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第135話  聖女の目覚め ③

『この女がぁ、さっきルルをやらしい目で見たのぉ。だからイケるって思ったのよぉう。下心のある“好意”には魅了魔法の効果は抜群なんだからぁ。それにぃ、この女だけに魔法をかけたからあなた達には何も聞こえなかったでしょぉう?』


「そうね、私まで魅了魔法にかかるのはちょっと困るから助かったわ。それにしても、魅了魔法にはこんな使い方もあるのね」


『んふぅ。魅了魔法を目一杯かけるとぉ、麻薬を求める中毒者のようになるよぉう。普段はここまでしないんだけどぉ、今日は頑張っちゃったわぁん』


「へぇ、凄いのね」


 それからハイジは、ルルが質問することにベラベラとなんでも喋ってくれた。それには私たちの知らないことも含まれていたのだ。


 教会が王家と手を組んでいるのはわかっていたが、それとは別に協力者がいること。その協力者は“あの方”と呼ばれ、神として崇められていること。人間から守護精霊を引き剥がして作った“加護無し”と、精霊を集めていること。


 集めた精霊から無理矢理に力を奪い取って、その力でいくつかの新しい魔法を作ったこと。


「突然現れたはどうしても“フィレンツェア・ブリュード”が欲しいと言って、“加護無し”狩りを実行したわ。他にも“加護無し”がたくさんいれば周りに違和感を持たれる事なく手に入れられるだろうと、アレスター国の第一王子が教会と秘密裏に実験していた魔法に手を貸して成功させたの。その力は本当に素晴らしかった。まさに神だと思ったわ。我々の理想郷を実現させる為にはより強大な力が必要だもの。だから我々は神の教えに従った。それに“フィレンツェア・ブリュード”さえ捧げれば他の人間や精霊は我々の好きにしていいと言われて、第一王子も大喜びで必要な経費を出資してくれたわ。平民から搾り取った税金だけど、どうせそいつらも全員“加護無し”にするから大丈夫だって言って……あんッ♡」


 真面目な顔つきで語っていたハイジが我慢ならぬと喘ぎ声を上げた。ちなみに今のはルルに尻を踏まれたせいだ。四つん這いになっているハイジの尻を踵で踏む度にルルの表情が真顔になっていくのは気の所為ではないだろう。


「あたし、こーゆうの興味ないんだけど」


『あらぁ、奴隷ペットにはちゃぁんとご褒美を上げないとダメなのよぉう?』


 まさか過剰な魅了魔法のせいでこんな変態を作り出してしまうとは予想外である。セイレーン曰く『心の奥底でぇ、きっとそぉゆぅ願望があったのよぉう』らしい。魅了魔法ってそうなんだ。と思わなくもない。


「それで、その“あの方”の正体は?なんでフィレンツェア様を欲しがるのよ」


 ルルは諦めたようにため息をついてから、もう一度踵に力を込める。ハイジは「なんでも言います!」と嬉々として口を開いた。


「“あの方”は賢者なのよ!そして賢者の愛する精霊がそこの“加護無し”を欲しているの!そうすれば願いが叶うからと……!」


 賢者。その単語に胸がドクンと脈打つのを感じた。だがその言葉に反応したのは私だけではなかったのだ。


「……賢者だって?いや、まさか。そんな────」


 明らかに狼狽えたアルバートが、その場でよろめいた。目元が隠れていても顔色の悪さがわかるくらいに具合が悪そうにみえる。


「あれぇ?アルバート様どうしたの?」



「そ、それは……」


 アルバートは迷ったように言い淀み、息を呑んだ。そしてニョロまでもが狼狽えているように見えた。


『そ、それって……だってそれは、ずいぶんと昔の話ではなかったんでございまして?!まだ生きてるなんて、そんな……』


「僕もてっきり昔話だと……。だってあんなのおとぎ話じゃないですか。母さんだってもう何十年と何も無かったから大丈夫だと、だから隠れるのをやめて結婚したって……」


 明らかに普通の反応じゃない。そんなふたりを見てルルが首を傾げていた。


「賢者って大昔の有名な人だっただよね。そうだ、あの変な本……」


 ルルの言葉に、あの図書館での出来事を思い出した。“賢者の本”の恐ろしさは身を持って知っている。あれからあの本はどこかへ消えてしまったと聞いたが、とても探し出す気にはなれなかった。だからどうなったのかはわからないままだったが……。


 私の動揺が伝わったのか、アルバートがゆっくりと息を吐く。それは己を落ち着かせる為だったのだろうが、私もつられて息を吐くとあの時の恐怖が少しだけ和らいだ。


 いつの間にか息を止めていたと、その時やっと気付いた程だ。


「……フィレンツェア嬢なら知っていると思いますが、賢者の名前を覚えていますか?」


 アルバートが静かに私に聞きてきた。忘れたくても妙に記憶に残っている、それはあの賢者の本に載っていた名だった。



「確か……“賢者A・エヴァンス”。あ、」


 そう口にして初めて、アルバートの名前が────“アルバート・エヴァンス”だと、同じ家名だと気付いたのだ。



「賢者の本当の名前は“アルトン・エヴァンス”。……彼は僕の母の実の父親────つまり僕の祖父なんです。エヴァンス伯爵家は祖父方の遠い親戚なんですよ。それにしても、とっくに死んだと思っていたのですがまさかこんな騒動を起こしていたなんて……。は、はは……、本当に本の中で生きていたというのか……!」


 そう言ってアルバートは、乾いた笑いを放ったのだった。





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