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第72話 偽巫女姫エイカの末路

「これはもしかして『穢れ』が原因ではないか? そう誰かが口にしたのでしょう。それは瞬く間に広がり、我々の耳にも入ってくるようになりました。年寄衆の中でもそう主張する者が現れ、新たな巫女姫であったエイカが村を回ったのです」


 これはコトハの時と同じ流れだった。村人の噂話はすぐに広がる。最初は「穢れなどないのでは……」という噂が村を駆け回ったと思えば、いつの間にか「穢れによる体調不良なのでは……?」に変わっていた。誰かが右を向けば、全員が右を向く。それが村の怖いところである。


「エイカは全ての村を巡りました。そして泉へと祈りを捧げたのです。最初は『これで良くなる!』と喜んだ一行でしたが、結局状況は改善される事はありませんでした。長老は一度で足りないと判断し、二度、三度と彼女に足を運ばせたのですが……やはり改善される事なく。我々が頭を抱えていた頃……そうですね、今から二ヶ月前くらいの事でしょうか。みくまりの泉に気味悪い黒玉が現れたのです」


 黒い玉、と聞いてアカネが「あ!」と声を上げる。


「祠の前にあった穢れの玉の事ですね」

「はい、それです。それと同時期にの集落でも水に異変が起き始めたのです。透明な水に……何というか、黒いもの? が混じるようになりました。長老はそれを『穢れ』と判断しエイカへと、みくまりの泉の黒玉を浄化するように……消えるまで帰ってくるなと命じたのです」

「消える? つまり穢れの玉が浄化されるまで祈り続けたという事ですか?!」


 コトハは目を見開いて驚いた。巫女姫は村に一人しか現れない。つまり、コトハがいる限り浄化の力を持つ者は生まれないのだ。だからエイカという女性がそれを浄化できるはずがないのに。そう呟いたコトハにセイキは口角を下げて憂いのある表情を浮かべる。イーサンが言いにくそうにしている彼を見た。


「結局その娘は浄化できなかったという事だろう? コトハが先程浄化したのだからな」

「……はい、仰る通りです」

「その……エイカさんという方はどうなったのですか?」


 最終的には罪が暴かれて村追放となったのは知っている。だが、その間にも色々とあったに違いない……コトハだってそうだったのだから。


「エイカは食事も摂らず三日三晩一人で祈り続けていました……そして帰ってこない彼女を心配して、屋敷の使用人が見に行ったところ……彼女が泉のほとりで倒れているのを発見したのです。幸い命に別状はありませんでしたが、穢れは残ったままでした」

「それは当たり前よね。コトハさんが巫女姫なのだから……もしかして、その後にコトハさんが冤罪だと長老が判断したのかしら?」


 セイキは力なく頷いた。


「長老は『エイカこそ偽巫女姫であった』と発表したのです。そしてコトハ様を陥れた証拠が見つかったと言って、エイカ親子の罪を……村人たちに公開したのです」

「……この村の者たちは、噂話を真実だと思い込んだり、長老の話を全面に信じたり……他人の意見を鵜呑みにしているが、自分で考える力、というものがないのだろうか?」


 ヘイデリクの言葉にマリが告げた。


「上の権力が大きくて、閉鎖的な村はそうなりやすいのよ。お互いがお互いを監視しているから、少し否定的な事を言うとその社会から弾き出されてしまう事もあるの。だから、噂でも迎合する人が多いんじゃないかしら? それもあって世論が一方向へ進みやすく、過熱しやすいのよね」

「貴女様の仰る通りかと。我が村は基本他国とは交流しておりません。唯一の例外は、この村から十九里ほど離れた場所にある天岩戸あまのいわと国でしょうか。その交流も、の集落の一部の商人にしか許可を出しておりませんし……ここを通る旅人などもほぼおりませんので、交流はありません。それがこの閉鎖的な空間を作り出しているのでしょう」

「それで、その後エイカという偽巫女姫はどうなった?」


 イーサンの言葉にセイキは「そうでした」と呟いた。


「話を戻しますが、エイカ……正確に言えば彼女の父であるオウリの罪が暴かれ、その家族は罪人として捕らえられました。村人は彼らに死罪を求めましたが、我が村では星彩神様の教えにより死罪という処罰がございません。ですから長老は『それはできない』と告げた後、彼らの財産を全て没収すると告げられました。また今後生まれてくる子孫も含め未来永劫村からの追放処分とすると発表されました」

「ちなみにコトハの転移陣を使用した追放と、村からの追放処分はどちらが重い刑なのだ?」


 セイキはイーサンの言葉に口ごもったが、「転移陣の追放刑です」と力無い声で告げた。


「正直、この判断には誰もが眉間に皺を寄せました。オウリ親子の罪を公開した時点で、コトハ様の罪は冤罪だと確定したのですから……村人の中からも『前の巫女姫様が祈りを捧げた時は、光っていた! あれが浄化の光だったのだろう』との言葉も見られました。そして村人全員が、コトハ様はこの家族に嵌められた、と判断したのです……その後オウリ家族は大罪人として村から追放されました。そして村人たちから『追放した巫女姫を呼び戻せないのか!』との声が広がったのです」


 ここで一呼吸置き、セイキは続ける。


「長老はその声を受けて彼だけが入ることのできる書斎に一日ほど籠った後、コトハ様を呼び戻す方法があると宣言したのです。転移陣は一方通行だ、と思われていましたが……実は宝玉を持って転移すればその限りではない、という事を発表し、婚約者であった若様が『巫女姫を連れて帰る』と宣言されました」

「そしてあの男が帝国に転移して、今に至ると」


 巫女姫に対する感謝も申し訳なさも、何もあったものではない村人の様子に顔をしかめる。しばらくの間無言の時間が続いたが、それを破ったのはコトハであった。


「ありがとうございます。ここまでの経緯は分かりました。村の現状を教えていただけますか?」


 淡々とした表情に狼狽えながらも、セイキは話し続けた。 


「現在、重病人が多いのは壱の集落……この屋敷と、弐の集落です。屋敷は多くの使用人が体調を崩し、それぞれ家へと戻っています。そのために使用人が少ないのです」

「そう言えば、そちらの次期長老殿も転移後に少量ではあるが血を吐いたと聞いた。そんな者たちもいるのか?」


 イーサンが告げると、セイキは「なんと!」と声を上げた。


「若様まで……仰る通りです。血を吐くのは症状が進行している現れだと言われています。若様は……」

「何度か浄化をしておきましたので、当分は大丈夫だと思います」


 肩の荷が下りたのか、セイキは胸に手を当てて一息ついていた。コトハは胸を撫で下ろしている彼を見ながら話を続けた。


「あと気になったのですが、本日みくまりの泉を浄化しましたが……泉は祠の力に守られて、汚染されていないように思われます」


 その言葉に驚いたのはアカネだった。


「で……ですが、コトハ様。祠の前にあの丸い穢れの塊がありましたが、あれは……?」

「私も予想になるのだけど……穢れは水へと溶け込もうとするのは知っているでしょう。あの塊は祠の力によって溶け込めなかった穢れの集合体ではないかしら?」


 あの時周囲に漂う穢れは多かったが、泉の水は澄んでいたように思う。多少祠の力をすり抜けて水に溶け込んでいた穢れもあったかもしれない。けれどもほんの僅かだろうとコトハは思った。


「ですが、コトハ様。泉が穢れていないのであれば、どうやって穢れが集落に広がったのでしょう?」

「みくまりの泉から流れている川があるでしょう? 泉の水は穢れを取り込んでいないけれど、川の水が穢れを取り込んでいるのかもしれないわ。しかも泉を浄化する前は穢れがもやのように見えたの。目に見えない靄状態の穢れを取り込んでいたのかもしれないわ」


 コトハの推測にセイキは納得したようだ。


「もしかしたら屋敷の側にある泉も穢れを取り込んでいたかもしれませんね。それを飲んだ者たちが発症したと……」

「それだと、ひとつ不思議なのだが……セイキ殿たちと長老殿には発症していないように見えるが、なぜだ?」

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