「私は少しでもコトハ様の負担が少なくなるように、水の件を告げてきます」
セイキはズオウの言葉で帝国側の者たちの顔色が変わった事に、いち早く気づく。セイキとしてもズオウの発言は、コトハの負担を考えない嫌がらせなのではないか、と感じた。村が大変な時にそんな事をしている場合ではないのに。
だから彼はコトハの負担が少しでも軽くなるように、村人たちへと水の件を周知させる事にしたのだ。
セイキが去った後。
巫女姫を物のように扱うズオウを、マリは睨みつける。
マリが苛立つのはズオウの態度だ。村人が心配だからという想いの上で、コトハに浄化をかけてもらいたいと告げるなら納得する。だが、彼にそのような考えはない。コトハに反抗された事に対する苛立ちをぶつけているだけなのだ。
マリが声を上げようとすると、その前に動いた者がいた。イーサンだ。
イーサンの素早い行動に、愉悦の表情でコトハを見ていたズオウは気づくのが遅れる。ズオウが気がついた時には、イーサンが彼の手を強めの力で握りしめていた。
「俺の前でコトハを物扱いするなと何度言ったら分かる。次はない」
「……」
側から見れば、握手だけしているように見える行動に、ズオウは目を大きく見開く。ズオウが黙っていると、イーサンは後ろにいたコトハへと尋ねた。
「彼はこう言っているが、コトハはどうしたい?」
「そうですね。水でも浄化はできますが……やはり皆さんを安心させるために、全員浄化をしましょうか」
「分かった。それなら俺たちも手伝おう……良かったな、コトハが優しい女性で」
イーサンはそう告げてから力を入れていた手を離すが、ズオウは無言のまま佇んでいた。
「次期長老様、先に病棟へと向かおうと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ……」
生気のない声で了承するズオウに、コトハは頭を下げると病棟へと向かう。彼もついてくるが、なんとなく普段のズオウとは違うような気がした。コトハは首を傾げながらも、病棟へと向かう。
病棟内は穢れの霧が蔓延していた。そのため、すぐに建物内を浄化する。
症状が出ている者たちが集まる部屋へと向かうと、比較的軽症の者も含めて全員の顔色が悪かった。部屋の中の者たちはいきなり入ってきたコトハに驚いたが、彼女がコトハだと気づくと彼女へと群がるように集まっていく。
「まずは重症者を……」と大声で告げても、周囲に群がる人々はどかない。困惑していたところに現れたのは、イーサンとヘイデリクであった。イーサンはコトハを自分の背に隠し、彼の前にヘイデリクが立つ。そして大声で聞こえるように叫んだ。
「まずは重症者が先だ! 道を開けろ!」
その声と表情に圧倒された人々は一斉に道を開ける。その後マリが声を上げた。
「病状が一番重い方から浄化をしてもらいましょう! この中で誰か病状の把握をされている方はいないの?!」
「あ……はい!」
一人の女性が名乗り出た。コトハを患者の元へと案内している間、マリは先立って患者の周囲を片付ける。手際よく進める二人をぽかんと見つめる軽症患者たち。彼女の顔を見て一瞬眉間に皺を寄せている者もいたが、大半は「ありがとうございます」と感謝を告げる者ばかりだった。
重症者の中には食欲がなかったのか、食べられなかったのかは分からないがガリガリに痩せてしまっていた者もいた。その頃になると水の件を村へと告げて回り終えたらしいセイキが、食料を持って現れる。マリはすぐに食べられそうな果物などを切って、痩せ細った者たちに与え始めた。
その頃コトハは軽症者の治療を始めており、彼らはコトハが浄化の力をかけると、「身体が軽くなった!」と喜んだ。その後治療が終わった者たちは手助けしているマリを見て、まだ起き上がれない者たちに手を貸すなど、コトハたちへと協力し始めた。そのためか、一時間ほどで全員の浄化を終える事ができたのだ。
「症状が落ち着いたようで良かったです」
「巫女姫様! ありがとうございました!」
もうそこには彼女に感謝する者たちだけが残っている。もちろんコトハの浄化の力を受けたにもかかわらず眉間に皺を寄せていた者の中には、ぶつぶつとコトハに対して不満を呟いていた者たちもいた。
「何故もっと早く来なかった?」「何故自分は巫女姫だと主張しなかった!」「巫女姫は俺たちに尽くすのが当然だろう?!」とコトハを睨みつけながらのたまう者たちは、イーサンやヘイデリク、感謝をしている者たちによって部屋から追い出されている。
イーサンたちは村の人間全てがそのような者たちばかりなのでは……と思っていたが、どうやらそうでもないらしい。ちなみにズオウはそんな人たちの行動を呆然と見ているだけだった。
「次期長老様、あとは集落を浄化しますが、よろしいでしょうか?」
「……あ、ああ……」
ズオウは未だに重症者が眠っている部屋を見つめており、コトハの言葉にもどこか上の空だ。彼女はセイキに案内をお願いし、マリとヘイデリクはこのまま病棟を手伝う事になった。
コトハとイーサンはセイキの案内で家々を回る。村人の大多数は何もせずに彼女を待っている者たちばかりだった。だが、中には既に井戸水を飲んで、ある程度の浄化が済んでいる者もいたし、人によっては浄化された水を畑に撒いている者もいた。
そして最後に訪れたのは集落の中心部にある屋敷。この屋敷は村人たちが婚礼の儀式を行う際に使用するものだ。コトハは一部屋ずつ念入りに浄化をし、全ての部屋を終えたところでふらりとよろけてしまう。それを支えたのはイーサンだった。
「コトハ、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫」
「昨日から力を使ってばかりだっただろう? 疲れが溜まっているのかもしれないな……セイキ殿、この後コトハを休ませる時間はあるだろうか?」
イーサンの言う通りだった。コトハは今までこれだけの力を連続で使った事がない。浄化の力を使おうと思えば使えるだろうが、正直なところ休みたい気持ちもあった。そんな彼女の気持ちを知ってか知らでか、セイキはチラリと外を見る。
大分陽が傾いてきているのか庭は既に赤く染まり始めていた。彼は少しだけ悩むと、イーサンに告げる。
「この時間からですと……
「ああ、それでお願いしよう」
「ここは玄関広間ですから、ゆっくり休めないでしょう。屋敷の者に休める場所へと案内するよう伝えてまいります」
そう告げてセイキは足早に去っていく。しばらくして現れたのは屋敷を管理しているという女性だった。応接室に案内されたコトハとイーサンは、女性の言葉に甘えてゆっくりとソファーへ座った。
イーサンとコトハが二人で休憩している頃、マリとヘイデリクもひと段落ついていた。二人は食事以外にも建物内の清掃や、
ズオウは最初呆然としていたが、途中から病棟にいる者たち……特に布団で寝ている者たちと会話をしていた。患者たちが笑顔でズオウと話すのを見たマリは、彼は村人たちから信頼されているのだろうな、と感じる。ズオウの好感度は少しだけ上がったが、元が低すぎるのでまだ嫌悪の方が強くはあるが。
そんな時に現れたのはセイキだった。彼はズオウにこの後の予定を訊ねている。セイキとしてはコトハに負担がかかってしまう事、もう既に暗くなっているため山道は危ないと言う事で、ここで休ませたいと伝えているようだ。
ズオウもその意見に納得したのか、首を縦に振っている。
「ああ、それが良い。彼女には頑張ってもらったからな。明日念の為そこの泉を見てもらってから、
「しょ、承知しました」
ズオウの言葉にセイキだけではなく、マリとヘイデリクも驚きを隠せない。ズオウならば強行突破する可能性もあった。セイキの意見に同意したのも驚いた事ではあるが、それ以上にコトハへと労いの言葉が出てきた事に三人は目を丸くしたのである。
「いつもと違うわね」
「ああ」
マリとヘイデリクは首を捻りながらも、ズオウとセイキの話を見守った。