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第67話 みくまりの泉

 瞼を閉じても眩しかった光が落ち着き目を開けると、そこは見覚えのある遺跡だった。そう、コトハが転移させられた、遺跡だ。あの時の事を思い出しブルっと身震いした彼女の肩に優しく手が乗せられる。後ろを見ると、そこにはイーサンがいた。


「無事に着いた……のか?」

「はい」

「そうか……」


 あの時とは違う。ガラリとした洞窟内。だが、以前と違うのは地面にポツポツと染みのようなものができている。その染みが転移陣で途切れているのを見て、コトハは思わずアカネに視線を送った。

 彼女は目に見て取れるほど震えている。追われていた時の事を思い出したからだろう。そんな彼女を優しくジェフが撫でていた。


 先頭にいたズオウが転移陣から降り、こちらへと振り向く。その顔はイーサンたちが転移できた事を面白く思っていないような表情だ。全員の顔を見た後、吐き捨てながら告げた。


「ふん、運が良かったな。ここはの集落の近くにある遺跡だ。ここから長老のいる屋敷まで歩いて行くが……最短距離で向かうため裏道を使う。分かったな」


 そして背を向けたズオウ。コトハは自分の力を、浄化の力をかけた。ズオウの身体がうっすらと光る。きっとこれで問題ないはずだ。こちらでも浄化の力はちゃんと使えるようで、良かったと胸を撫で下ろす。

 ズオウの後に続き、全員が転移陣を降りた。


 そこから道なき山道を歩いて数時間ほど経った頃。いきなり開けた場所に出る。その場所には転移組たちが見たことのない造りをした建物がそびえ立っていた。どうやら木で作られている建物のようだ。壁は白く、上部は黒く塗られている。その上には金色で様々な装飾が施されており、陽の光を浴びて光り輝いていた。

 マリが「お屋敷……」と呟いている事から、マリの国日本には似たような建物があると窺える。


 ズオウたちが歩いて行くと、建物の前で掃除をしていたらしい二人の女性が足音に気づきこちらを向く。そして、目を見開いてコトハたちの方を呆然と見つめていた。ズオウが声をかけると女性の一人は慌てて建物の中に入っていく。どうやら先触れのためらしい。


「ズオウ様! お待ちしておりました!」

「こぶがついているが、あいつを連れて帰ってきた。みくまりの泉はどうなっている?」

「泉に黒い霧のようなものが現れ始めました。参道は未だ影響はありませんが……浄化の手立てがなくそのままになっている状況ですので、このままでは参道にも影響が出るのでは、と……」

「分かった。俺は長老に挨拶へ行く。あいつらを案内してもらえるか?」

「……は、はい」


 女性は掃除道具を片付けるために、屋敷へと入る。その間にズオウは屋敷の奥側、左手にある赤い鳥居を指差した。


「まずは泉の浄化からだ」


 そう告げて彼は屋敷へと入って行く。彼の背を見届けた後、マリが小声で呟いた。


「ねえ、コトハさん。あれは泉を浄化して来いっていう命令? いつもあんな言われ方だったの?」

「……ええ」

「何それ。ああいうの見ると、殴りたくなるわ。上から目線傲慢男」

「うえから……?」


 マリの言葉が早口で聞き取れなかったが、良い意味ではない事はなんとなく分かる。マリが憤慨しているところに、先程の女性が現れた。


「案内するウメです」


 そう告げて全員を値踏みするように視線を動かすウメ。そしてある一点でその視線は止まる。それはアカネだ。彼女を見て嫌悪を露わにするウメだったが、コトハに「勝手に向かいますが良いですか?」と告げられ、舌打ちをした後に背を向けた。

 そんな彼女に全員嫌悪を感じたのはいうまでもない。


 赤い鳥居を潜った後は階段があった。帝国組は見た事のない雰囲気の屋敷や道に興味津々である。その声が聞こえたのか、アカネが説明した。道の両側には灯籠と呼ばれる石で作られた置物が等間隔に置かれ、祭りの時はここに火を灯すようだ。

 二つ目の鳥居を潜ったところで目の前に豪華な門が現れたのだが、ウメはそちらではなく、左側の道を歩いて行く。虚を衝かれたイーサンはコトハに尋ねた。


「泉はこっちにあるのか?」

「ええ。村ではみくまりの泉と呼んでいるのだけれど、泉は本殿とは別の場所にあるの。ちなみに五ッ村の水源は、全てみくまりの泉から来たものよ」

「そうか、もしその泉が穢れに汚染されていたとしたら……」


 コトハは無言で頷く。みくまりの泉の水は、五ッ村の大事な飲料水や生活用水でもあるのだ。そんな話をイーサンとしていた時、ウメが一瞬驚いたような表情でコトハを見ていたが、すぐに顔を前へと向けた。どうやらイーサンと打ち解けている事に驚いたようだ。

 それには気づかないコトハは首を傾げて告げる。


「ただ、みくまりの泉は神聖な場所なの。泉の水自体にも浄化作用があるはずなのだけれど……」


 最初は不思議そうな表情をしていたコトハだったが、泉に向かうにつれてその表情は険しくなる。


「コトハ、このもやのようなものは……普通の靄じゃないな?」

「イーサンもこれが見えるの?」

「? ああ。身体に纏わりついて、不快だ」

「それが『穢れ』なのよ」


 コトハが静かに祈りを捧げると一瞬周辺の空気は浄化されるのだが……またすぐに現れてしまう。


「これは元を断たないとダメそうね……」


 そう呟く彼女に、マリが小声でコトハへと話しかける。


「ねえ、さっきあの男とウメさん? が話していた時は、参道には問題ないって話してなかった?」

「そう話していましたね。多分村人たちには靄の状態だと目に映らないのでしょう」

「なら、なんで私やイーサン様は見えているのかしら……?」

「俺も見えてるぞ」

「僕も見えてます」

「デリクも、ジェフくんも……?」


 疑問が尽きない中、その疑問は解決する事なく泉のある場所へと辿り着いた一行。ウメに「ここが泉です」と紹介されて、全員が絶句した。


「これは……!」


 目の前に広がるのは霧だった。泉の中心に何かが建っているように見えるのだが、霧の影響でその建物さえ見ることができない。建物の奥側は以ての外。ウメ以外の全員が唖然とする。そんな彼らの様子を見たウメは不思議そうな表情で首を傾げた。彼女にはもやきりは見えていないようだ。それを視線の端に捕らえたマリ。


「ねぇ、ウメさん。貴女はこの泉、どのような風に見えているのか教えてもらえるかしら?」

「え、私? 泉の中心にある社の前に黒い塊が見えるくらいですけど……そんな話よりも、巫女姫様! あの黒い球は不気味ですし早く浄化をしてください! 貴女が居ないせいで私たちが困っているのですから!」


 ここに来た目的を思い出したからか、ウメは泉の中心を指差した後声を荒げた。その言動に全員が眉をひそめる。彼女は村人たちに追放されたのだ。ここにいるのは、彼女の慈悲に過ぎない。そんな事も忘れてしまったのであろうか、と言わんばかりの言い草にコトハとアカネ以外の全員が呆れてしまう。

 特にイーサンは呆れだけでなく、苛立ちも募ったためかウメを睨みつけていた。そんな視線に耐えかねたのか、ウメは口を閉ざす。コトハは気持ちを落ち着かせるためにと、息を吐いた。


「では、浄化を始めますので、お静かにお願いいたします」


 コトハはウメに向けて微笑んだ。周囲が静まり返ると、コトハは泉のふちに立つ。そしていつものように手を握りしめて目を瞑る。以前よりも力が強くなっているような感覚を覚えて一瞬驚いたが、気合いを入れ直して祈りを捧げた。

 コトハの身体から浄化の光が溢れ、その光は瞬く間に穢れを消して行く。そして社の前に溜まっていた穢れも、コトハの浄化の光を受けて段々と消えて無くなって行く。ほんの僅かな間に穢れは浄化され、コトハが目を開けて最初に見たのは太陽の光を浴びて水面が輝き始めた泉だった。浄化が成功したのだ、と喜んだのも束の間。そんな彼らに声をかけた者がいた。


「やはり巫女姫様の力は格別ですなぁ……」

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