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第39話 再儀式

 それからコトハはドレスを試着しながら試しにマリと踊ったり、オウマ王国に関する本を読んだりしているうちに、舞踏会当日となる。コトハはマリとバーサに手伝ってもらいながら化粧と着替えを済ませ、ローブを羽織った。

 ローブは厚手の重い素材でできているように見える。だが着てみると厚手ではあるが軽い素材だったようで、思った以上に動きやすい。これなら問題なさそうだ、とマリやバーサと話していたところに現れたのは、イーサンであった。彼は扉を閉めた後、振り返りながら告げた。


「今、ドネリー家が全員広間に入ったそうだ――」


 話しながらこちらを見たイーサンは、コトハの姿を見て足を止めた。そして足を踏み出したまま口を開いたり閉じたりしているイーサンの耳が段々と赤くなっていく。

 イーサンの髪の色である瑠璃色のドレスを纏っているコトハに気づいたのである。

 イーサンはコトハに目が釘付けだ。呆然と彼女を見つめているイーサンを見て、どうしたのだろうかと首を傾げる。一方でその様子を見ていたレノ、マリ、バーサの三人はイーサンの心境が理解できたのか、微笑んでいる――いや、レノだけは面白そうな笑みを見せていたが。

 まじまじと見つめるので、コトハは思わず彼に声をかけた。


「あの、イーサン様?」


 言葉をかけられたイーサンは我に返り、目の前で不思議そうな表情をするコトハに、「済まない」と謝罪する。


「いや、余りにも素敵だったので、見惚れてしまって……いや、あの、その……」


 頭で思っていた事がそのまま口に出た事が恥ずかしかったのか、頭を掻きながらコトハから視線を外す。そんな彼の姿が可愛いなとコトハは思う。


「そう言ってもらえると嬉しいです。あ、あとこのドレスを用意してくださったとバーサさんからお聞きしました。そこまで頭が回っておらず……本当に助かりました。ありがとうございます」


 ペコリ、とお辞儀をすると、「ああ」と言いながらイーサンが歩いてくる。ふと二人の視線がぶつかった瞬間、イーサンはコトハを無意識に抱きしめようと右手を差し出し――。


「失礼、邪魔をする」


 扉から現れたのはアーベルである。彼の後ろにはオウマ王国の使者であるラウレンツが続く。その瞬間、正気に戻ったイーサンは、コトハへと差し出した手を引っ込めて二人の方へ顔を向けた。

 だからイーサンは気が付かなかった。彼が引っ込められた手をコトハが少し名残惜しく見ていたことに。それに気づいたのは、レノやマリ、バーサだけである。


 二人の登場に空気が引き締まる。イーサンとコトハ、アーベルとラウレンツがそれぞれ同じソファーへと座ると、ラウレンツが話し始めた。


「先程、アーベル殿下からお聞きしましたが、殿下の番はドネリー伯爵家の者で間違いないでしょうか?」

「はい」

「そうですか……」


 何か思う事があるのか彼は言葉を止めたが、ひとつため息をつく。


「失礼しました。現在の状況ですが、侯爵家の者が入場している最中です。ドネリー伯爵家はこちらで全員が参加している事を確認いたしました」

「ドネリー伯爵家はいつも一人だけ参加しない者がいると聞いていたが」

「今回は王命で全員参加としています。病気で参加できない場合は、王家の派遣した医者が書いた診断書の提出を義務づけましたので、ほぼ全員参加しております。参加できていない者は、足が悪い高齢の者が二人ほど、と聞いております」

「ならば問題なさそうだ。お願いできるだろうか?」

「勿論です」


 アーベルからの依頼にコトハは立ち上がり、執務机に置かれている水晶玉の前に座る。アーベルもバーサが用意した椅子に座り、儀式が始まった。


 普段と同様に文言を呟き、水晶玉に神力を込めてから目を瞑る。すると以前であればボヤけていて把握できなかった情報が、鮮明に浮かび上がってくるではないか。

 驚きからか、少しだけ肩を振るわせた彼女だったが、流れていく情報をいくつか掴み取る。そして――。


「アーベル様、あなたの番の名前が判明いたしました」


 目を開けて彼女は開口一番そう述べたのだった。



「番様のお名前は、モイラ・ドネリー様です」

「やはり、そうだったか」


 コトハはあれ? と思う。アーベルは名前を聞いた途端に、眉間へと皺を寄せていたからだ。


「ご存知なのですか?」

「ああ。ラウレンツ殿から伯爵家の情報を事前に聞いていたのだが……もしドネリー家の者であれば、きっと彼女の事なのだろうとなんとなくだが、そんな予感がしていた。ドネリー家には一人、全く外に出る事のない令嬢がいるらしい」

「もしかしてその方が……」

「ああ。モイラ・ドネリー伯爵令嬢だ」


 ゴクリ、と喉を鳴らしたのは誰だったか。静寂が辺りを包む。それを破ったのはラウレンツであった。


「……ドネリー伯爵家の正統後継者はモイラ嬢ですが、病弱な方のようで外出を家族から制限されているのです。表向きは――」

「表向きは……?」


 コトハも彼女が正統後継者である事は情報で把握していた。だが、病弱だという情報はなかった――そして最後の表向きは、という言葉で何か訳があるのだろうと理解する。

 ラウレンツはひとつため息をつく。


「公表までは内密にお願いしたいのですが……現在、ドネリー伯爵家には権力奪取の容疑がかかっております」

「要はお家乗っ取り、というやつだな」

「はい、殿下の仰る通りです。元々ドネリー伯爵家はモイラ嬢の母君が継いでいたのですが、彼女が流行病で亡くなったため、現在はモイラ嬢の父であるルッジエ殿が代理の地位についております。そのルッジエ殿が正統後継者であるモイラ嬢が病弱であるから地位を引き継ぐのは困難であると主張し、次期伯爵には後妻の娘を推しているのです。その主張が正当であれば、こちらも一考の価値があるのですが……」

「残念ながら、そうではないのだな」

「仰る通りでございます。それにドネリー家は我が国の特産品であるインクの生産地です。現在その品質も下がっており、代理であるルッジエ殿ではドネリー家を維持するのは困難であると判断しました」


 つまりこの機会に、彼ら伯爵代理たちを伯爵家と切り離したいのだろうとコトハは思う。


「しかし、本当に大丈夫なのか? 王女殿下の成人祝いの会だろう?」

「むしろ王女殿下本人が、『私の成人祝い? それよりもアーベル殿下の番探しの方が面白そうじゃない! だったら、私の後に殿下にも儀式を受けてもらいましょう。その方が、盛り上がりそうじゃない?』と仰る方ですから」

「やはり王女殿下は寛容な方だな。私も見習わなくては」

「いえ、あの方は豪胆なだけかと思います」


 話を聞いて今回の主役である王女殿下が、この茶番を楽しみにしている事だけは理解した。まあ、本人が大丈夫なら問題ないだろうか……そんな事を考えていたコトハの耳に、扉を叩く音が聞こえてくる。

 現れたのは案内人で、そろそろ入場時間である事を伝えに来てくれたようだ。


 彼女はラウレンツと話し終えたアーベルに、伝えていない情報を手短に告げた。

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