翌日、真上にあった陽が傾き始めた頃。
見物に来た者たちは興味津々な表情の者もいれば、どこか不安げな表情の者もいる。特に弐の集落の者は、昨日婚礼の儀に利用していた屋敷から大音がしたこともあり、心配そうな表情だ。
皆の前にズオウが現れる。彼の登場に大衆は言葉を失った。普段であれば、このような場所に現れるのは長老と決まっている。彼は次期長老ではあるが、表舞台に立つ事はあまりないのだ。
周囲は口々に「長老はどうした?」と囁き合う。騒々しさが最高潮になるかならないか……そんな時にズオウが口を開いた。
「皆の者、静まれ。長老代理となったズオウだ」
彼の言葉に全員が息を呑む。聡い者はシヨウが長老でなくなった事を悟ったようだ。広場が静寂に包まれる。
「この度、私が長老代理と名乗った理由は、長老であるシヨウが犯罪に手を染めていたからである! それが昨晩発覚し、シヨウを拘束、そして私が長老代理となった」
ズオウが後ろを振り返る。するとそこにいたのは縄で拘束されたシヨウと側近だった。シヨウは暴れていたのか、きちんと整えられていた髪はボサボサ、目は充血し、ズオウを親の仇であるかのように睨みつけている。一方、側近は生気がない。目は虚ろで、口は開きっぱなし……まるで操り人形のようだ。二人はヘイデリクが逃げないように拘束している。
最前列に置かれていた椅子に座り、この発表を見ていた年寄衆たちはシヨウの変わりように目を剥く。誰かが「長老様……」と呟くと、シヨウはその者をギロリと睨む。睨まれた者は思わず小さな悲鳴をあげていた。
「この者が長老を下された理由は三つある。ひとつ目、巫女姫の追放。偽巫女姫として君臨したエイカという娘の事は皆も覚えているだろう? あの者たちが利用した毒を入手したのは、シヨウであった事が判明した。シヨウはオウリと結託して、巫女姫様を陥れたのだ。そこの者たちと共にな」
ズオウが関係者を睨みつけると、事情を知っている者たちは何かを告げようとしたのか、椅子から立ちあがろうとした。だが、そうは問屋がおろさない。後ろにいたジェフとマリ、イーサンが椅子へと縛りつける。
「我々はそんな事知らない!」
「次期長老様! 我々を嵌めたのですか?!」
「証拠は?! 証拠は、あるのですか!」
ズオウは捕まった者たちを睨みつける。その視線に騒いでいた三人は震え上がり、全員が口を閉じた。
「私は次期長老ではない。長老代理だ……そして、これが証拠だ!」
取り出したのは、あの日記。そしてそれを見たシヨウは大声で叫ぶ。
「何故! 何故それがここに! 隠しておいたはずだ!」
この言葉でそれがシヨウの物だと判明する。ズオウは騒いでいる犯罪者たちには目もくれず、本を開く。そして該当頁を村人たちに見せながら、書かれている内容を口に出す。
シヨウはコトハを追放するために、エイカ親子と手を組んでいた。シヨウが彼らを選んだのはオウリに野心があり、エイカがズオウの婚約者の地位を欲していたため。二人が操りやすかったからだ。コトハを追放する協力をしてくれないか、と告げれば、親子は二つ返事で了承したと言う。
その後、シヨウの命で東方より入手した毒を使用した後、コトハに浄化を行わせた。そして彼女の浄化が効かないと村人たちに周知させたところで、三人の年寄衆が「コトハは偽物ではないか」という噂を流す。その噂が浸透したところで、エイカが巫女姫として名乗りを上げ、祈りを捧げたのだ。ちなみに彼女が祈りを捧げた際にオウリが解毒剤を入れていたのである。
そこからコトハを追放しエイカ、オウリという完全な駒を手に入れたシヨウだったが、彼にとって予想外の事が起こった。穢れが発生したのである。
最初は毒が混入したのではないか、と調査していたシヨウ。だが穢れが目に見え始めてから、その存在を信じざるを得なくなったのである。それを浄化できないエイカの様子を不審に思い始めた村人たちを見て、シヨウは二人を切り捨てる事に決めたのだ。
村人には「エイカたちによって巫女姫が追放された」と責任をなすりつけ、コトハが戻ってきた際には「ズオウと婚姻するために彼女は戻ってきた」と話したのだ。
それ聞いて周囲から悲鳴やら、怒声やらがあちこちから上がった。それはそうだ。村の運営を任されていた年寄衆のうち、追放されたオウリも含めて六名がコトハを陥れたと判明したのだから。
コトハは騒ぎ出した村人たちの様子を見つめる。そんな時に目に飛び込んできたのは、
一連の捕縛劇が終わると、ジェフとマリ、イーサンは捕縛した者をズオウの前へと連れてくる。その者たちが観念して項垂れる姿を一瞥したズオウは、視線を村人の方へ戻した。
「次の罪はアカネの冤罪について、だ」
その言葉で騒々しかった村人たちは一瞬で静かになり、左端に小さくなっていたアカネへと一斉に視線を送る。彼女は居心地の悪さから、みじろぎした。
「彼女は家宝である宝玉を盗んだとされていたが、それは冤罪だった。巫女姫様の潔白を唯一知っている彼女を疎ましく思ったシヨウが、偽証したものだと判明した。そしてそれについてもこの三名が関わっている」
先程と同様にズオウは日記の内容を読み上げる。それによると彼女が家宝を盗んだと冤罪をかけた理由は、もうひとつあったと記されている。それは長老の隠し部屋の扉を見つけてしまった事だ。
アカネの話した通り、彼女は冤罪を押し付けられた後、暗部をけしかけられたそうだ。そして彼女が恐怖を感じるよう、甚振りながら亡き者にするようにと指示を出していたらしい。傷だらけだったのはその命令のせいだったのだ。
全員が口を噤んでいる。
特に先程までアカネへ厳しい視線を向けていた者たちは、バツの悪い顔をしていた。そして一番奥で青褪めているのはウメ。彼女はアカネが罪人だからという理由で、ジェフに色仕掛けをしたり、彼女を蔑ろに扱ったりしていたのだ。顔面蒼白になるのも無理はない。
「そして最後……巫女姫様の両親の殺害」
眉間に皺を寄せて告げるズオウに、村人全員が絶句する。コトハの両親は一人っ子であった彼女を溺愛し、何かがあれば手を差し伸べてくれる優しい人だった事を思い出していた。二人が事故で亡くなった時には、多くの村人が泣いたものだ。
コトハはズオウから伝えられた時の事を思い出す。彼が机を殴った後にその事実を告げられたのだ。彼女は手で顔を覆い、涙に暮れた。そんな彼女の背中をイーサンが優しくさすってくれたのだ。コトハは涙が溢れそうになるのを堪え、目を瞑って静かに耳を傾けた。
「二人の死因は道を踏み外した事による転落死、という話だったが……正確に言えば、長老が仕組んだものだったようだ」
日記の内容によると、山道を登っているコトハの両親に暗部を襲わせ、故意に転落させたという事らしい。しかも事を起こした理由が、コトハの教育の邪魔になるだろうという考えだった。瑕疵もない村人の殺害……その言葉を聞いた村人たちは、言葉を失う。
シヨウは下を向いて、ぶつぶつと何かを呟いていた。その不気味さがまた周囲を怯えさせる。
「以上を踏まえて、この五名には長老代理として刑を命じる。先程捕縛した年寄衆三名は、子孫も含めて未来永劫入村を禁止する追放刑。そして元長老とこの者は……転移陣を利用した追放刑だ」
これについては事前にズオウから相談されており、イーサンたちも了承していた。二人が転移陣に乗って帝国にたどり着いたのであれば、そこで改めて刑を執行しても良い。だが、帝国に来られなかった場合は……どうなるかは星彩神のみぞ知る。
ズオウが口を閉じると、聞こえるのはシヨウの不気味な呟きだけ。あまりにも声が小さく、なんと言っているのかは聞き取れない。そんな彼を無視して、ズオウはこの刑の執行が行われる日を告げた。村始まって以来の歴史的な出来事に、村人全員が息を呑んだ――その時。
「うあああぁぁぁー!」
辺りにシヨウの叫び声が響き渡る。全員が彼に注目する中、シヨウは縛られた両手で頭を抱えてうずくまった。ズオウが慌てて近寄ると、シヨウは苦しんでいるように見えた。「どうした」とズオウが声をかける前に、シヨウは頭を抱えながらよろよろと立ち上がる。そして両手を広げて、彼は顔を上げた。
シヨウの変わりように村人たちは戦慄する。彼の目は限界以上に開かれ、口からは涎がこぼれている。まるで何かに取り憑かれたようなシヨウは、全員の前で大笑いをした。
「もウいい、モういイ、コノむらナドいラナイ……ほロびてしマエバいイ!」
シヨウが首に掛けていた首飾りを地面に思い切り叩きつける。その瞬間、何かが音を立てて割れた。そして現れたのは黒い球体のようなもの。浄化前のみくまりの泉にあった、穢れの球と似ていた。
「あれは……穢れか?!」
「浄化をします!」
コトハは祈りを捧げる。しかし穢れの球は彼女の浄化が届く前にシヨウの身体に吸い込まれていき、一瞬のうちにシヨウは黒い濃い霧の中に包まれて姿が見えなくなってしまった。