目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第144話  賢者の足掻き


 このままでは世界が崩壊する。神様はそう言った。




 いや、突然過ぎて本当に混乱したんだけど。ジュドーの中に神様が転生していたなんて全然わからなかったし!まぁでも、神様のノリで色々とやってたというのならばジュドーのあの変な行動もなんとなく納得がいってしまった。神様ってフレンドリー過ぎるっていうか、私を女扱いしてなかった気がするし。


「お父様、クロ!大丈夫だった?!」


 聖なる力を使ったせいで体がフラついたがアオか支えてくれた。そういえば一時的な変身かと思ったけど、ずっと人間の姿のままなのだろうか?


『フィレンツェアお嬢ちゃん……もう俺様には何がなにやらだ……』


 クロは力が抜けたのかその場にヘナヘナと座り込んでしまった。お父様は……うん、やっぱり気絶してるわね。でも怪我も無さそうだしひと安心である。


「私も、急展開過ぎて頭がついていってないんだけどね……でもなんとかなったみたいよ」


 ふいに、さっき私が真っ二つに切った大樹を見上げる。そこには解放された精霊たちが集まっていてなにやら相談するかのようにピカピカと光っていた。そしてひとつふたつと、光はバラバラに飛んで行ってしまったのだ。いくつかの光は私たちをすり抜けて行く。この近くに目的があるのだろうか。


「……精霊たちが契約者の元へと帰っていったんだ。みんな無理矢理引き離されたから、人間たちを心配してたんだよ」


 飛んでいく精霊を見つめながらアオが呟いた。


「そっか……。これでやっと元通りね」


 すると、精霊のいなくなった大樹の根元からひとつの弱々しい光が浮かび上がってきたのである。


「……あれも精霊?でも少し違う……泣いてるわ。私、なんだか知ってる気がする……」


「アレが、賢者の本に宿る“精霊の怨念”だったモノだよ。フィレンツェアの魂を手に入れれば願いが叶うと信じてずっと暴走してたみたいだけど、聖なる力で浄化されて正気に戻ったんじゃないかな。禍々しい感じが消えてるもん」


「私の魂を?」



『その話なら、さっき俺様も聞いたぜ』


 そう言ってクロが教えてくれた賢者の真実に背筋がゾッとしてしまう。だから教会は執拗に私を連れて行こうとしていたのだ。


「離れたくないから自分の守護精霊を食べたって……そんなの正気の沙汰じゃないわよ。しかもそれからずっと怨念となって本に閉じ込められていたなんて狂うに決まってるわ」


 でも私の魂を求める理由が我が子を探す為だったと聞いて、少し切なくなってしまった。自分の事がわからなくなっても子供の事は覚えていたということだろうか。


「……フィレンツェア嬢、あの精霊は僕に任せてくれませんか。あの精霊が怨念となってまで探していたのは僕の母でしょう。母は狂っていく父親の姿に恐怖を感じで自らを封印して長い眠りについたんだと言っていました。目が覚めた時にはもう誰もいなくて、それから何年も身を隠しながら生活しても姿を現さなかったからもう死んでしまったのだろうと安心して結婚したんだと話してくれた事があります。だから、おとぎ話としては賢者の話を聞いていたんです。あの精霊は……僕の祖母になるのでしょう。母と同じこの瞳を見せればわかってくれるかもしれません」


 アルバートは前髪をかけあげ、赤い瞳を顕にして言った。精霊と人間の血を引いている証である血色の瞳だ。


「アルバート様……」


「お願いします。誰もこないでください」


 まだ危ないかもしれない。そう思って止めようと手を伸ばした。でもその手をアオに止められてしまう。


「黙って見守るのが、今のフィレンツェアの役目だと思うよ」


「……うん」


 話は聞こえないけれど、アルバートは一生懸命なにかを訴えているようだった。精霊がアルバートに襲いかかるような事はなく、ただ黙って話を聞いているようにも見える。私たちと一緒にその様子を見ながらルルが「アルバート様って苦労性だよね」と呟いていた。



「これで世界の崩壊とかってやつはなんとかなったのかなぁ?それならあたし、あの神様に聞きたい事いっぱいあるんだけど」


「聞きたいことって?」


「ん〜、……色々かな?」


 ルルと話す中で気が緩んでいたのかもしれない。もちろん全ての問題が片付いたわけではないとわかっていたが、それでもアオを取り戻せて怨念も浄化出来た。聖女の力を取り戻した事によりの変に心に余裕が生まれてしまったみたいだった。だって、聖女時代はこの聖なる力だけで生き抜いていたから。


 だから、その影の動きに気付くのが遅れてしまった。




「全部お前のせいだぁぁぁぁあ!!」



 そんな声が響き、瞬時にアオが私の体を守るように抱き締めた。体勢が変わった私の目に一瞬見えたのは、二重に重なった白いミルク色の髪だった。


「かみさ────」


 でも次に見えたのは、そのミルク色の髪に赤い飛沫がかかっている姿で……大きな石の塊が頭にぶつけられていたのだ。



『あ、あいつはアレスター国の第一王子だ!大樹が斬られた時に倒れたから気絶したのかと思ってたら……てめぇ、なんてことをしやがる!そいつはてめぇの弟たぞ?!』


 クロがそう叫ぶと同時に、目の前のミルク色の髪の持ち主の体がグラリと揺れる。そして倒れたジュドーの周りには頭部から赤い血が滴っていた。


 私に襲いかかろうと飛び出してきたその男に、神様が飛びかかったのである。



「……オレノセイレイヲヨクモ……………………………………」



 クロの爪で殴られたその男は、最後にそう呟いて動かなくなった。この男は本当にアレスター国の第一王子だったのだろうか。もしかしたら、賢者が体を乗っ取ろうとしていたのか。でも、もうそれを知る事は出来ないようだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?