜まっていたんじゃないですか?または、ジェスティードが“加護無し”として連行されたと聞いて腹が立っているのでしょうね……あいつらにも、自分自身にも。それでも魔法は完璧ですし、大口を叩くだけはありますが……なんであの実力で空想生物ではなくライオンの姿を選んだんでしょうか。あれほど強い力があれば、自由に姿を選べたでしょうに」
そしてアルバートは「まさか、ジェスティードを怖がらせない為……なんてね」と、ポツリと呟いていた。それはルルにも聞こえていたようで、チラリとクロを見てから笑っている。私も、無双するクロの背中を見つめていた。
クロは後悔しているのだろうか?いくらジェスティード王子の方から守護精霊を辞めさせたといっても、もしもクロがそのままジェスティード王子の側に残っていればこの事態は避けられただろう。
ただ、そうだったのならば今頃ジェスティード王子は学園長の隣にふんぞり返るように立っていて教会の人間に「“加護無し”のフィレンツェアを捕まえろ!」と偉そうに指示していたに違いない。その姿が脳裏に浮かんできて容易に想像が出来る。そしてアレスター国で続出している“加護無し”たちの事も馬鹿にするのだろう。高笑いしながら自分だけは絶対に大丈夫だと謎の理論を振りかざして……。