目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第69話 長老シヨウ

 石竜子とかげを見送り、全員が拝殿を後にする。心なしか境内の空気も明るくなったような気がした。


「そう言えば日本では、神社でトカゲを見かけると歓迎のサインと言われていたわね」

「あ、村でも石竜子様を見ると、良い事が起こると言われていますよ! 神の使いだとも言われています!」

「ふふふ、幸先が良いわね!」


 マリとアカネは石竜子の話題で盛り上がっていた。どうやら、マリの暮らしていた国にも村と同様の伝承があったらしい。楽しそうなアカネに胸を撫で下ろしていると、隣で話を聞いていたジェフがポツリ話す。


「よく見ると、石竜子様は羽のない竜みたいですね……」

「確かに、言われればそう見える」


 ジェフの言葉に同意したヘイデリクを見て、アカネは首を傾げた。


「え、帝国には石竜子様がいないの?」


 そうアカネに尋ねられて、ジェフはイーサンへと訊ねる。


「あの形状の動物は初めて見たかな? イーサン様、知ってます?」

「いや、帝国では見た事がないな」

「今度帰れたら探してみましょうよ!」


 階段を降りながら、コトハはイーサンとジェフの言葉に耳を傾け、心の中で同意をしていた。



 先程の屋敷まで戻ると、玄関にウメの姿が。顔が強張っているように見える彼女は、全員に向けて一礼すると顔を背けて屋敷内へと案内する。全員が靴を脱いで下駄箱へとしまうと、ウメは真ん中のふすまを開けて、入るように促した。

 ウメから案内された部屋は、天井にまで金で装飾が施された豪華絢爛な部屋だ。アカネ曰く、ここは面会の際に待機する場所となっているのだそう。ここは三の間と呼ばれる場所らしく、アカネが色々と説明してくれる。そしてしばらく経った頃、ウメが襖を開けた。


 彼女に案内され別の部屋――二の間へと赴くと、そこに居たのは長老、次期長老であるズオウと年寄衆の面々。ニヤニヤとこちらを見ている者もいれば、胸を撫で下ろす者、眉間に皺を寄せている者もいる。コトハは全員を一通り見ると、ふと気づく。年寄衆が全員集まっていないことに。ひとり違っている事に。

 全員が座ると、正面に座っていた長老が声を上げた。


「改めて、巫女姫様。この度はみくまりの泉を浄化していただき、ありがとうございました」


 長老が手を畳について頭を下げる。それに倣って、その場にいた年寄衆も土下座をする。頭を下げてすぐに顔を上げた面々は、一言も喋らない。ただ、ニヤニヤとこちらを見ているだけだ。そんな光景にコトハたちは不気味さを感じていた。


「そして他の皆様。この度は我が村の巫女姫を連れ来てくださったのですね。巫女姫であるコトハは我々が引き取りますので、ご安心ください。何もないところではありますが、屋敷の一角を貸すので寛いでください。その間、巫女姫様に集落を巡って浄化をしてもらいます」


 長老は微笑んではいるが……内心コトハとイーサンたちを離れさせたいようだ。まあ、それは当たり前の事だ。以前のように巫女姫として働かせたいのであれば、イーサンたち帝国の者は邪魔者以外の何者でもない。

 そこにコトハの感情は考慮されていないはずだ。だが、今のコトハは言われっぱなしで怯むような人ではない。


「長老様、この方たちは転移先の帝国の皇帝陛下……こちらでお話しするならば、隣国の帝様の地位にあたる方とお伝えした方が良いでしょうか? その方の命で私の護衛として共に来てくださったのです。共に向かうことをお許し下さい」


 そうコトハが頭を下げると、村側の人間が騒がしくなり始めた。今まで肯定のみだった彼女が、長老の言葉に言い返した事、驚きを隠せなかったからだ。そして更に彼らを驚かせたのは、コトハの隣にいる男……イーサンの言葉だった。


「長老殿、私はイーサンといい、皇帝陛下よりコトハ様の護衛を仰せつかっている。ひとつ口を挟んでもいいだろうか?」

「良いでしょう」


 年寄衆はいきなりタメ口で話し始めたイーサンに鋭い視線を送るが……反対に突き刺すような視線を彼から送られてしまい、その圧に震え上がる。そういえば、彼らはここから離れたところにある国に対しても、このような態度をとっているのか、とコトハは不思議になる。以前そちらの国について聞いた事がある。村と比べるのも烏滸おこがましいほどの大きな国だと言っていたが。

 アーガイル帝国もコトハから見れば大きい国なので、この村など一溜まりもないと思うのだが……知らないと言うのは怖いなと思う。


「彼女は我が国でもこの国の巫女姫のような働きをして下さっている、大切なお方だ。貴方の言う通りに『はい、そうですか』と言って、彼女の護衛を外れるわけにはいかないのだ」

「なんだと! 長老に逆らうのか?!」


 年寄衆が一人声を上げた瞬間、コトハ、アカネ以外の全員がそちらへと視線を送る。その男は視線に怯み狼狽えてから縮こまった。それもそのはず、全員が絶対零度の視線を送っているからだ。

 小さくなったその男を一瞥した後長老は、微笑んで言った。


「これ、そう声を上げるものでもない。彼らも仕事で来ているのだからね。そういう事でしたら、巫女姫様に付いていくのを許可しましょう。ですが、ひとつこちらからも」


 そう言って長老はチラリとアカネを見る。


「アカネはこの屋敷にいた方がいいでしょう……巫女姫様の罪はもう晴れておりますが、アカネはまだ『罪人』ですから、こちらで保護をしましょう」

「なら私もアカネと共にお邪魔しましょう」


 ジェフの声に長老は一瞬片眉をぴくりと上げたが、すぐに好好爺のような表情に取り繕う。まさかコトハの護衛として来ていた者の一人がアカネと共に屋敷に留まるとは思っていなかったのだろう。

 それよりも、長老は自分の感情の制御ができているから、ほぼ表情を変える事はないのだが……隣に座っている次期長老であるズオウは表情に出しすぎだ、と思う。是非カルサダニア王国やオウマ王国の王族の皆様を見習ってほしいと思うくらいに。

 ジェフがアカネと行動する、と告げたところでは目を見開いて驚いていたが……すぐにその表情は変化し、きっと何かを企んでいるのだろうな、と思えるくらい下劣な笑みをこちらに見せている。


「分かりました。それでは、あなた様は……」

「ジェフと申します」

「それではジェフ殿とアカネは、こちらでもてなしましょう」


 その言葉にジェフは頭を下げる。悪意に晒されるよりは、ジェフと共に居てくれた方が安全だろう。先ほどもウメがアカネを睨みつけていたように、彼女の冤罪は晴れていないのだから。

 そこでふとコトハは思う。先ほど長老は「巫女姫様の罪はもう晴れている」と言っていた。どういう事だろう……と彼女は思う。


「私からひとつ聞いても良いですか?」

「なんでしょう?」

「あの、以前よくお見かけした年寄衆の方がいらっしゃいませんが……その方は今どちらに?」


 名前は把握していないが、確か内政を担当している方だったと思われる。不思議に思って尋ねると、その場の空気が変化した。

 全員が目を釣り上げて怒りを抑え込んでいるようだ。その雰囲気に質問したコトハは身構える。同時に、イーサンやマリ、ヘイデリクもコトハの周囲を固めるような動きを見せた。

 一触即発……の空気になりそうな中、すぐに表情を戻したのは長老だった。そして長老の様子を見た年寄衆の面々も、我に返ったのか怒りを抑え込んだ。


「感情を表に出すなんて、はしたない事をいたしました。その件について、巫女姫様にご報告がございます。先程私は『巫女姫様の罪は晴れている』と申しましたが、それに関連する話となります」


 コトハは目を見開く。そう言えばズオウと帝国で対面した際、『エイカが偽巫女姫だった』という話があったが……久しぶりの面会で緊張していた事もあり、尋ねられなかったのである。彼女が偽巫女姫である事と年寄衆が変わった事に、何か関連があるのだろうか?

 そう疑問を持って首を傾げれば、長老はコトハが思ってもみなかった事を話し始める。


「私共が巫女姫様を追放したのは……その親子による策略である事が判明いたしました」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?