今はこれまで自分が馬鹿にして蔑んできた立場になってしまったようだけれど……今、ジェスティード王子が何を考えているのかはわからない。もしかしたら恨み言を言っているのかもしれないが、もしもそれがクロに対してならば逆恨みもいいところだ。
きっとクロはジェスティード王子を守りきれなかった事と、彼を変えられなかった自分の無力さに怒っているのだ。本当なら我を忘れて暴れたいだろうに、私のために理性を保っていてくれるのもクロの優しさだ。
「……そっか、そうだよね。
ふいに、ルルが遠くを見つめるように目を細めた。
未だにルルの事はよくわからないままだが、転生者とは少し違うのではないかと思っている。そんな単純なことではなく、もっと複雑な理由があるような気がするのだ。そして、決してジェスティード王子の事を愛しているわけではないらしいということも。だが彼を踏み台にして何か企んでいるわけでもなさそうだった。その心情の深いところはどうしても読み取れないでいる。
「くそっ……なんて強さだ!まさか本当にあの守護精霊なのか……いや、そんなはずはない!」
「そ、そうだ!どうせお前はただの野良精霊なのだろう?!どうやらそこの“加護無し”を庇っているようだが、まだ契約していないのなら結局そいつは“加護無し”だ!生まれ落ちた瞬間に精霊に見捨てられるような人間が精霊と契約なんて出来るわけがない!だいたいその令嬢は嫌われ者として有名で、婚約者どころか家族にまで虐げられている厄介者のはず!そんな人間を庇う価値など無いのだ!」
「あの、ひとつ聞きたいのですが……いいですか?」
唾を飛ばしながら喚く教会の人たちに向かってアルバートが手を挙げた。それを合図にしたかのようにクロが炎を吐くのを止めると、あれほど渦巻いていた炎があっという間に鎮火したのだ。それを見て彼らはあからさまにホッとした顔を見せたが、クロの動向が気になるのかそわそわとしている。
「ん、んんっ!な、なんだね?君は
「いえ、ちょっと疑問に思っただけなんですが……。あなた方は“加護無し”と認定した人間を連行していると言っていましたが、それはどこに?そして、連行したとして……なにをするんですか?」
「それは……我々の教会で神に仕えてもらうのだよ。“加護無し”とは精霊に見捨てられた存在だ。つまり心が穢れているのだ。だが我々の崇める神はそんな人間すらも救済したいと考えておられる。また精霊が戻ってきてくれるように神の元で禊をして身も心も清らかにしなくてはならないのだ。神はその為の試練をお与えくださる。神がお許しくだされば、自然と守護精霊が戻ってくると我々は考えている。これは精霊の意志でもあるのだ」
だから、ガイスト国の王子だろうとアレスター国の教会に連れていくのだと。彼らはそう言った。
「では、“加護無し”になった王子はその神が許せば守護精霊が戻ってきてこの国に帰れると?しかし元々“加護無し”であるフィレンツェア嬢はどうするつもりなんですか」
「ああ、ジェスティード第二王子も神がお許しになれば本物の守護精霊が戻ってくる。そうすればすぐにでもガイスト国へお返ししよう。“加護無し”令嬢も心の穢れさえ落とせれば、もしかしたら精霊がやってくるかもしれないぞ。言っただろう?これは救済なのだ」
さっきは私のような“加護無し”が精霊と契約出来るわけがないと喚いていたが、今は精霊をエサにして釣り上げようとしている感じだ。言っていることにイマイチ一貫性が感じられない。というか、今クロが私と契約したいと思っていると言っていたのにそれは無視なのか。
なにがなんでも、“私”を連れていきたいらしい。
だから私は────。
***
小さく息を吐いたフィレンツェアが、アルバートとルルを押し退けて一歩前に出た。
「……わかったわ。そうすれば私に守護精霊が出来るというのならば、あなた方に従いましょう。神に祈ればいいだけなら簡単だもの。それに私、どうせなら美しい精霊が欲しいのよ。こんな野蛮なライオンではなくてね」
自分を守るために炎を吐いたライオンの精霊を鼻で笑うその姿は、少し前まではよく見かけた傲慢な悪役令嬢そのものだった。
『それなら俺様はついていくぜ!どんな精霊よりも俺様の方が強いってことを証明してやる!』
「くくく……いいでしょう。では我々の馬車にお乗りください」
こうしてフィレンツェア・ブリュードは行ってしまった。残された生徒たちは自分の不安を掻き消すように口々にフィレンツェアへの不満を口にしている。もうその日は授業どころではないと、青ざめた何人かが急いで帰宅していた。
主を失ったブリュード家の侍女たちは表情を変えること無く黙って移動した。さすがは嫌われ者の悪役令嬢だ、使用人に心配さえしてもらえないのかとせせら笑う声が聞こえるほどだった。
そしてアルバートとルルが