布団に丸まっている姿は、何かの白い動物のように見える。モイラはたまに布団から顔を出しては、引っ込めるという事を繰り返していた。
「お疲れのところ、すまない。近づこうとすると、ああなってしまい……どうしたら良いか分からなくてな」
「いえ、私でお力になれるか分かりませんが……」
そう告げて彼の話を聞く。
アーベルたちは退出した後、この休憩室を訪れたそう。その時はまだ夢見心地だったのか、ぼーっとしていたらしい。そして室内に入り、疲れただろうと思ったアーベルが、ベッドへと彼女を寝かせようと手を差し出した途端に、彼女が「ひっ」と小さく叫んで布団にくるまり始めたのだという。
話を聞くだけでは気になる部分はなさそうだが、実際に彼女は怯えている。その時、もしかしたら……と閃いたコトハは、もう一度アーベルに儀式を行っても良いだろうかと提案した。
「儀式を……か?」
「はい。もしかしたら原因が分かるかもしれません」
「……物は試しだ。やってみよう」
二人が話している間にイーサンは、ブラッドへと伝言を伝えるように使者に告げていた。その会話からしばらく経って、コトハの水晶玉を持っているブラッドが現れ、彼女を刺激しないよう遠くで儀式を行ったのだった。
やはり、コトハの思った通り広間で行った時よりも多くの情報が得られた。だがそれはコトハが当たってほしくない内容であったのだ。
彼女は故郷へ移転した時の自分と同じ……いや、それ以上に酷い経験が記憶に刻まれている。
きっと広間にいた時のモイラは混乱していたから、されるがままになっていたのだ。だが、ベッドの上に寝かされた事で現実に戻ってきた時に――。
「この話は一旦後でさせてください。今は私を信じていただけませんか、アーベル殿下」
「……分かった」
「ありがとうございます」
許可を得たコトハはゆっくりとモイラの元へ歩いていった。
モイラの布団が上がるのと、コトハが膝立ちで座ったのと同時だった。コトハとモイラはしっかりと視線が合う。彼女に向かって微笑めば、モイラは息を呑んだ。
「モイラ様、こんにちは」
「……あ、えっと……ごめんなさい……」
コトハが声をかけると、モイラもつられて返事をしようと口を開いたのだろう。挨拶が出来なかった彼女は青褪めてガタガタと震え出す。
「大丈夫です。ゆっくりで良いですよ。ここには貴女を怒る人はいませんから」
「……本当?」
少しだけ布団から顔を出したモイラは、目に涙を溜めながらコトハを見る。コトハはイーサンの優しい笑みを思い出しながら、微笑んだ。
「勿論です。私はこの状態から動きませんから、安心してください。私はコトハ、と申します。番を見つける事のできる神子の力を持っています。神子については、ご存知ですか?」
「はい……」
「それなら良かったです。先程モイラ様がアーベル殿下の番だと判断したのは私です」
「……えっ、アーベル殿下の番?」
驚きからか、目をぱちぱちしてコトハを見る。多分先程の事は夢だと思っていたのかもしれない。
「はい。それでモイラ様はアーベル殿下からの手を取られて、この部屋まで来られたのですが……覚えていらっしゃいますか?」
「……!」
モイラは顔面蒼白になる。そして自身の身体を自分の手で抱きしめながら、震え出した。
「お父様の……折檻が……奥様の……」
「モイラ様」
震えるモイラにコトハは優しく声をかける。するとその声は聞こえたのか、恐る恐る彼女はコトハの顔を見た。
「女神アステリア様に誓います。貴女を傷つける人をここには入れません」
「モイラ嬢の家族は既に捕らえてある。君と会う事はもうないだろう」
コトハとアーベルの言葉に初めて周囲をゆっくりと見回したモイラ。そして後ろに控えているアーベルの顔を見る。モイラは彼が心から心配そうな表情で彼女を見ている事が分かったのか、被っていた布団を脱いで姿を現す。
「アーベル殿下、モイラ様を少々休ませては如何でしょうか?」
「そうだな」
モイラの許可を得て、コトハとアーベル殿下に仕えている侍女が着替えさせる。身軽になったモイラはそのままぐっすりと眠ったのであった。
モイラが寝ている休憩室の一角、テーブルに座ってイーサン、コトハ、アーベルが話し込んでいた。そう、先ほどの儀式でコトハが知った事を伝えていたのだ。
「モイラ様は実の父親である伯爵代理に暴力を受けていたようです。もしかしたら……ですが、殿下が布団に寝かせる際に手を伸ばされた、と言っておりましたが、その時に暴力を振られると思ったのではないでしょうか」
「……コトハ様が必要以上に近寄らなかった理由もそれか?」
「はい。あまり近づきすぎると怖がられる可能性がありますから。あとは手をモイラ様の見える位置に出しておいたのも良かったかもしれません」
「なるほどな。いや、本当に助かった……私も気をつけよう」
そうアーベルが呟いた時、休憩室の扉を叩く音がする。入ってきたのは扉の外で待機していた護衛で、手紙を持っていた。
宛名はラウレンツ・ドゥンケル。そして彼の名の後ろには王家の紋章印が押されている。王家の紋章印が押されている時は、この手紙の内容を王家が認めた、という証らしい。
アーベルは手紙を読み進める。全て読み終えた後は、彼の眉間に皺が寄っていた。
「この手紙にはドネリー家の内情が記されていた……詳しくは言えないが、酷いものだ。なぁ、イーサン殿。私は番を幸せにできるのだろうか?」
「幸せにできるのか、ではありません。幸せにするのです」
「……そうだな。私が弱気になっていたら、いけないな」
「その意気です」
アーベルは気合を入れるためか、両頬を軽くパチン、と叩いた。そして改めてイーサンと向き合う。
「なあ、イーサン殿。私に助言をくれないか? 先輩として」
「……相手をしっかりと見る事でしょう。彼女は嫌な事があっても言葉に出さない……いえ、出せない可能性がありますので」
「その通りだな」
その言葉で納得した。
今までもコトハの変化に一番気づいてくれていたのはイーサンだった。それはいつも気にかけてくれていたからなのだろう。思わずイーサンを見れば、彼はにこりとコトハへと微笑んでくれる。その笑みに胸が温かくなったのだった。