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第77話 肆(四)の集落

 翌朝、コトハはの集落の泉へ、イーサンと共に向かう。屋敷の門を出たところでふと、村の入り口にズオウの姿を見つけた。彼は誰かと話しているようで、背を向けている。

 二人はズオウを一瞥した後、彼に背を向けて泉へと向かった。昨日浄化した事もあり、泉へとつながる獣道には穢れは見当たらない。けれども、泉にたどり着くと穢れが少し残っていた。


「昨日全て浄化したと思ったのだけれど……残っていたのかしら?」


 首を傾げて不思議そうな声をあげるコトハ。その声にイーサンが答えた。


「いや、俺も見たが全て浄化を終えていたはず……コトハ、あの奥を見てみろ」


 イーサンが指し示す方へ向くと、泉の奥にうっすらと穢れが漂っているのが見えた。二人は顔を見合わせた後、泉のほとりを歩きながら穢れが漂う方へと向かう。奥に行くと、そこには白い箱があった。高床式で作られており、コトハの目線ほどの所にある箱は彼女の顔よりもひとまわり大きい。そしてそこには鍵が掛かっているようで、扉を開ける事はできなかった。


「こんなところまで穢れが届いていたのね……昨日は泉を浄化するのに夢中で気づかなかったわ」

「俺も気がつかなくてすまない」

「いいえ、私だって気づかなかったもの。仕方ないわ」


 コトハはまとわりつく穢れを浄化する。すると、白い箱が心なしかキラキラと輝いているような気がした。


「なあ、コトハ。これは何か知っているか?」

「うーん、星彩神様を祀っている祠かしら? いつも泉を浄化して終わるから、これがあるのは初めて知ったわ」


 このような箱が置いてある事を知っている村人が、何人いるだろうか。コトハは白い箱に向けて祈りを捧げる。それを見たイーサンも彼女を真似して祈りを捧げた。



 泉を浄化した二人は屋敷へと戻り、部屋にいたマリやヘイデリクと共に用意された食事をとる。食事を終えた頃、ズオウが現れ「次の集落へと向かう」と指示された。了承した一行は、の集落を後にする。

 の集落にたどり着いたのは、陽が真上に昇った頃。穢れの気になる場所があると逐一浄化をしていた事もあり、少々時間が掛かってしまった。


 の集落はの集落に比べて漂っている穢れは少ないように見える。この集落にもの集落と同様に病棟があり、そこに重症者は寝ているらしい。先の集落と同じように、ズオウは巫女姫を連れてきたと感謝する村人に囲まれ、集落の長の元へと彼は向かう。


 コトハは彼の背を見送った後、の集落と同じように泉を浄化すべく歩き出した。その時、まだ成人していないと思われる一人の男の子と女の子がコトハの前に現れる。男の子はまるでコトハを憎んでいるような、威嚇しているような表情で彼女を見ていた。

 イーサンはコトハを守るように男の子と彼女の間へと入る。万が一彼がコトハを害した場合、自分が止められるようにだ。

 身長の高いイーサンが間に入った事で男の子は少し怯んだ。だがイーサンが何も言わない事をいい事に、彼は怒りのままに言葉を紡ぐ。


「村に穢れが蔓延したのは、お前のせいだ! 父ちゃんも母ちゃんも体調を崩して大変なんだ! お前があの時、偽物でないと否定しなかったから……!」

「お兄ちゃん……止めようよ……」


 怒りのままに話す男の子。それを止める女の子。彼らの言葉を要約すると、二人の両親は病棟にいるらしい。生業にしている畑の野菜の世話も二人が一生懸命行っているが、味が落ち買取価格が下落しているのだそう。最初はその鬱憤が偽巫女姫に向いていたようなのだが、彼らが追放された事で戻ってきた巫女姫コトハに向いているようだ。


「お前のせいでこんな大変な状況になってるのだから、どうにかしろよ!」


 男の子は言い終えた後、キッとコトハを睨みつける。理不尽な怒りをぶつけられたコトハは、どう言葉にすれば良いのか口籠った。彼女を睨みつけている男の子と、狼狽えるコトハ。その均衡を破ったのはイーサンだった。


「君は何を言っている。穢れが蔓延したのは、偽巫女だと判断して追放した村の者たちの自業自得でしかないが」

「なにを……!」


 言い返された言葉に逆上した男の子は、イーサンを見上げる。だが、その瞬間に男の子は身の毛がよだった。彼の視線は恐怖を感じるほど冷たいものだったためだ。後ろにいる妹の顔からも血の気が引いていた。


「これはアカネ嬢から聞いたが……巫女姫は先代巫女姫が亡くなった後、産まれた赤子に力が宿るのだろう? その話は村人全員が知っていると言うではないか。だからコトハが巫女姫だと判断されて、今まで巫女姫の地位にいたはずだ。それを否定したのは君たちだろう」

「……」

「そもそもの話だが……何故原因不明の病が癒せないから、偽巫女姫だと判断した? 俺としてはそこが理解に苦しむ。コトハの言葉を信じて、それが穢れによる病ではないのでは、と考えて調査する事もできたはずだ。結局あの騒動は穢れではなかったのだからな」


 男の子は目を見開いてイーサンを見る。その瞳には驚きの感情はあれど、先程のような憎悪は見られない。鳩が豆鉄砲をくらったような表情……思ってもみなかった言葉だったようだ。


「何故君はコトハのせいにするんだ? コトハは巫女姫として仕事をして、冤罪で追い出された被害者だ。確かに君たちは現在穢れによって被害を受けているが……それとこれとは別の話だ。君たちはコトハを追い出した加害者であって、決して被害者ではない。今回の穢れの件も、コトハの慈悲なのだと言う事を忘れるな」

「でも……でも……何で早く来てくれなかったんだ! の集落からここへは、半日くらいで来られるはずだろう?!」


 イーサンにたしなめられて、男の子は声を上げた。彼は頭で考える事なく、口から衝いて出てきているようだ。後ろにいる妹を守るために虚勢を張っているのかもしれない。その事に気付いたイーサンは、ひとつため息をついた後告げた。


「それは勿論、の集落の被害が大きかったからだ。その集落は穢れが蔓延していたために、全てを浄化する必要があった。全てを浄化するのにほぼ一日費やした……それ程穢れが蔓延していた、という事だ」

「そこは私の力不足です。ごめんなさい」


 後ろにいたコトハから頭を下げられて、その男の子はたじろいだ。元々素直な子なのだろう。外的要因によって発生した苛立ちを解消できず、コトハにぶつけただけで。


「追放を決めたのは、五ッ村の人間だろう? 彼女はその決定に従って刑を処されたに過ぎない。その刑も冤罪だったようだがな……冤罪は理解できるか? 罪がないのに疑われ、罰せられたという意味だ」

「冤罪……」


 その子は更に目を大きく見開いた。


「そうよ。コトハさんはそんな理不尽な目に遭ったにもかかわらず、ここの次期長老の要請に応えたのよ? あの男は謝罪もなしで、コトハさんに命令したんだから! 彼女に対して謝罪や感謝をするのならまだしも……やつ当たりするなんて、言語道断だわ」

「……この村の者たちに状況が正確に伝わっているかも疑わしいがな」


 マリとヘイデリクもこの村の特殊性には気づいている。だから情報が制限されているのではないかと思ったのだ。案の定、男の子の言葉はそれを示すものだった。


「え、だって……若様の謝罪を受け入れて戻ってきたんじゃあ……」

「次期長老様、でしたっけ? 彼は謝罪なんかしてないわ。コトハさんがここに来ているのは、完全に彼女の慈悲よ」


 聞いている話と違うと感じたのだろうか。その男の子は狼狽えた。そんな彼を見て、しゃがんだイーサンは視線を合わせて話す。


「きっと長老の発表と俺たちの話が食い違っているのだろう? 君はどちらを信じたら良いか分からないように見える」


 イーサンの言葉にオドオドしつつも、男の子は首を縦に振る。


「盲目的に長老を信用しているところ、悪いのだが……コトハの追放を決定したのは長老だろう? 一度冤罪だったコトハを追放した長老の判断に、何故疑問を感じない? 何故彼の言葉を信用できる?」

「だって、あの追放は偽巫女姫のせいだから……と」

「本当にそうなのか? 長老はきちんと調査した上で、そう結論を出したのか? 俺からすれば他人のせいにして責任逃れをしているようにしか聞こえないが」


 イーサンの言葉に兄妹は俯く。


 「人は間違える。だから間違える事は別に悪い事でない。だが、間違えた後どうするのか、が大事だ。色々と考えてみるといい」


 そう言って彼は立ち上がる。兄妹は何も言えず、微動だにしない。イーサンは「浄化の仕事があるから」と告げ、彼らを置いて泉へと歩き始めた。


「この村、もしかして洗脳でもされているのかしら?」

「……この規模では難しいのではないか?」


 そんな会話をしながら、一行は泉へと向かった。

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