俺たちは氷晶採掘の現場を奥へと進む。
ニードリアンの金属の髪を熱して、
氷晶を溶かして採掘をしているので、
ランプの熱が採掘現場にあり、外よりはあたたかい。
また、燃えるにおいがする。
油かもしれないし、ガスかもしれない。
この異世界は俺の感覚で通じるところもあるから、
もしかしたら、採掘現場のような空間では、
ガス漏れが怖いから油を燃やしているのかもしれないと思う。
薄い俺の知識だが、ガス爆発は怖いものと聞いたことがある。
山の中の狭い空間でガスが充満したら、
なんとなく大変なような気がする。
だとしたら、ランプの灯は油かと思う。
その油も、揮発性のものだと危ない気がする。
細かいことはよくわからないが、
とにかく安全に配慮した火を使っているのだろうなと思う。
俺の感覚で通じにくいこの世界のものとして、
魔法や、この異世界特有の素材などがあるけれど、
まぁ、俺のいた世界でもあまりに進み過ぎた技術は、
俺にとって訳の分からない魔法のようなものと思えることもあるし、
説明できたり感覚でわかることが全てではない。
俺が感覚でわからない、
この異世界の技術というのも、たくさんあるのだろうし、
俺はいまランプの灯が油ではないかと思っているけれど、
俺のわからない異世界特有の技術のものかもしれない。
俺は耳かきバカだから、説明されてもちゃんと理解できるかはあやしい。
とりあえず、閉鎖空間で安全な火として使えるんだろうなと思う。
わからないことが多くても、生きていける。
理屈をわかった方がいいのはいいのだが、
俺はそれほど頭がよくないということだ。
こればかりはどうしようもない。
採掘現場を奥へと進む。
キラキラ輝く氷晶が、奥に進むにつれて透明度が増しているようだ。
それから、ひとつひとつの氷晶の結晶も大きいようだ。
なるほど、これがさっき聞いた、氷晶を成長させているということか。
純度の高い氷晶は、熱を遮る力が高いと聞いた。
成長すると、透明度が高くなっているように見える。
余計なものを含まない氷晶の結晶になるのかもしれない。
この氷晶を作り出しているのが永久氷晶であると聞いた。
永久氷晶は採掘現場の奥にあるという。
永久氷晶があれば、氷晶はどんどんできるらしいと聞いた。
永久氷晶は氷晶の核であるようだ。
氷晶に影響を及ぼさない程度ならば、
永久氷晶から耳かきを作ってもいいらしい。
さて、耳かき錬成は素材を理解しないと上手く耳かきの形にならない。
永久氷晶とは、どんな素材になるだろうか。
キラキラとした採掘現場を進んでいくと、
俺はなんとなく圧迫感に似た感覚を持った。
採掘現場がそれなりに狭い所為かと思ったが、
なんとなく違うような気もする。
「特殊な力を感じます」
俺の隣でリラが言う。
「永久氷晶のある現場に近い所為でしょう」
現場担当者が言う。
なるほど、これだけの氷晶を作り出す永久氷晶は、
それだけ力を持ったものであるということか。
白の国のヒイロカネのような感覚と思っていいかもしれない。
素材としては違うけれど、
たくさん素材を作り出すものの、核のような母のような、
そんなものと思っていいということだろう。
この圧迫感に似た感覚は、
多分何かしらの力の圧ができているんだろうと俺は思う。
空気が濃密になると空気圧が上がるとか、
水に圧力がかけると水圧が上がるとか、
そんな、何かしら特殊な力の濃密なものが、
この圧迫感を感じるほどの圧になっているのかもしれない。
俺たちは採掘現場の最奥、永久氷晶の場所にたどり着いた。
大きな氷晶に囲まれている。
その中心に光る結晶がある。
これが永久氷晶か。
輝きは呼吸をしているように明滅している。
生きているのかもしれない。
この異世界では無生物にも耳があるように、
結晶のようなものや金属のようなものに、
意識がないとは言い切れない。
まず間違いなくすべての存在には耳がある。
耳があるということは聞こえている。
聞こえているということは、意識がないとは言い切れないということだ。
俺は現場担当者に許可を得て、
永久氷晶に触れた。
少し、ひやりとした感覚があって、
俺の意識はやんわりと飲み込まれた。
リラの声が遠い。
遠い上にゆっくり聞こえる。
「ようやくあなたとお話ができますね」
俺の意識に話しかけてくる声。
「私は永久氷晶と呼ばれている存在になります」
俺は答えようとするけれど、
言葉を話すことができない。
言葉を話す機能が離れているような感じだ。
「無理に話さなくても大丈夫です。あなたのことは理解できています」
永久氷晶の意識は優しく語り掛ける。
永久氷晶の言葉によれば、
永久氷晶は、黒の国の気脈の要であるらしい。
気脈という言葉を黄の国で聞いた覚えがある。
俺が耳かきをして国が落ち着くと、気脈も落ち着くと聞いた。
異世界には気脈と言うものが流れていて、
その気脈がきれいに流れていると、
異世界に暮らすものの心と身体もよどみなく、
心地よく生きられるらしい。
そのよどみになったのが耳の呪いであり、
魔王のバラまいた耳の呪いは、
異世界中の気脈も乱した。
また、魔王の手足と言ってたいリュウが、
邪なものを暴走させて、
各地でさらに気脈を乱した。
異世界の気脈はつながっていて、
流れるようになればよどみは少なくなっていくし、
よどみが多くなれば連動してよどんでいく。
永久氷晶は黒の国の気脈の要として、
黒の国にいる者の心と身体を守っているということだ。
医療が黒の国で発達したのは、
永久氷晶が黒の国にいる者の、
心身を守っているというのもあったのかもしれない。
氷晶は永久氷晶の周りで成長していて、
黒の国特有の素材となっている。
永久氷晶は、気脈の要と言っているけれど、
黒の国自体を支えているものでもあるのかもしれない。
そんなものを俺が使っていいものだろうか。
「あなたはヒイロカネを耳かきにしました」
永久氷晶は語り掛ける。
どうやらヒイロカネと言う存在もまた、
白の国の気脈の要のような存在らしい。
ヒイロカネを理解して耳かきにできたのならば、
永久氷晶も理解して耳かきにできるはずだと、
永久氷晶は語り掛ける。
「私から耳かきを作ってください。お手伝いします」
俺は永久氷晶の意識を受け入れる。
言葉にできないような感覚だ。
何か大きな流れのようなものと、輝くような感覚だ。
輝くようなそれは鱗のようだと俺は思った。
気脈が流れているのは、大きな生き物のようなものが生きているような、
そんな感覚だ。
この異世界の中を長い大きな生き物が生きている。
その生き物の要になっているののひとつが永久氷晶。
俺の中で、龍という言葉が頭に浮かぶ。
異世界に来て間もなくの頃に乗った竜便とは違う、
東洋の、蛇のように長く大きな生き物。
気脈は異世界に生きている龍なのかもしれないと理解する。
龍の流れに乗れば、その要である永久氷晶も理解できる。
気脈の流れは大きすぎるけれど、
それはこの異世界そのものだからだ。
俺は永久氷晶の意識を頼りに、
気脈の要の永久氷晶を理解する。
気脈が少し笑ったような気がした。
永久氷晶の意識が俺から離れていく。
近くでリラの声がする。
「勇者様、どうしたのですか、ぼんやりとして」
「永久氷晶と話をしていた。今ならば耳かき錬成ができるはずだ」
俺は永久氷晶に心からの感謝を思いながら、
永久氷晶から、俺の技術の粋を集めた耳かきを錬成した。
永久氷晶の意識が笑った。
その奥で気脈の龍も笑っている。
俺はそんな風に感じられた。