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10.かどわかし①

「それで、具体的にどこへ向かうのですか?」


 どうも私の行き先をちゃんと確認しておきたいようで、ピーターがそう尋ねてきた。


「ええっと、手芸屋みたいなお店はあるかしら? こういうのが欲しいの」


 私は手をくるくると回すジェスチャーをした。

 これで伝わるだろうか、と心配だったけれど、ピーターはなるほど!と手を打った。


「うーん、ただそういった店にはあまり馴染みがないので……そうだ、ではジュリの店に行ってみましょう」

「ジュリというのは?」

「僕の幼馴染みなんです。道具屋をやっているので、他のお店のことにも詳しいですよ」


 じゃあそうしてみようか、と決めて街まで送ってくれた馬車を降りた。

 街に踏み出すと、まずルデアルの、その活気に圧倒される。

 昼下がりの陽射しが石畳を照らし、行き交う人々の足音が絶えず響いていた。

 店先からは商人たちの掛け声や、品物を手に取って交渉する客の声が聞こえてくる。

 流れる空気には、新鮮な果物や香辛料、焼きたてのパンの匂いが漂っていて。

 カラフルな布を広げた露店が通りを埋め尽くし、道端では楽器を奏でる旅芸人や子供たちの笑い声が響いていた。


「とっても賑やかで街が生きてるって感じがする」

「そうでしょう。この街は交易の中継地になってますから、色んな国の物や人が集まるんですよ。僕なんかはこの騒がしさこそがルデアルだなって思っちゃいます」


 しかし、街の賑やかさの背後にはどこか薄暗い影が潜んでいるようにも感じられた。

 視界の端に、武装した剣呑な雰囲気をまとった集団がそこかしこに見える。


「あれは傭兵ですね。戦争が近いと嗅ぎつけて一稼ぎしにきた、というところでしょう」

「そうなの、ちょっと怖いかも」


 私は彼らが腰に携えている武器へちらりと目をやった。

 剣はもちろん、弓や、大きな槌のようなものを持っている人もいる。


「まあ関わらないほうが無難でしょう、さあジュリの店はこっちです」


 大通りから外れ細い路地に入ると、さっきまでの明るさが一気に消え、日の光が建物に遮られて薄暗い。


「街の中心部は活気があったけど、この辺りは少し雰囲気が違うのね」

「ルデアルはこの国の中でも治安は良いほうなのですが、時期が時期ですからね」


 目に映る家々の窓は閉ざされ、たまにすれ違う人々の顔つきもどこか警戒心を帯びているようで。

 そんな路地をしばらく進んだ頃、ピーターは足を止めた。


 「ここがジュリの商店です」


 どうやら目的の場所についたようだった。

 目の前の店は少し古びていて、壁には亀裂が入り、ところどころ苔が生えていた。

 扉の上には『ウカノ雑貨店』と手書きで書かれた看板が掛かっている。

 店内に足を踏み入れると、扉につけられたベルがカランと鳴った。

 がらんとした店内に人の姿はない。が、店の奥には人がいるような気配は感じる。


 お店の人が出てくるまでの間に、ざっと店内を見回してみた。

 一見すると何に使うの分からないような置物から、ちょっとした食べ物、アクセサリーなどの雑貨が無秩序に並べられているようだ。


「お客さんすみません、お待たせしました!」


 バタバタと足音を響かせて、店の奥から出てきたのは、明るいオレンジの髪をした少女だった。


「やあジュリ、久しぶり」

「ピーター! 帰ってたのね。こちらの方は?」

「こちらは辺境伯様の婚約者で、ローゼリア様」

「こ、婚約者?」


 ジュリが素っ頓狂な叫び声を上げると、店の奥からガタンという音がした。


「はじめまして、ローゼリアです」

「こちらこそ?です。私は店主のジュリアで、ジュリって呼ばれてまふ」


 何故か緊張して噛んでしまっている。小動物みたいで可愛い娘だなと思った。

 年頃は15歳くらいだろうか。


「ジュリは小さいでしょう? でもこう見えてもう22歳なんですよ」

「わ、私とあんまり変わらないんですね……」

「こら、ピーター! こう見えてって、どう見えるっていうのよー!」

「いや、これは褒め言葉で……」


 二人が幼馴染らしく言い争っていると、ふらりと店の奥から男が顔を出した。

 顔はニヤついていて、明らかに堅気ではないような怪しいオーラを纏っている。


「今日のところは帰るからよ、約束覚えてんだろうな?」

「は、はい……」


 ジュリは暗い顔をして、頷いた。

 怪しい男はその姿を見て満足したのか、すれ違い様にジュリさんの肩をひとつ叩く。

 それから店の商品を、無造作にいくつか抱えて店を出ていった。


「なんだありゃ……」


 呆気にとられたような顔をしたピーターが、小さな声でそう呟いた。


「……ぐすっ、あの人たち借金取りなの」

「え、ジュリんとこに借金なんてあったか?」


 驚いたピーターに、ジュリは暗い顔で首肯すると口を開いた。


「お父さんが倒れちゃって……病気だって。治療費を支払うためにお店も担保に入れちゃって……」

「なんだって? それで親父さんは?」

「一週間前に旅立っちゃった。でもお父さん、頑張ったんだよ?」


 ジュリが泣き笑いで、そういうとピーターは肩を落とした。


「なんてこった……」

「ま、まあ私のことは大丈夫! それよりっ」


 袖でぐいっと涙を拭ったジュリは私に向き直る。

 そして自分の頬をひとつふたつ叩くと、すぐに商売人としての顔を作った。


「キール様の、婚約者様! うちのようなお店にどんな御用ですか?」

「ええっとね……」


 私は求めているものをジェスチャー付きでジュリに伝える。


「なるほど、そういったものは置いてないですね。見ての通りのなんでも屋ですけど、細々したものが多いので……」

「じゃあ取り扱ってそうな店に心当たりは?」


 相変わらず、気落ちしているピーターがそう尋ねる。

 ジュリさんはうーん、と少し考えていたけど、すぐに何かを思いついたように顔を上げた。


「あ、ベンジローさんに作ってもらうのは?」

「なるほど、ベン爺か。それいいかもな」

「あの、ベンジーというのは?」

「ベンジーじゃなくてベン爺です、ローゼリア様。このへんでモノづくりといえばベン爺、なんていわれてる凄い人なんですよ」


 ジュリさんは、その他にもいくつか取り扱ってそうな候補は出してくれた。

 けれど、私が求めているものをそのまま販売しているお店はないかもしれないそうで。

 それならば、とジュリさんとピーターが提案してくれたベン爺さんのところへ行ってみることにする。


「にしても、本当に大丈夫なのか? 何かあったらすぐにいえよ」

「大丈夫だって! ありがとね、ピーター」


 お店を出る間際、ピーターがジュリに声を掛けていた。

 男爵家ウチも傾いていた時期が長かったのでなんだか他人事とも思えない。

 あっちは私の刺繍で持ち直したけど……ジュリさんのお店にも何かそういう目玉みたいなものがあれば違うのかな、なんて思っていた。


「ジュリさん、ちょっと心配ね」

「ええ、そうですね。ガラの悪いヤツらも居ましたし……あ、こっちです。ベン爺はちょっと奥まったところに住んでまして」


 ピーターの先導に従い、薄暗い路地へと足を踏み入れた。

 周囲は湿った空気に包まれ、この間の雨が残したのであろう水たまりもちらほらと見える。

 少し寒さを感じさせるその光景に身を震わせた、その時だった。


「キャッ!」


 突然、頭に何かが荒々しく被せられ、視界が一瞬で闇に包まれる。

 パニックで心臓が激しく鼓動し、何が起きたのかも理解できなかった。

 力強い腕が自分を抱え上げ、足が地面から離れたのだけは分かって。


「やめてっ!」


 必死にもがいてみても、力が入らず、足と手をバタバタと動かすだけ。

 それでもなんとか脱出しようと暴れていたその瞬間、腹部に鋭い痛みが走る。

 息が一瞬止まり、衝撃で意識もぼやけていく。このままじゃ……。


「おい、お前ら何しているんだ! 待てッ!」


 ピーターの声が遠くで響き、彼が全力で駆け寄ってくる足音が微かに聞こえた。

 しかし、それも次第に遠ざかっていく。

 体は重く沈み、意識は完全に途絶えてしまう——その前に……。

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