※神様視点

“本・当・の・力・を使ったら、もうこの体とはお別れだ”

　それは比喩でも何でも無く、もうボクがジュドーの体の中に居られないという意味で真実だった。

　なにせ神の力は人間の体には負担が重すぎるんだ。ボクの人格が表に出ている間はジュドーの人格が眠っているのもそのせいだろうね。まぁ、ジュドーが押し潰されて消えちゃわないように力を抑えていたんだけどさ。

　でも、とうとう使っちゃった。一度解放したら完全に抑え込むのは無理みたいなんだよね。あーあ、せっかく聖女と同じ世界の人間になれたのに夢の時間はあっという間だったよ。手遅れになる前に早くジュドーにこの体を返さなくちゃ……。

　それにしても、諸悪の根源は片付けたのになんで崩壊の危機から脱していないのかな。賢者と精霊の怨念はボクらの目の前で確かに大樹と共に聖女が浄化したはずなのにさ。ボクの視線に気付いた〈腐った神〉が同じように思ったのかこちらを見ながら首を傾げた。

　……え？何その視線。もしかして聖女の浄化が失敗したとでも言いたいの？ボクの聖女が失敗するわけないじゃないか。あ、視線を逸らして大樹の方に言っちゃった。どうやらアルバートと話している精霊に聞き込みに行ったようだね。

　ふと視線を〈腐った神〉からフィレンツェアへ動かせば、張り詰めていた空気が和らいだ表情でルルとなにやら話している姿が見えた。そして寄り添うようにして彼女を守る古代竜の姿も。そんなふたりを見ていたら、もしも前の世界で古代竜が目覚めていたとしても大丈夫だったんじゃないかって気さえしてきた。

　人間と精霊じゃ色々大変だろうけど、フィレンツェアもアオもこの世界ではイレギュラーな存在だからね。いなくなる前にボクが友達として最後のプレゼントをあげようかな。だって、これで本当にお別れになると思うんだ。ボクが本・当・の・力・を使うってことは、もう決して以前のようには戻れないってことだから。

　ねぇ、フィレンツェア。ボクがいなくなっても、フィレンツェアはボクの事をずっと忘れないでいてくれる……？

　そんな、柄にもなくセンチメンタルな気分になった時だった。

「全部お前のせいだぁぁぁぁあ！！」

　ほんの一瞬、ゾワッとした殺気を感じた。ジュドーと同じミルク色の髪の男の姿に賢者らしき男の姿が重なって見えた気がした。浄化されたはずの賢者はこの男の中に潜んで隠れていたようだった。こんなに近くにいたのにギリギリまで気付かないなんて、ボクもだいぶ気が緩んでいたみたいだ。

　そして怨念に満ちあふれたその憎悪の目が真っ直ぐにフィレンツェアを見ているとわかった途端、ボクの体は勝手に動いていたんだ。ボクともあろうものが、あんな大きな石の塊を持って襲いかかってくる奴に無意識に飛びかかるなんて原始的な事をする日がくるなんて天界にいた時は考えたこともなかったよ。

　痛い。血がたくさん出てるのがわかる。おっと、これってヤバくない？まだボクが中にいるからよかったけど、もしもジュドーだけだったら即死案件だよ。賢者の奴め、最後の力を全部込めて殴ってきたみたいだ。怨念のこもった石の塊なんてただの特級呪物じゃないか。ああ、でもさすがにこれはボクでもヤバいかも……。

　こいつ、強いや。しかもあの本から抜け出して他者の体を乗っ取る事を覚えてしまったみたいだよ。さすがにジュドーの中にはまだボクがいるから入ってこようとはしなかったけど、ボクと目が合った瞬間に何か企んでいそうな顔をしたからね。

　しかもこの力は、もしも賢者の魂が天界に行ったら確実に新しい〈呪いの神〉に抜擢されること間違いないんじゃないかな。でも、こんな奴が〈神〉になったら天界もパラレルワールドも最悪な事になりそうだと思った。だって絶対にパラレルワールドを、それこそこの世界をめちゃくちゃにするでしょ……。いくら崩壊を防げたってそれじゃダメなんだ。

　遠のきかける意識の中でクロくんが爪であの男を殴って倒したのが見えた。「……オレノセイレイヲヨクモ……………………………………」なんて呟いて動かなくなったようだが、そいつはあくまでも入・れ・物・だ。問題は中・身・がどうなったかなんだよ。しかしみんなは「セイレーン、早く治癒魔法を……！」と、そいつの変化には気付いていないようだった。

　小さな小さな、黒い靄の塊が飛び出たことに。

「────ボクの友達に何する気だよ！！」

　もちろんフィレンツェアの事はアオが守ってくれるだろうさ。そんな事、誰よりもわかってるよ。実際に賢者だった黒い靄の塊はフィレンツェアに近づけないでいる。でもね、フィレンツェアを……ボクの聖女を狙ったことがすでに罪なんだ。

　そんな魂なんて、存在すらも許せるはずがないんだよ。

　だからボクは本・当・の・力・を完全に解放した。するとジュドーの体が耐えきれなかったみたいで限界だったからボクは外へ出ることにしたんだ。

　全身が白く輝く、天界にいた〈神様〉の姿でね。

　ジュドーを治療中だったセイレーンが驚いて歌を途中で止めたり、クロくんやルルも呆然とした顔でこちらを見てくる。いやいや、血は止まったみたいだけどちゃんと治してあげてくれる？そっちは任せたからね。

　チラリとジュドーを見ると顔色がまだ悪い。体のダメージは引き取ってきたつもりだけど、やっぱり負担が多かったみたいだ。ジュドーの守護精霊は眠らせて置いてきたけど、ここにいたら大騒ぎだっただろうなぁ。

　そしてボクは、外に出た瞬間に捕まえたソ・レ・を力いっぱい握り潰した。ブチッ！と不快な破裂音と共に小さな悲鳴が耳に届いたけどムカついてたからしょうがないよね。

　どうやらこいつ、ボクの力を侮っていたみたいだ。確かにジュドーの中にいた時はこいつの方が強かっただろうけど、外へ出て力を解放したらその差は歴然さ。だってボクは────。

「……〈原初の神〉様。そのお姿を拝見するのは、何百年ぶりでござろうか。────やはりご決断なされたんでござるね」

　〈腐った神〉が膝をつき、頭を下げた。

　白く輝く神の姿が区別出来るのは同じ神だけだ。フィレンツェアたちには白く輝く人型の存在に見えるだけだけど、さすがに〈腐った神〉にはわかっちゃうよね。たぶん、ボクがこれからしようとしている事も。

　ボクの本当の名前は〈オタクの神〉じゃないんだ。あれは趣味なだけで、真の名前は〈原初の神〉と言う。神を作った神……〈全能神〉の手によって一番最初に造られた神なんだ。最初の頃は、他の神は生まれは様々なのにボクだけが違うって疎外感が酷かったっけ。特別扱いが嫌で全能神に反発して本当の力を抑え込んだんだよね。それで〈オタクの神〉を名乗ってオタ活してたら嫌がらせされたなぁ。主に〈時間の神〉達から。特にフィギュア集めも散々馬鹿にされたっけ。

　ボクは〈腐った神〉に頷いて見せた。〈原初の神〉の姿を晒したってことは、そ・う・ゆ・う・こ・と・さ。と言う意味で。

「……神様？なに、するつもりなの……？まさか危ない事しないわよね？それに、なんで天界にいた頃と輝き方が違うの？名前も……」

　何かを察したのかフィレンツェアが震えた声を出した。まさか輝き方が違うなんてわかってもらえるなんて思わなかったから驚いたよ。そういえば聖女はボクの表情の違いとかなんとなく分かるって言ってくれていたもんね。ほんとに、君はボクをどこまで喜ばせたら気が済むんだろうか……嬉しくて泣いちゃいそうだよ。

「……ボクから、最後の贈り物をするよ。受け取ってくれるよね？」

「だから、なにを────」

　フィレンツェアに近付き、その額に唇を落とした。おっと、アオが複雑な顔でボクを睨んでるけどこれくらい許してよね？親愛のキスくらいいいじゃないか。

「この世界を作り変えるんだよ。元々はボクが作った世界だから、ボクの全てを賭ければ絶対に出来るはずさ……もう乙女ゲームなんて関係の無いフィレンツェアが幸せに生きれる世界をね」

「かみさ────」

　そう言うのと同時にボクの言葉に反発しようとしたフィレンツェアを眠らせた。小さなフィレンツェアが何か言いたげだったけど、君のこともちゃんと考えているから大丈夫だよ。

「……フィレンツェアを泣かせたら僕が許さないぞ」

　眠ったフィレンツェアを抱き締めながらアオがボクをまたもや睨んできたけど、なんで泣きそうな顔してるのさ？ライバルがいなくなるんだから喜べばいいのにね。

「ボクの方こそ、君がボクの聖女を悲しませたらいつでも奪い返しに行くよ。……だからちゃんと幸せにしてよね」

　そして……その場にいる全員の意識を奪った。〈腐った神〉にみんなの事を頼もうとしたら「ここまでくれば一蓮托生でござろう？もちろん、拙者もお手伝いさせてもらうでござるよ」と先に言われちゃったよ。だって上手く行く保証もないし、もしかしたら消滅しちゃうかもしれないのに……。でも〈腐った神〉は首を横に振った。

「拙者も、〈オタ神〉殿の友達でござる」

「……ありがとう」

　世界って何で出来ていると思う？

　新しく何かを創り出すのって相当のパワーがいるんだ。それこそ、たくさんの命の犠牲がね。

　世界の崩壊は完全には防げなかったみたいなんだ。手遅れだったと言うべきか、賢者の怨念が強すぎたのか。だから……最初から作り直すことにしたんだ。もうデータの上書きはしないよ。

　じゃあ、その犠牲となる命はどこから持ってくるか？いいや、この世界の命は何ひとつ使わないよ。だって全て必要だからね。

　〈原初の神〉ボクは、パチンと指を鳴らした。

　するとその場には天界の部屋に大切に飾ってあったたくさんのフィギュアがバラバラと落ちてきた。そしてそのフィギュア達はぐんぐんと人間と同様の大きさになるとパチリと目を開けたのである。それは動物や植物など種類は様々で全てが現実の物と同じ姿に変わった。

「これまで余ってた力をこのフィギュア達の中に溜め込んでおいたんだ。この世界に生きる生命と同じ数だけあるから、これを生贄にすれば……。よーし！作ってしまえば、天界の奴らにバレたってどうってことないよね！なんならついでに独立した世界にしちゃおうかな」

　こうして、神から与えられた力は世界に生命と認められた。全ての命と〈原初の神〉、それに〈腐った神〉の力が混ざり合うことによって新たな世界が誕生したのである────。