「終わったか」
「皆様、お疲れ様でした」
「大司教様、ご迷惑はお掛けしませんでしたか?」
手前の部屋に座っていたのは、
「無事に女神アステリア様と会話は終わりました」
そうコトハが告げれば、ファーディナントは満足そうに頷く。
「伝承では……神下ろしの儀式を行うと力が弱まると仰っておりましたが、いかがでしょうか?」
ブラッドに言われて、 軽く祈りを捧げてみる。
「大丈夫だとは思いますが、力を使ってみなければなんとも……」
「なるほど……でしたら、話し合いの後に一旦力を使ってみてはいかがでしょうか?」
「そうしてみます。ありがとうございます」
パウルはコトハの言葉に頷いた後、後ろにいた面々を見て「おや?」っと思ったらしい。特にレノが何も言わず黙っている事を不思議に思ったようだ。彼女は真剣な表情だった。パウルは声をかけようとしたが、その前にファーディナントが口を開く。
「では力を確認する前に、アステリア様との話の内容を教えて欲しいのだが」
「ええ、勿論。皇帝陛下にご相談させていただきたい事もございまして」
「良いだろう。それでは、執務室へ向かう。パウル、あの部屋の片付けは後で良いだろう?」
「そうですね。寝静まった夜間にさせましょう。宝玉は……ああ、アカネ殿が持っているようですね。なら問題ないでしょう」
そう告げて、一行は隣の執務室へと移動した。
「まず、事前にお伝えしておきたい事なのですが、女神アステリア様と星彩神様は同一人物でございます」
「……ほう。名前が違うだけ、という事か」
「はい。以降女神アステリア様と呼ばせていただきますが……アステリア様はサザランド大陸だけでなく、私の故郷である五ッ村のある大陸を創造した創世神様でございます」
「ちょっと待ってください。あの短期間でそんな話をされていたのですか?」
声を上げたのは
「はい。正確に言えば、アステリア様の言葉が直接頭の中に響いてきた感じなのですが……」
「お嬢ちゃんと女神アステリア様は、二言三言しか話していないさね。ただ、女神アステリア様は全てを見通しているのさ。今後女神アステリア様があたしらにどう協力してくれるのかは、全てあたしとお嬢ちゃんの頭の中に情報として入れてくれたさね」
その後すぐに手を上げたアカネ。
「あ、あたしも何故か分かりませんが……頭の中に入っています」
「そうかい。確かお嬢ちゃんも穢れ、が見えるんだったね。もしかしたら小さいけれど、女神様の力の欠片を持っているのかもしれないさね」
レノがアカネを見てそう告げた後、ポツポツと話し出す。
「実はずっと気になってたさね。お嬢ちゃんが、すぐに宝玉を使えたのは何故だろうと。でも今回祭っている女神様が同じと聞いて納得したねぇ。お嬢ちゃんの力が強いのも、あっちで浄化の力として使っていたからだろうさ。神子の力は使えば使うほど身体に馴染んで力が強くなるからねぇ」
しみじみと告げるレノの言葉に続けて、コトハが話す。
「次期長老様の面会時に試してみましたが、浄化の力もこの大陸で使えるようです」
「なんと! ならあたしももしかして浄化ができるのかねぇ?」
「レノ様でしたら問題なくできると思います。もしかしたら私と浄化の仕方が異なるかもしれませんが」
「ああ、神子の力の使い方も少し違うからねぇ。それはあり得るさね」
元が同じ神の力。コトハが巫女姫と神子の両方の力が使えるのなら、レノにだってできるだろう。
「ふむ、力の件は理解した。で、アステリア様がどんな協力をしてくださるのか教えてもらえるか?」
「はい。まず私が向こうに渡る時なのですが……」
まず転移陣はアステリアの協力で最大十名ほどが使用できるらしい。転移陣は元々女神アステリアが作成したものである。彼女が動かす分には、宝玉もいらない。そして巫女姫としての仕事を終えた後、こちらに戻ってくる際にもアステリアは転移に協力してくれる事を話した。
「十人か、ふむ……」
ファーディナントは考える。彼は顔を上げて周囲を見回した後、パウルへと視線を送った。
「ならばイーサン、マリ、ヘイデリク。お前たち三人が着いていけ。マリもヘイデリクから力の使い方を教わっているだろう? コトハ嬢の護衛としても問題ないはずだ」
「「承知いたしました」」
マリとヘイデリクが頭を下げる。そして二人の後に続いてイーサンが告げた。
「陛下、ありがとうございます!」
「イーサン。お前に命じる。コトハ嬢を守って、共に元気に帰ってこい」
「はっ」
「ヘイデリクは、もしイーサンが暴走したら止めてくれ」
「承知いたしました」
礼を執るイーサンとヘイデリクに満足したファーディナントは、「一旦これで話は終わりだ」と告げて立ちあがろうとした、その時。
「あ、あの……私も、コトハ様につ、着いて行きたいのですが……!」
アカネは手を上げてそう主張する。目は瞑っており、挙げている手は震えている。そんな彼女の言葉に一瞬目を見開いたパウルだったが、優しく彼女へと話しかけた。
「アカネ嬢、転移するという事は……冤罪とは言え、追放されている貴女も悪意に晒される可能性があります。危険ですがよろしいのですか?」
「はい! あ、あたしはコトハ様の側仕えです! コトハ様のお力になりたいのです!」
意思のこもった視線に周囲は彼女の決意が固い事を知る。
「ふむ……ならば、ジェフをアカネ嬢の護衛につける。それなら問題ないだろう」
ファーディナントはパウルに目配せをする。そしてパウルはすぐに扉前にいる護衛へと指示を出した。その間にコトハはレノやブラッドと共に力の確認するために退出する。そしてそれから幾ばくか。現れたのはジェフだ。彼はファーディナントの前で跪いた。
「ジェフ・モファット参上しました」
「ジェフ、アカネ殿の横へと座りなさい。貴方に特別な任務を与えます」
「はっ」
ジェフも加わり、イーサン、マリ、ヘイデリク、ザシャ、ファーディナント、パウル、そしてアカネが顔を突き合わせる。そして最初に話を切り出したのはパウルだった。
「先程、影からあの男の様子についての報告がございまして……片言で聞き取れる部分だけでも、あの男はコトハ様に執着している様子が見て取れるようです。アカネ嬢、ズオウという男はどう考えているか、分かりますか?」
「は、はい……ズオウ様は思い込みが激しい方でもあります。今回も最終的には自分の望む通りになるだろう、と思われているでしょう」
「つまり、巫女姫として村へ戻るのは当たり前、と考えている……と」
「は、はい。それと、これは言いにくいのですが……」
アカネはイーサンを一瞥した後、意を決して声に出す。
「ズオウ様も含め、あの村の上層部の方々は……自分たちの願いを叶えるためには手段を選びません。コトハ様を村に留まらせようとするでしょう……」
アカネは言い切ると、イーサンに視線を向ける。
「その方法で思いつくのは……コトハ様と婚姻を結んでしまう事です。星彩神様の祀られる神社という場所で儀式を行ってしまえば……ズオウ様とコトハ様は夫婦となります。そうしてしまえば、コトハ様はこの村に留まるだろうと」
「なんだと? あの男はそんな事を思っていたのか!」
机を叩いた大音と共に、イーサンは怒りの声を上げる。その音に驚いたアカネの肩が跳ねた。彼の怒りに触れたアカネはみるみるうちに血の気が引いていく。
「イーサン様。僕の番を怖がらせないで下さい」
「っ……すまない」
立ち上がっていたイーサンは座り直すが、怒りは収まらない様子だ。アカネは戦々恐々としながらも、コトハのためにと口を開いた。
「それに……あ、あれ……」
いきなり首を傾げたアカネにパウルが「どうしました?」と声をかけた。
「何か大事な事を思い出したような気がしたのですが……申し訳ございません」
「気にするな。お前もあの村の者に虐げられた一人だ。記憶が曖昧になっていても仕方ない。よくここまで話してくれた」
ファーディナントの言葉に、涙ながら頭を下げるアカネ。
「また改めて策は練るが……俺からの命令だ。『全員無事に帰ってこい』」
その言葉に転移予定の全員が頭を下げた。