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第六章 浄化の旅

第75話 弐(二)の集落

 屋敷内の情報収集を続けると気合を入れたアカネとジェフの二人と別れた後、四人とズオウ、セイキはの集落に向けて歩いていた。

 ところどころ道幅が細くなったり、傾斜がある道には歩きやすいようにと丸太が埋め込まれていたり。山歩きに慣れていた四人は疲れを見せる事なく、一時間ほど歩いたところでたどり着く。

 道中もそうだったが、やはりきりのような穢れが集落内にも蔓延しているようだ。案の定、コトハやイーサンたちには見えているが、ズオウとセイキには見えていないようだ。出歩いている人々の顔は暗く、生気がない。そしてたまに咳が出ている人を何人も見かける。

 集落内に霧のような穢れがあると聞いて、セイキは「先に病棟の者へ知らせてきます」と告げて足早に去っていった。


 セイキの姿が見えなくなる頃、集落の者たちはズオウの姿に気づく。そしてその後にコトハが入ってくるのを見て、目を輝かせた。「巫女姫が帰ってきたぞ〜!」と大声で集落の者に伝えようと走り出す者さえいた。

 その声に家の中にいた者たちも顔を出す。そしてズオウの後ろにいるコトハの姿を見つけると、多くの者たちがズオウへと駆け寄ってくる。


「若様! 巫女姫様を連れ戻されたのですね!」

「ありがたやー、ありがたやー」


 その光景を見て、イーサンとマリは渋い表情になる。ヘイデリクは表情が変わっていないように見えるが、彼も心の中では不快に感じていた。この場にいる村人全員が「帰ってきたコトハ」に何を言う事もなく、ズオウばかりを褒め称えている事に。


 ズオウは機嫌が良くなったのか、村人に囲まれて先へ歩いていく。コトハは足を止めて彼の背中を見ていた。ズオウはその事すら気づかない。


「自分たちが追い出しておいて、『連れ戻された』か……」


 イーサンは思う。ズオウだけでなく、コトハに対する謝罪だとか、感謝だとか……すべき事はあるだろうに。彼らの言葉を聞く限り「自分たちは偽巫女姫の被害者なのだ」とでも思っているのかもしれない。一番の被害者は冤罪をかけられたコトハだと言うのに、その事にも気づいていないようだ。

 彼の呟きを聞いて、コトハの表情が少し曇る。それを見逃さなかったイーサンは、彼女の肩へとそっと手を置いた。


「……ありがとう、イーサン」

「どういたしまして。コトハ、あの男は行ってしまったがどうする?」

「そうね、先に泉を浄化してしまいましょう」


 コトハたちは遠ざかっていくズオウを放置し、コトハの案内で泉へと向かった。



 泉は村から奥まった場所にあるとコトハは告げた。村を横切った一行は、人が二人、横並びになって歩く事ができそうな幅の獣道を進んでいく。木は切り開かれているが、道には雑草が多く生えているのを見て、マリが首を傾げた。


「この道はあまり使われていないのかしら? 人が通れるように木は切られているようだけれど……」

「ええ、ここは基本私が浄化のために使用する道です。泉は村の水源ではありますが直接泉から水を取るのではなく、地下の穴を利用して村へと水を引いているのです」

「そう言えば、村の中心に井戸らしきものがあったな。村の者たちはあそこから水を汲んでいるわけか」


 イーサンの言葉にコトハは頷く。


 歩いて十分ほどで泉にたどり着いた一行。


「これは……」

「泉の水がまるで墨汁ぼくじゅうのようね……」


 ヘイデリクとマリが目を見開く。目の前にある泉の水は、まるで何かで着色されたように黒い。


「こんなに水が黒くなる事なんてあるのね……」

「祠による加護があるみくまりの泉と違って、水が穢れと結びついてしまったのでしょう。それを村の人たちが飲んでしまったのかもしれません」

「だが、これだけ黒かったら流石に気づくだろう?」


 ヘイデリクの言葉にマリやイーサンも首を縦に振っている。確かにこの黒い水の状態で村まで届いていれば、すぐ異変に気づくだろう。けれども、そんなに簡単な事ではないのだ。

 コトハは泉へと手を入れて、水を掬ってみる。三人はギョッとして彼女に視線を送った。


「コトハ! 素手で掬って大丈夫なのか?!」


 イーサンが慌ててコトハへと告げる。


「後で浄化するから大丈夫」


 コトハが手で掬った水は透明なのだが、ところどころ黒いもやが混じっているように見える。彼女は全員に水を見せた後、泉へと水を戻して浄化を行った。


「そうか、穢れの量がこれくらいだと、俺らには見えるが村人には見えない可能性があるのか」


 イーサンの言葉にコトハは頷く。


「桶ぐらいの水の量だと、穢れが見えないのね。それに井戸の中は深いでしょうから……もし底にある水が黒くても、見えない可能性もある。そうすると、気づかないうちに穢れを身体の中に取り込んでいるのね」

「マリさんの仰る通りです。まずはこの泉を浄化してから……その後に村の霧や集落の皆さんの浄化を行います」


 コトハはそう告げると、泉へと祈りを捧げた。


「いつ見てもコトハさんが祈る姿、綺麗よね……」


 マリはそう呟く。光が霧を取り込み浄化する光景は、いつ見ても美しい。光が収まると同時に、コトハは三人へと振り向いた。


「これで泉の水だけでなく、井戸に溜まっている水まで浄化できたと思います」

「え、コトハさん。そこまで浄化できたの?」

「はい。浄化の力を使っている間に限るのですが、穢れのある場所が頭の中に浮かんできたので……そこを全て浄化してみました。以前はこんな事がなかったのですが……」


 以前よりも精度が上がっているような気がする、そうコトハは感じた。驚いている三人を他所に、コトハは話を続ける。


「これで水源は浄化しましたので、後は集落に蔓延する穢れを取り除きます。重症者は浄化をする必要があると思いますが、軽傷者は浄化された水を飲むだけでも問題ないと思いますので、一旦集落へと向かいましょう」

「ああ、セイキ殿に水源を浄化した事は伝えたほうがいいだろう。今彼はどこにいるだろうか?」

「多分、病棟だと思うわ」


 全員で元来た道を戻っていく。集落へとたどり着くと、そこには腕を組んで仁王立ちしていたズオウがいた。


「俺の側を離れて先に泉の水を浄化したのか?」

「ええ。先に水源を浄化すべきかと判断しましたので」


 そう答えれば、ズオウは眉間に皺を寄せながら告げた。


「お前の権限は、長老から俺の預かりとなっている。勝手に動くな!」


 コトハはその言葉を聞いて目が点になる。


「次期長老様、以前もこんな感じだったではありませんか。特に今は皆様が苦しんでおられるのですから、緊急性が高いと判断し私は私の仕事をしたまでです。水源を浄化すれば、症状は軽減されるはずですから」


 図星を突かれたのか、ズオウは言葉が出てこないらしい。しばらくボソボソと何か呟いた後、コトハを指差した。


「一人で向かうのは危険であろう?!」

「ですから、イーサンやヘイデリクさん、マリさんに護衛をお願いいたしました」


 ズオウはイーサンを見やる。彼の能力は認めているのか、確かに護衛としては適任だと思っているようだ。視線を感じたイーサンはため息をひとつついた。


「ここで言い合いをする暇があったら、コトハに浄化をお願いしたらどうだ? 村人たちが困っているのだろう?」

「……」 


 イーサンに諭されたズオウは、コトハへと背を向ける。すると奥からセイキが走ってくるのが見えた。


「コトハ様、どちらに行かれて……ああ、もしかして泉を浄化していただけたのでしょうか?」

「はい。井戸水の浄化も終わっておりますので、これから汲む水は飲んでいただいても大丈夫です。いえ、むしろ浄化をした今、飲んでいただいた方が良いかもしれません」

「それは、どうしてでしょう?」

「効果は何日持つかは分かりませんが、今の水は浄化作用もあるはずです。咳のみの発症者であれば、症状が落ち着くと思います」


 それを聞いてセイキは目を見開く。


「でしたら、病棟以外の者に今すぐ――」

「いや、全員お前が浄化しろ」

「若様!」


 彼は自分の言葉を遮ってコトハへと命令したズオウへ非難の視線を送る。だが、彼はセイキの視線など怖くない。長老からの権限を与えられているのだから。


「効果は何日持つのか分からないのだろう? なら集落全員に浄化をかければ、一番確実なはずだ。お前は歴代の巫女姫の中でも一番の力があるのだろう? 村人全員浄化をかけるくらいなら問題ないはずだ。今のお前は巫女姫としてこの場にいるのだろう? 俺の決定には従え」


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