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第40話 王女殿下

 案内人の後にコトハたちは付いていく。彼の話によれば、先にカルサダニア王国のアーベルたちが入場してから、イーサンやコトハが入場する流れだと教えてくれる。広間に入る扉の前に辿り着き案内された順番に並ぶと、幾許も経たないうちにアーベルたちが入場していった。

 開いた扉から少しだけ中が見える。その人の多さに気後れしたコトハは思わず一歩後ろに下がったのだが、イーサンには気づかれていたらしい。


「緊張しているのか?」

「はい……人に注目されるのは久し振りなので……」


 人に注目される事は故郷でも度々あった。祭りでの舞などがその例である。だが多くの人に見られていた最後の記憶が、あの追放場面。大好きだった彼らの蔑む視線を思い出して、無意識に身震いしてしまう。


「君が見下される事はないと思うが……何かあれば俺が君を守ろう」


 そう告げるイーサンの瞳は熱い。その瞳に見つめられ、コトハは彼から視線を逸せない。それと同時に、彼と一緒なら大丈夫かもしれないという思いが芽生えた。

 イーサンは微笑んでコトハに手を差し出した。彼女は迷わず彼の腕を取る。

 そんな二人を見ていたのかは分からないが、丁度その時に彼らの名前が広間内で呼ばれたのだ。コトハとイーサンはお互いに微笑み合いながら、前を向いて歩き出す。


 だから二人は忘れていた。


「あの二人、付き合ってますよね? ブラッド司祭」

「側から見たら、そのようにしか見えませんね」

「あのイーサン様がここまで変わるとは……宰相様に報告をしておきましょう」


 後ろで三人が一部始終見ていた事を。



 二人が入場すると、一斉に会場の視線がコトハとイーサンに向く。その視線はコトハを見定めているものなのか、イーサンを見ているものなのかは分からないが、少々居心地が悪い。彼女は身じろぎした後、思わずイーサンを見る。するとそれに気づいたイーサンが、チラリとこちらに見て優しく微笑んだ。

 その二人の姿に周囲は「ほぅ」と感嘆の声を上げる。滅多に表情を変えない事で有名な彼が微笑んだ事に目を奪われたのだ。

 コトハはふと周囲の反応が柔らかくなった事に気づく。イーサンに感謝をして所定の位置まで歩いていった。


 その後オウマ王国の国王陛下の開会宣言、王女殿下の挨拶、そして王族へ参加者の挨拶を挟んでからコトハの紹介へと入った。コトハたちもこれから騒がせてしまうであろうと申し訳ない想いを胸に、壇上にいる王女殿下へと挨拶をする。

 彼女はキラキラとした視線をコトハに送っていた。


「貴女が新しい神子様ね! 私はダーリヤ。この国の第一王女よ」

「初めまして、コトハと申します」

「ええ、今日はよろしくね!」

「全力を尽くしますね」


 本当に気さくな王女様だ、とコトハは驚く。彼女はコトハへニコリと微笑んだ後、イーサンへと顔を向けた。


「イーサン殿も、お久しぶりね!」

「王女殿下も息災で」

「今日は二人で舞踏会楽しんでね!」


 そう笑って告げたダーリヤは、すぐに扇子を口に当ててコトハとイーサンへと顔を近づけた。


「二人には悪いのだけれど、こんな面白そうな余興を特等席で見られるなんて、楽しみだわ。私に遠慮せず進めてちょうだい!」


 小声で興奮しながら話すところを見ると、ラウレンツの話は本当のようだ。それだけ言うとすぐにダーリヤは扇子を口に当てたまま、顔を離す。そしてにーっこりと微笑んだ。


 そのままコトハの紹介に移行し、まずはダーリヤの儀式を行う。

 儀式を行う前に、ブラッド司祭とその他何人かの者たちがコトハの水晶玉やら、机と椅子やらを持ち運んでくる。設置が終わった後、二人は席についた。


 と言っても、ダーリヤの番は二年ほど前から判明していたらしい。番が2歳年上で既に儀式を受けていたため、公然の秘密になっていたとの事。現在オウマ王国には神子がいない。数年前に亡くなってから、一年に一度レノがこちらに来て儀式を行っていて、その時に知ったのだとか。だから完全に茶番にはなるのだが、案外ダーリヤは儀式を気に入ってくれたようだった。


「神子様の儀式ってキラキラと輝いて綺麗なのね……!」


 と、儀式が終わった暁には嬉しそうにそう話してくれたので、コトハも嬉しい。手を振って去っていくダーリヤに皆、柔らかな視線を送っていたのだが、そんなのほほんとした空気を離散させたのが、オウマ王国の国王陛下の言葉であった。


「では、次に……本日は来賓としてカルサダニア王国第三王子、アーベル殿下が急遽参加して下さった。今回参加して下さった理由は、アーベル殿下の番を見つけるためだ」


 周囲からわぁ! という歓声が上がる。もしかしたら自分の娘がアーベル殿下の番かもしれないのだ。彼はカルサダニア王国の軍部、将来の騎士団長候補。娘に嫁がせるのであれば、優良物件である事には間違いない。


「さて、コトハ様。我が娘の儀式の後で申し訳ないが、アーベル殿下の儀式もお願いできるだろうか?」

「勿論、お任せください」


 コトハは立ち上がって国王陛下へと軽くお辞儀をした後、目の前に現れたアーベル殿下へと身体を向ける。二人が席へと座ると、周囲の者たち全員が固唾を呑んで見守った。




 時は戻り。

 アーベルの入場時の事。


 彼は赤い絨毯の上を歩きながら、拍手をしている周囲の者たちに手を上げて笑顔を振りまく。周囲を見渡していると、表情が暗く、一昔前のドレスを纏った令嬢が壁にもたれていた。

 偶然だろうか、必然だろうか……分からないが、その令嬢はふと顔を上げてアーベルへと顔を向ける。そして彼と視線が交わったのだ。


 一瞬でアーベルは彼女が切望していた番だと理解した。いや、その前からコトハの情報と照らし合わせて、彼女だろうと分かっていたのだが、心が彼女で覆われていく。

 これが番に出会った者の幸福の感情か、と感動を味わいながらも、次々に溢れでる感情を理性を総動員して抑え込んだ。


 ――今ではない。彼女を追い込んだ者たちに地獄を見せるまで、耐えるのだ。番を害したものには、制裁を。


 獰猛な虎が牙を剥いた。

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