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第85話 長老代理

 ズオウの言葉に警戒していた四人だったが、思ってもみなかった言葉に目を見張る。それは村人も同じだったようだ。誰かがぼそっと呟いた。


「長老代理……?」

「そうだ、村の掟にもあるだろう?」


 ズオウが話しているのは、長老交代の掟についてである。その中でもし長老が罪を犯した場合、それが発覚した時点で長老の地位から引き摺り下ろす事ができると言う掟だ。そしてその場合、次期長老と周知されている者が長老代理として就任する事ができる。長老代理は、代理という言葉がついているが長老と同じ権力を持っている。罪を犯した前長老から全ての権力を奪ったと考えれば良い。

 ちなみに長老と呼ばれるようになるためには、儀式を受ける必要がある。それまでは、長老代理と呼ばれるのだ。


 ズオウは既に次期長老としてお披露目され、村人に認知をされていた。だから、長老代理という立場に立つ事ができる。


 皆が一様に驚いていた。彼の言葉が気にならないわけではないが、村人たちは長老代理であるズオウの命に逆らうことはしない。「詳細は明日」とズオウの言葉に一応納得したのか、彼らは家へと戻っていった。騒々しい声が聞こえなくなったところで、マリがふう、とため息をつく。


「流石長老様の力ね。こんなに早く騒動を落ち着かせる事ができるなんて……」


 そう呟いたマリの言葉が聞こえていたのか、ズオウは苦虫を嚙みつぶしたような表情をしている。村人全員が帰り、残ったのはイーサンたち一行とズオウ、セイキ、そして倒れている黒装束の男たち。

 ズオウはヘイデリクが肩に担いで放り投げた黒装束の男の元へと向かう。そして彼の頭を軽く叩いた。するとその男は目が覚めたらしく、ズオウの顔を確認すると片膝立ちで胸に手を当てていた。これが敬意を表す体制なのかもしれない。


「この時を以って、お前たちの権限は長老代理として私が掌握した。以後私の言葉に従うように」

「御意」

「まずはお前たち、負傷者の手当てを行え。そしてある程度目処が立ったところで屋敷に戻ってこい」


 黒装束の男は無言で頭を下げた後、表で伸びている暗部の者たちの安否を確認しに向かう。ヘイデリクとマリが言うには、首の後ろを軽く叩いただけなので、ある程度すれば目を覚ますだろう、という話だった。

 男の後ろ姿を見送った後、彼はコトハへと視線を向ける。そして――。


「申し訳なかった」


 謝罪だ。頭を下げているズオウを無言で見つめるイーサン。彼らの間には緊迫した空気が走る。それを解こうとしたのがコトハだった。


「次期……いえ、長老代理様。顔を上げてください」

「……」


 ズオウはそう言われても、顔を上げる事ができなかった。今までの自分を恥じたからだ。父親に都合よく使われている自分に。


 コトハが彼の名前を呼ぶ事はこれからもないだろう。ただ、それが何故なのかを一番理解しているのは、ズオウだ。むしろ軽い呪術を受けていたとしても、落ち着いて考えれば理解できる事だったはずだ。呪術というものに支配されていた自分を悔やむ。

 イーサンから鋭い視線と圧を受けるのも当たり前だと感じた。


「この件に関しては謝罪して済むものではない。長年村を守って下さっていた巫女姫様を理不尽に扱い……彼女を助けようと奮闘していたアカネ殿に関しても大変申し訳ない事にした。父の決定に異を唱えず、果ては私までもが追随するとは……不徳の致すところ。お詫び申し上げる」


 最初は驚きから呆然としていたセイキも、ズオウの姿を見て隣で頭を下げた。コトハは今までとは違う彼の姿に少々狼狽えて、イーサンを見た。その視線を受けて彼は二人の前に歩いていく。

 そしてズオウの前に陣取ったイーサンは、彼の肩を掴んで顔を無理やり上げさせた。イーサンの視線とズオウの視線がぶつかる。


 しばらく睨み合っているような雰囲気を醸し出していたが、先に視線を外したのはイーサンだった。


「お前の覚悟は理解した。コトハ、長老代理の謝罪は受け取るか? 俺としては受け取らなくてもいいとは思うが、そこは任せる」

「受け取ります」


 間髪開けずに断言するコトハ。その言葉に口を半開きにするズオウ。そんな彼の姿は初めて見るな、と思いながらニコリと笑ったコトハは明るく告げる。


「実の父親に呪術で軽い洗脳を受けていたのですから……防ぐ事が難しいのも承知の上です。長老代理様はあの方を尊敬されておりましたから……」


 幼い頃から婚約者としてズオウを見ているのだ。父としても長老としても尊敬していた彼に抗うのは、困難であっただろう。


「それに私は大切な人たちと巡り会えましたので!」


 彼女としてはズオウを元気付けるための言葉だったが、ズオウには会心の一撃だった。イーサンとコトハが微笑み合うのを見て、二人の間には強い絆が芽生えている事を思い知らされる。

 自分たちにはなかった、強固な絆。自分が彼女を大切にできれば、それが作られたかもしれなかったのに……と言っても後の祭りであるが。


 そしてズオウは理解する。彼女はこの村に戻る気がない事を。


「私はこの村の元巫女姫として……村が立ち直るまで見届けます。それが最後の責任だと思うので」


 彼女を引き止めたい、その考えがズオウの頭の中に現れる。だが、彼は両手をグッと握りしめた。今までだって彼女を振り回し、散々こき使ってきたのだ。


 ――道具として。


 道具はいつか壊れて使えなくなったり、いつの間にかなくなったりしてしまう。それと同じなのだ。道具として見てたから、要らないと手放した。それを他人が大切にしているのを見て、やっぱり返せと言えるだろうか。

 そもそも彼女は道具ではない。心のある人だ。以前イーサンに言われた通りである。


 先程の言葉や今までの彼女の行動から、このまま放り投げるような人ではないと理解しているからこそ……ズオウとしては、彼女の好きなようにするべきだと思った。


 コトハの瞳は前を向いていた。ズオウから見れば、それは、それは、眩しい光。以前の彼女の瞳とは大違いである。

 ズオウは「村に留まって欲しい」という言葉が口からあふれそうになるのを呑み込む。そして再度コトハと……そして隣にいたイーサンへと向き直った。


「この度は我が村を助けてくれた事、感謝申し上げる」


 あのまま長老が暴走していたら、村はどうなっていただろうか。そう思うとズオウは身震いをする。ここで膿を出さなくてはならない、と彼は長老代理の立場で考えた。だが、現在暗部は戦闘による負傷者が多く、長が変わった事による混乱も起きている可能性がある。

 ズオウは心に決めてイーサンへと視線を送った。


 「分不相応を承知の上なのだが……皆様の手をお借りしたい。お願いできるだろうか」


 都合のいい事を言っている事は理解している。だが膿を出すには時間が勝負なのだ。再度頭を下げたズオウを見て、イーサンはコトハを一瞥する。彼女の嘆願するような瞳を受けて、彼はふう、と一息ついた。


「いいだろう。協力しよう」


 イーサンの言葉にズオウが顔を上げる。


「ただし、我らにも情報を開示する事が条件だ」

「勿論。協力いただくからには全て開示しよう」


 再度ズオウの瞳を見て、イーサンは信じるに値すると感じたのか首を縦に振る。そして――。


「まずは何をすればいい?」

「この二人を運ぶのを手伝ってもらえないだろうか。屋敷にある牢へと入れようと思っている」

「……良いだろう」


 話し合いの結果、ジェフとヘイデリクが側近の二人を担ぐ事になった。そして一行は壱の屋敷へと戻っていく。

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