元々この場所には見張りがいない。地上に繋がる階段を鍵で封鎖してしまうためだ。だが、今回の拘束者は元長老のシヨウ。誰も知らない抜け道がある可能性も否定できない。そのため腕っぷしの強い帝国側から人員を出す事をイーサンが許可し、ヘイデリクとジェフの二人が交代で見張る事を行う事を了承する。
まずはヘイデリクが向かった後、さらに話し合いは続いた。
「ズオウ様、明日の説明はどうなさいますか? 村人たちが納得するような話をお伝えしなければなりませんが……」
「そうだな、今のところ……巫女姫様追放の黒幕はシヨウだった事を説明する予定だ」
その言葉に何人かの者たちが息を呑む。
「追放の黒幕が、元長老だったとはどういう事?」
マリの疑問も尤もだ。以前シヨウの話では、オウリという男とエイカという娘たちの仕業であると言っていたはずだ。巫女姫とはこの村で名誉のある立場というのは理解している。だから二人がコトハを陥れて、その地位を狙うのは理解できる……。
ズオウは腕を組み、眉間に皺を寄せながら話す。
「元々父……いや元長老は宮司として星彩神様を崇めてはいるが、一方で穢れの存在を信じていなかった。よく俺にも言っていた『巫女姫なんて地位は眉唾だろう』と……」
ズオウの言葉でコトハもシヨウを思い出す。巫女姫を見る時は、いつもどこか蔑むような表情をしていた。神の力を借りているなどと嘘を吐いている、と見下されていたのかもしれない。
「穢れは巫女姫様によってこまめに浄化されていただろう? だから、ここ数十年は眼に見える事もなかったのだ。そのため、村の中でも『穢れ』の脅威が薄くなっていた。元長老のように巫女姫の存在を疑問視している者も中にはいただろうな。元長老の代になってから、それが顕著になった気がする」
シヨウが巫女姫を敵視しているのは、彼の父……ズオウの祖父の影響もあるらしい。前長老はアカネと同じように穢れが見えたのだとか。そのためシヨウには口煩く「巫女姫を敬うように」と言っていたのだとか。
「でも、どうしてそこからコトハさんを追放しようという話になるのかしら?」
「村の権力をまとめたかったのでしょう」
マリの疑問にズオウが言いにくそうにまごつく中、答えたのはセイキであった。
「コトハ様は清廉潔白なお方。巫女姫の教えを守り、自らの責務を全うされる。巫女姫として素晴らしいお方です。ですが、元長老からしたらそれが……目障りだったのでしょう」
「この村では長老と巫女姫の立場は同等。つまり長老が唯一政治利用できない存在、それが巫女姫だ。そのために元々いた巫女姫を追放し、新たに瑕疵のある巫女姫を立てれば、長老は村の全てを手中に収める事ができるのだ」
「成程。元長老が弱みを握っているから、新たな巫女姫は元長老の言う事を聞かなくてはならないものね。そうすれば裏で巫女姫を操る事も可能、と……」
マリの言葉にズオウは頷く。
「そのため野心のあったオウリと、次期長老の婚約者という地位に目の眩んだエイカが選ばれた。泉に混入させた薬も、我が村とは交流のない遠くの国から手に入れた、と元長老が以前言っていた。だが……自分は聞いていただけで、それを証明する手立てがない……いや、正確に言えばあるのだが……」
「あるのか、ないのか、ハッキリさせてほしいわ」
口を尖らせてマリが話せば、イーサンも首を縦に振る。ズオウは「あるにはある」と答えてからさらに続けた。
「元長老は日記をつけていた。何度か『この事を日記に書き記さねば』と言っていたからな……そこに書かれている可能性が高いと思う。ただ、日記を残している場所が……分からない。長老だけが入る事のできる隠し部屋というのがあるらしいのだが……」
「長老直属の暗部はその事を知らないんすか?」
ジェフが首を傾げる。
「いや、知っている。知っているが……暗部の掟があり、それによって口止めされているらしい」
「掟を破ると何が起こるんですか?」
「破った者が死ぬ。流石にそれを聞いて、破らせるわけにはいかなくてな。どうしたら良いものか、皆目見当もつかない」
はあ、とため息をついたズオウ。そんな時におずおずと手を上げた者がいた。アカネだ。
「あの、もしかしたらその場所、知っているかもしれません……」
「はっ?」
ズオウが目を丸くする。それはそうだ。元長老しか知らないはずの隠し部屋のありかを知っていると言うのだから。だが、彼女の瞳に嘘をついている様子はない。
「あ、アカネ。もしかしてあそこ?」
「ええ。多分そうかと思って」
ズオウの視線に少し怯えた表情を見せた彼女だったが、ジェフが同意した事で、気分が落ち着いたらしい。ジェフと微笑み合っている。そんなアカネを見て、ズオウは考えた。手掛かりがないのだ。彼女のその心当たりを見てからでも遅くないとズオウは判断する。
「分かった。そこに案内してほしい」
ヘイデリクに一言伝えてから、アカネは彼らを案内した。そう、彼女が牢へと捉えられる前に来た、あの掃除用具置きとなっている小屋へ。
アカネに案内された一行は、荷物で隠れていた扉を見つけ出した。そして穴の中へと足を踏み入れる。
通路は人力で掘ったのだろうか、舗装もされていない。奥の方は少し通路が曲がっているらしく、何があるかも見る事ができなかった。ただ、ぼんやりと光が見えるだけだ。
ズオウを先頭に、全員が穴へと入る。そして先まで歩いていくと……一枚の黒い扉を発見する。両側に灯りがついており、先ほど見えた光はこれから発光されたものなのだろう。彼は恐る恐る引手に手をかける。そしてゆっくり開くと、部屋の中は真っ暗だった。ジェフが蝋燭台に気がついたため、それに火をつけて部屋の中を照らした。
中は通路と違い、崩れないように補強されているようだ。三方の壁には本棚が設置されており、空いている壁には机が置かれていた。本棚には本が隙間なく置かれている。
マリ、アカネ、ジェフ、イーサンとコトハは棚にある本をまじまじと見ていた。一方ズオウは机に近づき、机に備え付けられている引き出しを開ける。一番下の引き出しを開けた時、彼の手が止まった。
「これだろうな」
ズオウの右手には一冊の本が。表紙は緑色のように見える。右側には黒い紐のようなもので結んであった。彼は後ろの方をパラパラとめくる。すると、ある
「やはり裏で動いていたのは元長老だったか……」
そう呟くと、彼の声に集まってきた者たちへと本を見せる。そこには「極東より入手した毒、手元に来たり」と言う言葉が書かれていた。続きを追っていくと、毒を混入した場所は
みくまりの泉は神の座す場所として、毒を混入しなかったと書かれていた。それもそうだ。あの泉は長老と年寄衆の飲み水として利用しているのだから、自分に影響が出るようにするはずがない。
「これがあれば、元長老の罪を追求する事ができるだろう」
そう話すズオウの表情は暗い。仮にも自分の父親である。内心は複雑な思いが渦巻いているはずだ。彼の母親は幼い時に亡くなっている。元長老は唯一の肉親。思うところがあるのだろう。
彼は椅子に座り、無言で本を読み始めた。他の者たちは気を遣い、壁に並んでいる本を見ている。コトハも周囲と同様に棚の本を物色していた。コトハの目の前にある本は、歴代の長老たちが綴った記録のようだ。背表紙にはそれぞれ名前が書かれているのだが、下の方には見たことのある長老の名前もいくつか並んでいた。
いくつかの本を手に取って見ていた、その時。
「コトハ様、これを」
アカネが持ってきたのは一冊の本。渡されたコトハは、無言で頷いて中身を確認する。そう、アカネが見つけた本は、コトハが必要とする情報が載っていたのだ。
これはズオウに見せよう。そう思って彼の方へ向くと同時に、部屋中に響き渡るほどの音が。どうやらズオウが思い切り机に拳を叩きつけたらしい。
「ズオウ様、何かございましたか?!」
慌ててセイキが彼の元へ向かうと、ズオウは眉間に深い皺を刻み唇を噛んでいた。
「……すまない」
彼は音を立てた事を謝罪した後、コトハへと視線を送る。そして――。
「ひとつ君に伝えなくてはならない事が増えた」
そう告げて、ズオウは再度頭を下げたのだった。