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第136話  教会へ①


※ブリュード公爵視点





 隣国であるアレスター国へ行くはずの馬車がわずかな時間で動きを止めた。いくらなんでも早過ぎるし、クロくんの反応でこの馬車の周りを人が囲っているだろうことは容易に想像が出来る。まぁ、想定内だ。


 そして前置きも無く馬車の扉が開かれると、あからさまに怪しいその男が姿を見せてきたのだ。



「……ようこそ、ブリュード公爵令嬢。いや、精霊に見捨てられた哀れな“加護無し”よ」



 早速トゲのある言葉を言い放ってきたその男の見た目は一般的な茶髪で、顔も特徴が無く平凡だった。しかし、一見無害そうに見えるが張り付けたような笑顔からは邪悪な雰囲気しか感じられない。そんな男だった。


 それに身に付けているのは確かに隣国の教会の衣装のようだったが、あからさまに人を値踏みするような視線で上から下まで見てくる行為は背筋が寒くなる位に不快でどうしたって神に仕える神職のする事だとは思えない。


 ……入れ替わっておいて本当によかった!可愛い娘をこんな奴のこんな視線で見られたらと思ったらパパ泣いちゃう!


 あ、姿を消してクロくんの背中にしがみついてるポンコが震えてる?!落ち着いて!落ち着いて、ポンコ!今、姿が戻ると非常に困るから!


「……」


『なんだ、てめぇらは?この嬢ちゃんに話があるなら俺様を通してもらおうか』


 おっと、やっとポンコが気を取り直したようだ。ちなみに愛する奥さんからは「下手に口を開くと絶対にボロが出るから決めた台詞以外は話しちゃダメ!」とかなり強く念押しされている。なので口を噤んでいると、クロくんが代わりにと前に出てくれた。あまり絡まれるとポンコがまた気絶してしまうからとても助かる。クロくんは頼りになる精霊だ。


「……っ!ま、まぁいいでしょう。では行きましょうか」


 その男はクロくんの爪と牙に圧倒されたのか、一瞬怯んでから“教会”の方向を指差す。しかしを見てクロくんの放つ空気が一気にピリついた。


『……おい、あれが教会だって言うのか』


 その男の指先が指し示す方向に見えるモノ、それは……どう見ても朽ち果てた廃墟だったからだ。


 その建物は積み上げられたレンガは崩れて崩落しているし、所々に茶色い苔が生えて枯れた蔦が絡み付いている。屋根も無ければ窓も無い唯の瓦礫の山だ。教会だった面影すらも無いそれを、男たちは「教会だ」と言い張るのである。


「ふふふ……信仰の無い者には真実が見えないだけですよ」


 クロくんと目配せをして男の後に続いた。公爵家の密偵が馬車を尾行してこの場所を見つけてくれているはずだ。すぐに奥さんに連絡が行くだろう。応援が来るまでにアオくんを見つけ出して時間を稼がなくてはいけない。なにせ、ざっと見渡しただけでも相手が多すぎる。ポンコは攻撃魔法が使えないし、いくらクロくんがいると言っても多勢に無勢だ。ここは大人として、警戒しつつ落ち着いた対応をしなくては……!


「さぁ、どうぞ中へ」


 促されるままに、今にも蝶番が取れそうになっている錆だらけの扉に手を掛けた。ギィッと錆びついた音を聞きながら一歩踏み込んだが、には何も無い。よく見ると床に穴が空いていて薄暗いその穴には下へと続く階段が備わっている。男は「先に来ている加護無したちは地下にある礼拝室に集まっていますよ。そこで神に祈りを捧げているんです」と言った。


「……そこで祈れば精霊がくるのかしら」


「それはあなたの努力次第ですよ。ご案内しましょう」


 階段の先は暗くてここからでは見えない。とにかくここは従うしかないか。


『……他の加護無しが下にいるのか』


 クロくんがポツリと呟いた。たぶん、ジェスティード王子の事を気にしているのだろう。確かに彼には一度ちゃんとをしなくてはいけないと思うがタイミングというものがある。だからクロくんの呟きには気付かないフリをした。もちろん男は気付いているようでニヤリと口の端を歪めているが。


 ……さて、どうなるかな?



 かなり深くまで階段を降りるとその先に鉄の扉があり、いくつもの鍵がかけられていた。神聖な礼拝室の入口には到底見えないが、男はニヤニヤとしながら楽しそうに鍵を開けていく。鍵の束を懐に仕舞いながら舌舐めずりする姿は不気味だ。


 その中の様子はまさに異様だった。



 確かにたくさんの人間がいた。その人間たちは周りを押し退け、少しでも前に出ようと必死の形相をしていて……そして、大袈裟な程に祈りを捧げていたのだ。


 ────古い革表紙をした一冊の本に向かって。



「……これは」


「我々を導く賢者の本……あれが“御神体”です。神に少しでも近付いて声を聞いてもらうために皆さん必死なんです。まるで蜜に群がる虫のようでしょう?でもあなたはですから、別室へご案内しますよ。さぁさぁ、こちらへ」


「……わかったわ」


 あれがみんな“加護無し”にされた人間なのかと思うと、少し怖くなる。守護精霊の存在が当たり前だった人間にとって、それほどの恐怖なのだ。依存していると言ってもいいかもしれない。



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