今日は
翌日の早朝、陽が昇る頃に泉の様子を確認するのも忘れない。イーサンとコトハは問題ない事を確認すると、集落の外へと向かった。そして先に待っていたズオウ、セイキやマリ、ヘイデリクと合流する。
そして全員で次の集落へ向かおう、となった時……ズオウが話し始めた。
「ここからはセイキ、お前が彼らを案内してくれ」
思ってもみない言葉にセイキは目を丸くする。
「若様はどうされるのですか?」
「俺は長老に呼び出された。一旦屋敷へと戻る。明日以降にまた合流予定だ」
「承知いたしました」
そう言ってズオウはコトハたちと別れ、昨日歩いた道を戻っていく。彼を見送った後、一行は
幸い、
「ここは湖か」
「そうなの。
「それにしても大きな湖ねぇ……芦ノ湖くらいありそうだけど……この湖も今まで浄化していたの?」
マリの疑問にコトハは答えた。
「いえ、湖全体を浄化した事はないですね。村の近くにある水源だけを普段は浄化していました」
「だが……様子を見る限り、湖も浄化した方が良いのではないか?」
ヘイデリクの言葉通り、湖の上に穢れが漂っている。以前はこのような事が無かったので、彼の言う通りに湖も浄化すべきだとコトハは考えた。
「でも、デリク。こんな広い湖を浄化できるのかしら? うーん、もしかしたらコトハさんだったら一度で浄化できてしまいそうな気がしなくもないけれど……」
そうマリに視線を送られたが、コトハは横に首を振った。
「流石に広過ぎますね……いえ、もしかしたら一度に浄化できるかもしれませんが、浄化もれがあるかもしれません。理想は半分くらいに分ける事ですが……」
全員が首を傾げる中、イーサンがふと思い立ったらしい。セイキへと顔を向けた。
「この湖の側には船が置いてあったりしないのか?」
「小舟ならございますが……」
不思議そうな表情でイーサンの顔を見たセイキに、彼は話す。
「小舟で湖の中心へ向かい、そこで浄化するのはどうだろうか?」
「コトハ様が問題なければ、試してみる価値はありそうですね……コトハ様、イーサン殿の提案はいかがでしょうか?」
「やってみましょう」
その後コトハたちと別れたセイキはすぐに
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ」
現在、コトハとイーサンは小舟で湖の中心を目指していた。最初は船頭に漕いでもらおうとしたがイーサンが漕ぐと主張したため、二人だけである。船頭も驚くほど漕ぐのが上手だったらしく、快く貸してくれた。勿論、年寄衆であるセイキもいたからであろうが。
ほとりに建つ家が拳くらいの大きさになった頃、イーサンがコトハへと尋ねた。
「ここら辺はどうだ?」
コトハが周囲を見回すと、湖の全てを見通す事ができる場所に着いたようだ。息を大きく吸った後、彼女は目を細めてからもう一度湖を見る。
「どうやら集落の近くに穢れが集中しているみたい。集落から離れている場所には、そこまで穢れは届いていないようだけれど……イーサンから見てどう?」
「コトハの言う通りだな」
「なら、一度こちらを浄化した後……穢れが濃い方に近づいてから浄化しましょうか」
彼女は穢れの薄い方向へと祈りを捧げた。すると浄化の影響か、湖面が光ったと思えば穢れが光の中で離散する。光が消えた後の水面は浄化前に比べると、どことなく輝いていて、何度も見ているはずのイーサンでさえ目を奪われた。
「コトハの浄化は美しいな」
思わず呟いていたイーサン。その言葉がコトハの耳にも届く。自分の浄化の力を褒められているだけだと判ってはいるけれど、照れくさいし恥ずかしい。
頬を染めて俯いたコトハは、そのまま反対へ向いて湖面を浄化する。これで全ての水面に浄化をかけたが、遠くで穢れが残ってるのか、黒い部分がある。下を向いたままコトハは「次へ向かいます」と告げた。その様子にイーサンは首を傾げたが、すぐに舟を漕ぎ出した。
「次はどこへ?」
「あ、えっと……川と湖が合流している場所の近くへと行ってもらう事はできる?」
「ああ、問題ない」
イーサンはコトハの指差した方へと舟を漕ぎ出す。他の集落の泉に比べれば穢れの汚染は少なく見えるが、近づくにつれて霧の状態で水の上に溜まっているのが見えた。
「川と湖の合流地点だから、穢れを引き寄せやすいのだろうか?」
「そうかもしれないわ」
コトハは溜まっている穢れを浄化した後、一息ついた。イーサンは彼女を一瞥した後、視線を穢れがあった場所へと向ける。
「穢れというのは、よく分からないな。人間の負の感情から発生すると聞いたが……不思議な現象だ。コトハ、帝国にも穢れは発生しているのだろうか?」
そう尋ねられて、コトハは首を傾げて帝国での事を思い出す。もし僅かでも穢れがあれば、目に付いていたはずだ。
「そうね。あっちでは穢れを見た事がないから、発生していないとは思うけれど……私の行動範囲が狭いから、分からないわ」
「まあ、そうか。俺もここに来てから穢れが見えるようになったしな」
「戻ったら、確認してみましょう」
コトハの言葉にイーサンは目を見開く。そして嬉しそうに口角を上げた。彼女の帰る場所が帝国である事を改めて実感したからだ。
「ああ、その時は俺が連れていくからな」
「あら、イーサン。仕事はいいの?」
「……まあ、どうにかする。それより戻るか?」
イーサンは太陽を指差す。
「そろそろ陽が沈む時間だが……浄化は大丈夫か?」
コトハが太陽を見ると、橙色の光が少しずつ混じり始めていた。すぐに陽が暮れる事はないだろうけれど、そろそろ街へと向かった方が良いのも事実。なのだが……。
「……もう少しだけ、ここにいていいかな……?」
首を傾げてイーサンの顔を見上げるコトハに、彼は目を見開いた。彼女の頬もほんのりと赤く染まって……と一瞬思ったが、太陽の加減だろう。だが、
「勿論いいぞ。そうだな……他に漕いで行きたいところはあるか? それともここで留まるか?」
「ここで留まりたいな」
「分かった」
イーサンは
しばらくしてコトハはイーサンへと視線を向けた。彼の横顔は真剣そのもので、その表情に胸が高鳴る。
「どうした?」
彼の慈愛の表情に見惚れていたコトハだったが、イーサンが首を傾げた事で我に返った。
「あ、えっと……そうだ、お願いがあるの!」
コトハは首に下げて隠していた首飾りを取り、イーサンへと渡す。
「これはコトハの両親が持っていたという蒼玉の首飾りではないか?」
「うん、ずっと首にかけたままだったから、持ってきていたの。預かっていて欲しいなと思って……もしかしたら……長老に……」
唯一の形見。イーサンであればきっと首飾りを守ってくれるだろう。先程よりも心なしか蒼玉もキラキラと輝いている気がする。祈りを込めた後、「お願いね」と言って微笑む。イーサンは呆気に取られていたが、意味に気づいたのかコトハに優しく笑いかけた。
「分かった。これも守り抜こう」
「……ありがとう」
蒼玉と同じような色の瞳を持つイーサン。思わず綺麗、と呟きそうになってコトハは恥ずかしさから、言葉を呑み込んだ。