舞踏会三日前。イーサンたちはカルサダニア王国を出立し、オウマ王国へと向かった。カルサダニア王国側の者たちはイーサンたちとは別行動をとっており、数日前に王宮を出ていた。
以前降り立った場所で竜化した者たちに騎乗した一同は、コトハが飛行に慣れた事もあり速度を上げて飛行する。そのためか、翌日の昼過ぎにはオウマ王国の王都郊外にある広場へとたどり着く。
イーサンは鞄から筒状のものを取り出し、そこに火をつけて空へと投げる。すると空高い場所でパン、と音が鳴った。
「イーサン様、あれは何ですか?」
「ああ、あれはラウレンツ殿から渡されたものだ。広場にたどり着いた時に火をつけて投げて欲しいと言われたのだが……」
「到着の合図みたいなものでしょうねぇ」
ニックの言う通り、その後オウマ王国の使者が現れ、一行は王城へと案内される。その後貴賓室へと案内され、一息ついた頃。イーサンが全員に向けて話始めた。
「舞踏会当日の話については、この後私がオウマ王国とカルサダニア王国との談話で確認する予定となっている。この談話には、書記としてデイヴ殿、教会の代表としてブラッド殿にも参加してもらう予定だ。その他の者たちは各自休憩していてくれ」
そう告げてイーサンたちは去っていく。コトハは一人どうしようか、と考えていたところでバーサに声をかけられた。
「コトハ様、教会から当日着るローブを預かっておりますので、少々合わせてみたいのですが……お疲れのようならまた明日にいたしますが……」
「大丈夫です! むしろお願いしたいです」
オウマ王国の本を読もうと考えていたコトハだったが、少々ローブが気になった彼女はバーサの提案に乗った。それを聞いていたのはマリだ。
「私もコトハさんのローブを見てもいいかしら?」
「勿論、マリさんも来て下さい……あ、見せちゃ駄目、とかありますか?」
「いえ、神子様の正装なので問題ないと思います。むしろ、マリ様にはお手伝いいただけると嬉しいです」
そうバーサに言われたマリは、教会から届いた荷物が置かれているらしい隣の部屋へと移る。
荷物が置かれている部屋に入ると、そこには想像以上の荷物が置かれていた。聞いた話によればコトハだけではなく、舞踏会に参加する者全ての衣装がここに置かれているらしい。そのため、非常に荷物が多くなっているのだとか。
「コトハ様はこちらです」
「これ、全部私の荷物……なのでしょうか?」
「……そうです」
そう言って指し示された場所には、どうみても一人分では無いであろう大量の荷物が置かれている。
「そう言えば、ローブの下にはドレスを着る……と聞いていましたが、私、ドレスを持ってきていないのですが……」
本当に今更だと思う。ドレスがどのようなものか知らないが、すぐできるような物では無いはずだ。そう思ってバーサへ恐る恐る尋ねると、彼女はあっけらかんと告げた。
「問題ありませんよ。イーサン様が仕立て屋でご注文されたコトハ様のドレスをお預かりしております。この後試着されてみますか? 何着も届いておりますので」
「……え?」
呆然としているコトハを尻目に、バーサとマリはドレスを荷物から引っ張り出している。二着ぐらいだろうか、と思っていたが最終的に出てきたのは五着であった。
「あのう……これを全部着るわけではありませんよね……?」
「勿論です。一着だと選べないからと、イーサン様が何着か用意されたのですが……」
目の前に掛けられたドレスは全て青系色。ドレスの形、装飾というような違いはあるようだが、正直初めて見る服装なので着てみないと実感が湧かないだろうな、と思った。
「えっと、私ドレスを着た事がないので、着ても良いですか……?」
「大丈夫ですよ。むしろ一度着た方が良いかと思いますが、どのドレスを試着されますか?」
「そうですね……どれがいいのでしょうか……このような服装は初めて見ますので」
「ではこちらは如何でしょう? このドレスは腰のラインがすっきり、スタイルが引き締まっているように見せるドレスです。他のドレスと比べてスカート部分が膨らんでいませんから、ローブの下にも着やすいのではないでしょうか。一度試着して、裾などが合わないようでしたら私が調整いたしますね」
「ありがとうございます」
勧められたドレスはシンプルな装飾で、上半身はレースを使用している物だった。何かの花らしきものがレースにあしらわれており、適度に肌を隠しているのがありがたい。袖も長く、首までレースがある……このような服はハイネックというらしい。
他の色よりも濃い青……イメージとしてはイーサンの髪色に似た色だろうか。落ち着いた色味でコトハも派手なものよりは着やすい気がする。
バーサとマリに手伝ってもらい、ドレスを着てみたのだが……何と彼女の身体にぴったりの大きさで作られていた。どうしてサイズを知っているのだろうか、とコトハはふと疑問に思って首を傾げていたが、その後ろで二人がこそこそと話している。
「マリ様、なぜイーサン様はサイズをご存じなのでしょうか……」
「多分だけど、以前私がコトハさんと一緒に服を買いに行ったのだけれど……もしかしたらそこでドレスを作成してもらっていたのかもしれないわ。確か採寸していた気がするもの」
「必要だったから良かったものの、どう言って渡す予定だったのでしょうね……」
今回に限ってはありがたい話ではあったが、既に何着も仕立ててあった事、それが彼女にぴったりのサイズであった事に少々二人は引いていた。だが、その表情を見せる事なく、微笑みながら「他のドレスを着てみましょう」と告げたのだった。
全てを試着し、一番初めに着たドレスがローブとの相性が良いと判断した三人は、片付けに奔走していた。着用予定のないドレスを一旦片付けたところで、一息ついていた三人に、扉を叩く音が聞こえた。
入ってきたのはイーサンである。
「済まないが、アーベル殿下から儀式を依頼できないだろうかと話が来ている。番が近くにいるかもしれない、もしかしたらコトハ嬢であれば何か分かるかもと興奮しているようでな……止めたのだが……」
イーサンも番が判明しない苦しみを知っている。だからこそ、あまり強く出られなかったのかもしれない。コトハは何となくそう感じる。この後特別用事があるわけではない。それならば神子として働くのも大事だろう。
「問題ありません。殿下のお時間の都合がつけばですが……」
「あの方なら無理やり時間を作るさ。それこそ大丈夫だろう。ならば今から、場所と時間を確認してこよう」
そう告げて退出したイーサンだったが、幾許も経たないうちに戻ってくる。後ろにアーベルを連れて。アーベルは彼女を見ると、コトハに向けて片手を挙げた。
「直接押しかける形になって済まない。儀式をしてもらうのであれば、直接伺うのが礼儀かと思ってな」
「ご足労いただき、ありがとうございます。ですが……お仕事などはよろしいのですか?」
「ああ。優秀な者たちを連れてきたのだ。少しの間、私がいなくても問題ないだろう」
「ではすぐにでも行いましょう、コトハ様」
バーサはコトハ専用の水晶玉が入っている鞄をコトハへと渡す。それを受け取った彼女は、部屋に備え付けてある机の上に水晶玉を置く。マリやバーサは入り口の方へ移動し、イーサンがコトハの後ろへと移動したのを横目で確認した彼女は儀式を始めた。
名前を確認し、水晶へと手を伸ばす。そして神子の力を水晶へと向ける。
いつものように「女神アステリア様のお慈悲を――」という言葉を呟くと、やはり情報はぼやけている。だが、以前とは違いひとつだけ理解できた事があった。光が収まると同時にコトハは目を開き、アーベルを見る。
アーベルは彼女の雰囲気に呑まれたのか、ごくん、と唾を飲み込んだ。
「ひとつお伝えする事がございます。以前、ドネリーという言葉をアーベル殿下にはお伝えしたと思いますが、ドネリー伯爵家の事のようです」
「つまり、私の番はドネリー家の者だと?」
「はい。その可能性が高いかと」
「なるほど……」
そう言ってアーベルは黙り込む。そしてすぐに立ち上がると、「ありがとう」と言って去っていく。その背中を見ながら、コトハは何故彼の番の情報がぼやけているのかを考え込んだのだった。