「策略だと……?」
イーサンの眉間に皺が寄る。つまりコトハは完全に冤罪である事が確定した、という事だ。冤罪で追放し自分たちが困ったら呼び戻し働かせようとする傲慢さ、長老もズオウと同じ思考なのだろうな、とイーサンは思う。
彼らだけじゃない。村の人々の多くはそうなのかもしれない、と彼は考えた。その典型例がウメだ。自分たちが追い詰め追放したにもかかわらず……村のために戻ってきたコトハに感謝もしない。むしろ「貴女が居ないせいで私たちが困っているのですから」と言い放つのだから。待機している間もこの屋敷の者が何度か出入りしたが、その者たちもウメのような感情が出ているのか、コトハやアカネを睨みつけているのをイーサンは見てきた。
信用ならないな、そう思ったイーサン。そんな彼を他所に長老は悲しそうな表情をしながら、話を続ける。
「ええ。先程巫女姫様が仰った通り、我が年寄衆は私も含めて十名で構成されておりました。その中の一人にオウリという者がおりましたが、その者が自分の娘を巫女姫にしたいがために画策した事が判明したのです」
「つまり彼女は嵌められた、という事か?」
長老はコトハを一瞥した後、沈痛な表情で頷いた。
「その通りです。彼らは西方で使われている無色透明の毒を秘密裏に使用し、泉へと垂らしたと供述しました。その毒は少量使用するだけなら何も問題ないのですが、身体に溜まる毒の量が多くなると症状が出るそうです。しかも、水を沸騰させたり凍らせたりしても残る毒のようです。オウリという者の発言によれば、そもそもその毒は身体の外に排出されるのが遅いらしく、身体に溜まりやすい事が特徴だと聞いております」
「成程、毒を摂取する回数が多いほど、症状が出やすいと……泉に垂らしたのは好都合だったわけか。確か飲料水として使用している泉は各村々にあるのだろう?」
「仰る通りでございます」
「それなら、コトハが浄化できないのは当たり前だ。そもそもの話、穢れでは無かったのだからな」
ふん、と鼻を鳴らすと、幾人かは申し訳なさそうに表情を変えた。彼らはコトハを冤罪で追放してしまった事に対して悔いている様子だ。だが、それ以外の年寄衆たちは曇った表情をしているが、口元がピクピクと動いている者が多い。挑発したイーサンに反応しないよう感情を抑えているのだろう。
そんな中で「ひとつ良いだろうか」とヘイデリクが声を上げた。
「その者たちはどうやって毒を仕込んだのだ?」
彼の疑問も尤もだ。年寄衆というのは帝国で言えば、室長に当たる者たちの事だろうと判断できる。この屋敷から山の麓の村に向かうとしても、時間がかかるはずだ。自分たちに当て嵌めれば、そんな時間はないだろうと思うのも無理はない。
そう訊ねられた長老は、同意するように首を縦に振った。
「ええ。我らもそこが不思議だったのですが……一家総出でみくまりの泉に毒を仕込んだようです」
ヘイデリクは長老の答えを聞くと、口を噤む。じっと長老の目を見つめたまま。
「もうひとつ、尋ねてもよろしいですか?」
「巫女姫様なんでしょう?」
「彼女が祈った後、病気の皆様の容態が回復しましたよね? あれは何故なのでしょうか」
アカネが一度彼女の祈りを見た事があると言っていたが、泉からちょっと離れた場所で祈りを込めていたという。穢れならまだしも、毒が祈るだけで消えるわけがない。
「偽巫女はエイカという者だったのですが――彼女が祈ったと同時に、父であるオウリが特殊な解毒剤を泉へと垂らしていたようですね。そのため、その後解毒剤の入った水を飲んだ者たちは、回復へと向かったという仕組みでした。そして巫女姫様が『偽物である』という噂、あれもその親子が流したそうです」
コトハは長老と年寄衆の目をじっと見つめた後、「質問に答えていただき、ありがとうございます」と軽く頭を下げる。長老たちから見たら、コトハは穏やかに微笑んでいるように見えているのか、ほっと胸を撫で下ろす者もいた。ズオウも「名誉を回復しておいてやったぞ」と言わんばかりの態度を長老の横で取っている。
だが、隣にいるイーサンは気づいていた。彼女の瞳の奥が笑っていないことに。
コトハどう考えているかは分からないが……イーサンからすれば、長老たちが冤罪だった事に対して言葉で謝罪をしていない。それが不信感に繋がっていた。まるでさも「自分たちが被害者である」かのように振る舞っているのだ。完全に被害者はコトハであるにもかかわらず、ここは言葉で誠意を示すところではないのだろうか、と思っていた。
確かに全員が悲痛な表情を顔に浮かべているが……それで謝罪している雰囲気を醸し出し、謝罪している風に見せかけているようにしか思えない。一部は謝罪を考えている者もいるのだろうが……多分長老の視線があるので、勝手に動けないのかもしれない。
表情が作り物にしか見えない者が多すぎる。特にズオウは悲痛な表情を浮かべているつもりなのだろうが、愉悦な感情を隠せていない。他の年寄衆の中でも何人かはそんな表情が見受けられるので、心の中では「小娘を転がすなんて簡単だ」とでも思っているのだろう。
そもそも巫女姫であるコトハのそんな噂を放置していた長老や年寄衆にも疑問だ。コトハが巫女姫だと知っていれば、そんな噂は嘘であると発言すれば良い。もし帝国で「コトハは偽神子だ」という噂が回ったとしよう。そんな時は、ファーディナントが一喝するだろうし、噂は直ちに消えるはずだ。まあ、噂が立つ事などあり得ないが。
それを放置している時点で、この長老にも何か思惑があったと考えるのが妥当だ。
だが、そう考えたとしても全ては状況証拠に過ぎない。証拠を突きつけたところで、村人が納得するとも思えない。コトハは、この村が閉鎖されている村だと言っていた。余所者の自分たちの話など聞かないだろう。自分の目で証拠を見ない限り。
「ちなみにそのオウリという者の家族たちはどうした?」
「子孫も含め……入村を未来永劫禁止する追放刑といたしました。現在はどこで何をしているのやら……」
そう告げた後、長老は肩を竦める。
「だから次期長老様が『偽巫女姫は村にいない』と仰ったのですね」
コトハは帝国で対面した時のズオウの言葉を思い出していた。ちなみに入村を未来永劫禁止にする追放刑というのは、この村で二番目に重い刑である。一番は勿論、転移陣へと乗る追放刑だが。
一瞬、コトハの言葉に村側が騒ついた。長老はズオウを一目見てから、コトハの言葉に答える。
「ほう、ズオウが……その通りです。罪人はこの村へと絶対に入ることはできませんので、巫女姫様はご安心ください」
彼はコトハに向かって微笑んだ。だがその言葉に疑問を持ったイーサンは、すかさず突っ込んだ。
「何故村に入れないのだ?」
「それは機密事項ですからお答えできませんが……彼らが入村できない事だけは保証しましょう」
「そうか、分かった」
何かしら隠しているようだが、ここで聞き出せるとは思えない。そう考えたイーサンはすぐに追求するのは止めた。自信たっぷりに話す言葉から嘘は見えない。何かしらの方法をとっているのだろう。
その方法がなんであれ、気をつけなくてはならない事に間違いない。
「それでは、本日はこのままお休みになっていただいて……巫女姫様一向には明日から浄化をお願いしたいと思います。誰か、皆様を客間へ案内するように」
「畏まりました」
ウメとは別の使用人が現れ、一行は客間へと案内される。コトハが二の間にある襖の縁を跨ぐ時、長老は彼女の背に向けて不敵に笑ったのだった。