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第71話 移転後の五ッ村

 屋敷の外れにある客間へと案内された一行。ウメは全員を待機部屋へと案内すると、頭を下げて出て行こうとする。膝をついてお辞儀をした彼女が障子を閉めようとした時、コトハが彼女へと話しかけた。


「ウメさん。この村の状況を把握したいのだけれど、教えてもらえますか? 少しでも早く村の穢れを浄化したいのですが」


 コトハの言葉にウメは一瞬眉間に皺を寄せたが、「畏まりました。担当の者を連れて参ります」と頭を下げた。そして顔を上げるとアカネを睨みつける。


「アカネ、皆さんの寝床の準備は貴女がしなさい。部屋に置いてありますから、貴女一人ででもできるでしょう?」


 ウメは最後に「罪人なんだから……」と呟いた。アカネには聞こえていなかったようだが、耳の良いジェフには聞こえていたため、ジェフは鋭い視線をウメへと送る。その視線に怯んだ彼女は、障子を閉める事なく慌てて逃げるように去っていく。

 足音が聞こえなくなった頃、ふとヘイデリクが呟いた。


「そう言えば、迷い人と同様に村人たちの言葉も聞き取れているな。やはり女神の祝福が効いているのだろう」

「確かにそうですね! 帝国で転移陣の上にいたズオウ……でしたっけ? あの男の言葉は聞き取れませんでした。僕にもその……女神の祝福? というものがいただけたのですね。ちなみにその祝福とは何ですか?」


 ジェフが目を丸くして尋ねる。


「そう言えばジェフはその話の時にいなかったな。数十年に一度、迷い人が現れる時がある、と言う話は知っているだろう? 迷い人と言うのは転移先でも生活に困らないように能力を与えられている。それが祝福と言われていて、言語把握能力もその一つだ」

「なるほど〜だから、僕たちの言葉を相手が理解できるようになっているんですね! 女神様はすごいですね!」


 ジェフは納得したのか頷く。


「それよりも、気になる事があるんだけど」

「マリ、どうした?」

「いえ、ここの屋敷についてなんだけど……多分外から見た限り、以前住んでいた日本にあった屋敷と間取りが似ているの。そこから考えると、使用人の数が少ない気がしてね……」

「確かにマリの言う通りだ。この屋敷の主人は先程の長老、なのだろう? この村の権力者が住んでいる屋敷なのであれば、もう少し使用人がいても良いような気がするが……アカネ嬢はここで働いていたのだろう? 様子は変わったか?」


 ヘイデリクに話を振られ、アカネは少し考え込んだ。


「あ、えっと……そうですね。あたしも使用人を全員知っているわけではないので、何とも言えないのですが……数は確かに少ない気がします。以前勤めていた時に働いていた人があまりいないと思いました」

「穢れの問題か?」


 そうイーサンが呟いた時だった。


「それについては私がお話しさせていただきましょう」


 入口の方から声がかかる。全員が声の方角を見るとそこにいたのは、先程の面会の場で年寄衆として末席の方に座っていた一人の男性だった。


 あの面会の場にいた村側の者たちについて、イーサンは二つに分けていた。一つ目は長老派……謝罪しているように見せて、コトハを手中に収めようと躍起になっている派閥。もう一つは長老には逆らえないので何もできなかったが……コトハの追放に心を痛めている者たち。

 目の前の相手はどちらだろうか、と伺っていると、入室して障子を閉めた後、彼はバッと手を床に付き、額を畳へと擦り付ける勢いで頭を下げた。


「まずは改めて、巫女姫さ……いえ、コトハ様。申し訳ございませんでした。また、皆様におかれましても申し訳ございませんでした」

「……ふん、中には骨のある奴もいるのだな」

「イーサン」


 彼に対して嫌味を言おうとしたイーサンをコトハが止める。彼は年寄衆の中で最年少。そんな彼が長老や他の年寄衆に逆らえるわけがないのだ。それほど村での長老の一声は絶対であるのだから。

 長老に対して怒りを抱いていたイーサン。彼から見れば年寄衆は敵同然なのだが、コトハが止めるのを見て様子を見る。イーサンも目の前の彼は他の者とは違う心持ちなのだろうな、と思っていたからだ。


「私は年寄衆の一人、セイキと申します。我々が貴女様を追放処分としたにもかかわらず、この無礼。お許しいただけるとは思いませんが、何卒、村の民だけは……お救いいただけますでしょうか?」

「勿論、穢れは浄化いたします。私はこの村の巫女姫でしから……」

「……! ありがとうございます……」


 コトハの言葉に一瞬目を見開いたセイキ。コトハの言葉の意図を読み取れたかは分からない。だが、何かを察した後に、彼はすぐに頭を下げた。


「それで、村について教えて下さい」

「はい。まずはコトハ様が転移されてからの事をお話しいたします。貴女様が転移されてから、しばらくはこの村も落ち着いていました。ですが半年ほど前より変化があったのです」


 セイキは懐にあった紙を畳の上に広げた。


「こちら、ざっくりとした村の地図となります。我々の集落は番号で呼び合っているのですが、屋敷があるこの場所をとして、一番近い左側の村を……と振り分けております。話は戻りますが半年前に、このの集落の近くで育てている作物に異変が起こりました」

「どんな異変だったのですか?」

「その者曰く、『いつもの作物と比べて味がない』との事でした。一件だけであればその畑の問題だと思いますが、それがほぼ全ての家でそんな話が出たものですから……我々もその報告を聞いて視察へと向かったのです」


 そこでは甜菜てんさい、大根、甘藍かんらん、馬鈴薯などが育てられているらしい。収穫した野菜を食べたズオウと年寄衆の一人は、「確かに味が薄い気はする。気にするほどの事ではない」と判断したという。


「確かに私もその野菜を購入しましたが、以前の物よりも味が薄いように感じました。ですが、農作物は年によって僅かな違いがあるのは仕方のない事です。今年がそうなのだろう、と長老が判断されました」

「まあ、そうよね。天候や肥料によっても農作物の出来は左右されるもの。そう判断しても、おかしくはないわね」


 マリの言葉にセイキは頷く。


「仰る通りです。ですから、この件は解決したものとして頭の片隅から消えていたのですが……その一ヶ月後、今度は水の味が変わってきていないか? という意見が出たのです」

「そういえば、穢れは水に結びつきやすいとコトハが言っていたな」

「ええ、そうです。ですが、こちらも水の味が変わった事に対して証明ができず……その時長老は『水の味に変化はない』と仰いました。年寄衆はの集落に住んでおりますので集落にある泉の水を飲んでおりますが、水の味に変化はないと。若様は屋敷の奥にある泉の水を飲んでおりますが、あの方も『水の味に変化はない』と言ってその意見は勘違いとされてしまったのです」

「……なかなか水の味の変化がわかる人なんていない」


 ヘイデリクが呟くと、隣でマリも同意している。


「そうなのです。ですからその方の意見は『気のせいだろう』と捨て置かれたのですが……その何日か後、の集落に暮らす者の中で、咳をする者が現れ始めました。我が村の各々の集落には病気になった際入る屋敷……病棟と呼ばれるものがあるのですが、咳をし始めた者にはそこへと入っていてもらったのです。その者は独り身でしたので、他の者に病気を移したとは思えませんでした。ですが、その者を皮切りに咳をし始める者がどんどん増えたのです。中には吐血する者まで……流行病かと思い、薬を処方しましたが効かず……」


 セイキは言葉に詰まったのか、一旦俯いた。


「それから村は恐怖に包まれました。以下の集落にはの集落へ入る事を禁止し、の集落の者には以下の集落へ入る事を禁止いたしました。半月ほどはそのようにしていたでしょうか……ですが収まる事なく、ついにの集落にも似たような症状を発症した者が出てしまいました。その者も勿論、の集落には行っておりませんし、半年以上関わりがなかった事も家族や周囲の話より証明されております。そこで、我々は穢れの存在を思い出したのです」


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