それではダメなのだ。闇落ちした生き物を倒すには方法はひとつしかない。私はその方法を誰よりも知っている。
……この力は悪役令嬢に転生した時に消えたと思っていたのに。ああ、そうか。これもアオが私に気付かせない為に隠してくれていたんだ。アオがいなくなって、アオが私を守る為に残した力が薄くなったせいでわかってしまったけれど、きっとアオは“フィレンツェア”の為に一生隠す気だったのだろう。もし気付いたら、その時が来たら私が戸惑う事なく使うとわかっていたんだわ。
────生命力を削って奇跡を起こす、聖なる力を。
聖女の力は私の中にある。よく考えれば魂の力なのだから当たり前か。前世では周りに利用されるだけされて死んでしまった“私”だったけれど……でも、今はこの力がアオに繋がっている気がした。
「聖なる力よ……!」
私は聖女であった時と同じように祈りを込める。
前世の私が“竜殺し”と呼ばれていたのにはいくつか理由があった。それはもちろん、闇落ちしたドラゴンを数え切れない程に殺したからだが……そのドラゴンたちとの闘い方もそのひとつだった。
聖なる力は魔法とは違う生命の力で、魂を削ってイメージするのだ。私はいつもイメージしていた。どんな闇落ちのオーラも一刀両断出来る鋭い剣を……!
あの精霊の為にも一瞬で終わらせよう。
私の右手に銀色に輝く剣が現れた。それを躊躇うことなく振り切ると、ハイジの腕を這っていた“何か”が真っ二つになりポトリと床に落ちる。聖女時代はこの剣を振り続けて私の周りにはドラゴンの死体が山積みになって重なっていたのを思い出した。ドラゴンの死体に囲まれて血に塗れた私の姿を見て「竜殺しの聖女」と人々は口にしたのだ。ドラゴンの場合はそのままだったが、闇落ちした精霊はどうなるのか……。
「わ、わたしの守護精霊がぁ?!精霊を殺すなんて、ば、化け物……!い、いやぁ!や゙め゙でぇ゙!!」
私はそのまま勢い良くハイジの口の中にそのまま剣を突き刺した。そして動かなくなったハイジを見て、セイレーンが飛び出してきたのである。
「え、セイレーン?!」
驚くルルを無視して、セイレーンは倒れているハイジに向かって“歌”を歌ったのだ。────魅了魔法の歌を。
私はハイジを殺してはいない。聖なる力はあくまでも闇落ちした生き物を滅ぼす力であって、そうでない生き物には効果がないのだ。だがそんなことなど知らないハイジは、自分の口に剣を突き刺されたショックで失神してしまったようだった。視線を動かして床を見ると、闇の消えた
「こ、この人の方は生きてるよね?……なにこれ、フィレンツェア様すごーい!あの変な精霊だけ消えちゃったよ?!なんかキラキラした剣が出てきたし!」
「浄化した……のか?あれが聖女の力……。確かに神聖な力を感じますね。────なるほど、神様が執着するわけだ」
アルバートが何かポツリと呟いたようだったが、その横で興奮気味にはしゃぐルルの声にかき消されてよく聞こえなかった。だが、アルバートからはルルほどの驚きは感じられない。ニョロはアオと同じ世界のドラゴンだったのだから
「……セイレーンってば、なんで魅了魔法を?」
剣を消して、息を吐いた。久々に使ったがやはり聖なる力は後からくる疲労感が酷い。生命を削っているのだから仕方がないのだが。それでもあの頃よりはマシな方である。
するとセイレーンが『ふふん』と鼻を鳴らした。
『いいこと閃いたのよぉう。ルルに対してわずかでも好意があればぁ、気絶してたってわたくしの魅了魔法は必ず効くわぁ。だから、ほらぁ』
歌い終わったセイレーンがそう言って羽先を動かすと、すぐにハイジは目を覚ました。そして自分が生きていることを混乱しながら確認して……ルルを見たのである。
「ル……ルル様ぁ♡ああ、可愛いわ、可愛いわ、可愛いわ!ルル様が望むならなんでもするぅ!お金?宝石?それとも情報?なんでもあげるからわたしを踏んでぇ〜!」
ハイジはうっとりしながら涎を垂らし、ルルの足元に擦り寄ると猫なで声を出していた。頬を赤らめ鼻の穴を膨らませている姿にセイレーンのやり過ぎ感が否めないが、『ね?』と、本人はドヤ顔で私を見ている。
『この女ってばぁ、あの純愛は嘘だったのよぉう?騙されてムカついちゃったわぁ!うふぅ。魅了魔法にどっぷりかかってぇ、これで恋の奴隷よぉう。隠してる事、ぜぇんぶ話してもらうんだからぁ!』
「ちょっとセイレーンってば何してんの?……こんな展開、ほんとに知らないんだけど」
自分の足に頬擦りしながら愛を乞うハイジを見て、ルルがため息をついた。どうやら魅了魔法はかけ過ぎるととんでもない副作用があるようだ。そういえば禁忌魔法だものね。ハイジの……カンナシース先生の恋愛を楽しんでいたセイレーンからしたら演技だったと言われて余程ショックだったのだろう。セイレーンは例えそれが狂っていようが