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第88話 変化

 何度も浄化をかけても、次から次へと現れる黒い霧にコトハは苦戦していた。まるで繭のようにシヨウを包む霧は、彼女の力では一度に浄化をする事ができないらしい。

 他の者も手をこまねいて見ているわけではなかった。ズオウは脇に挿してあった短刀を手に取り、黒い繭を斬りつける。


「くっ、硬い……! セイキ! 村の者たちをの屋敷へ避難させろ!」


 村人たちは逃げ惑っていたが、ズオウの言葉を聞いて村の入り口まで一目散に向かっていく。

 押し合いへし合いになり、一人の子どもが足を取られて倒れる。周囲はその子を助ける事なく我先にと走り出していた。セイキはその子の元に駆け寄ると、大声で叫ぶ。


「ズオウ様が皆を守ってくださる! お前たちは安心して壱の屋敷に向かいなさい! 走って転んだら大惨事になる! 早足で向かうように!」


 セイキの言葉を聞いて、村人の多くはチラチラとズオウの戦闘姿を見ていた。彼の奮闘に勇気をもらったのか、村人たちは落ち着いてきたらしい。

 彼以外の捕まっていない年寄衆もその言葉で冷静さを取り戻し、セイキから子どもを預かってから村人の誘導に加わった。最後尾の年寄衆たちが入り口を出た頃、罪人であるシヨウ以外の四名はジェフとアカネ、マリによって婚礼儀式を行う屋敷の中へ連れて行かれる。彼らは腰を抜かしていて、壱の屋敷に連れていく事が出来なかったからだ。


 彼らが避難している間も、イーサンとヘイデリク、ズオウの手は止まらない。ズオウはイーサンに先程捕らえた年寄衆から没収した刀の一本を投げて渡し、セイキは誘導前に持っていた刀をヘイデリクに渡していた。

 刀で斬り付けているのは、黒い繭には身体の自由を阻害する効果があるためだ。先立って素手で繭を殴りつけたヘイデリクだったが、黒いもやが彼の手に纏わりついてしまい、思うように腕が動かせなくなってしまったのだ。刀を持っていたズオウとセイキが、二人へと貸したのである。

 繭は金属のように硬いため傷つかない。


「三人で斬りつけてもびくともしないとは……」


 ズオウは眉間に皺を寄せて黒い繭を睨みつけている。


「それ以上にコトハの浄化が効いていないのが驚きだ。あれは本当に穢れなのか?」


 イーサンは首を傾げながらズオウへと尋ねる。


「分からないな。もしかしたら呪術の類かもしれん」

「呪術か……」

「知っているのか?!」


 ズオウはイーサンの反応を見て驚く。ズオウは言ってから思い出したが、呪術の存在を知っているのは、長老の周囲にいる者だけなのだが。


「セイキ殿から聞いた。先程マリさんが呪符で、身動きが取れないようにされていたからな」

「なんだと……!」


 眉間に皺を寄せたズオウ。彼が繭を切り付ける音が心なしか大きくなった。父であるシヨウの暴走を止めるべきだと改めて実感したのだろう。だが、その焦りとは裏腹に、目の前の黒い繭は周囲の穢れらしきものを取り込んでいく。


 そんな中、コトハは一人祈る。今度は自分の身体にある浄化の力を意識して。

 以前と比べて浄化の力を感じるようになったのは、神子としての経験からだ。浄化の力を溜めた彼女は黒い繭へと近づいていく。そんな彼女に気づいたイーサンは、ヘイデリクとズオウの二人に一歩下がるように指示をする。そしてイーサンとコトハの目が一瞬交わったのを合図に、コトハは浄化の力を解放した。


 繭は浄化の光に包まれていく。繭だけでない。それに引き寄せられていた穢れも浄化されていく。しばらくすると浄化を終えたのか……周囲の光は消えていき、漂っていた穢れは一掃された。残ったのは繭を包んだ光。その光もだんだんと弱まっていくが……現れたのはやはり繭だ。

 だが、それは先程よりも色が薄くなっているように思えた。


「いまだ! 斬りつけろ!」


 ズオウの言葉にイーサンとヘイデリクも反応する。そしてズオウが一番に力を込めて斬りつけたその時。


 ――まるで紙を切るかのようにすんなりと刃が通った。


 一瞬目を見開いたズオウは、畳み掛けるように二度三度と刃を入れた。

 それと同時に何かがドサリ、と倒れる音がする。その音と同時に何かが倒れるのを、ヘイデリクの視界に入った。倒れていたのはシヨウ。彼は白目を剥いて倒れていた。微動だにしない彼をヘイデリクは担ぎ上げるが……彼の身体は冷たくなっていた。


 彼は眉間に皺を寄せシヨウを肩に担いだまま、戦線離脱する。ヘイデリクは屋敷の入り口に彼の遺体を置く。それと同時に、現れたのはセイキだった。


「長老は……」


 ヘイデリク首を振る。セイキは目を見開いた後、「そうですか……ありがとうございます」と呟いた。


「俺は行く」

「よろしくお願いします」


 セイキはヘイデリクを見送った後、シヨウを担いで屋敷へと入っていった。



 繭の中に何かがいるのが見えたズオウは、刃を更に奥へと押し込めた。だが、手応えを感じなかったズオウは、一旦繭から離れる。ふと手元を見ると、短刀の刃先が黒く変色していた。ズオウはもう一度中身を斬りつけてみるが、変色が広範囲に広がっていく。

 ズオウは再度その状態で繭を斬ろうと試みるが、刃の黒い部分が斬られた箇所に当たると、修復してしまった。

 それを見たイーサンがコトハへと振り向く。


「コトハ! ズオウの刀に浄化を!」


 黒い部分に向けて彼女が浄化の力を使えば、ズオウの刀は元通りになった。目を見開くズオウ。


「まずは外だ! 外の膜を消すぞ!」


 イーサンの言葉にズオウと戻ってきたヘイデリクは首を縦に振る。全員で斬りつけたその時、ズオウの刀が淡く光り……斬りつけた部分が砂のようになって消えていく。

 それを見たイーサンとヘイデリクは、コトハへと顔を向ける。二人に視線を送られたコトハは、二人に向けて祈りを捧げた。


 祈りを捧げられた二人は、すぐに参戦する。イーサンが繭を斬りつけようとしたその時、胸にかけていた蒼玉がほんのりと温かくなった。左手で蒼玉に触れ、右手で刃を入れる。するとズオウやヘイデリクに比べると大きめの穴が開いた。


「やはりこれが……皆、一旦離れてくれ!」


 そう告げたイーサンにヘイデリクは無言で離脱する。ズオウは訝しげに眉を寄せた後――。


「任せてもいいんだな?」

「ああ」


 その言葉で一歩後ろへと下がった。


 イーサンは蒼玉を握りしめ、繭の上下、左右に大きく斬りつける。すると、繭が大幅に浄化されたため、中にいた者が姿を現した。


「なんだ、あれ……?」


 ズオウは呆然と現れたモノを見ていた。

 例えるなら、みくまりの泉にあった穢れの塊に似ているだろうか。だが、それと違うのは……何かの姿をとっているという事。ソレはよく見ると人間のような造形をとっている。肩より下は脚があり身体に二本の手もある。

 だが異様だったのは、顔だ。頭らしきものが二つあるのである。そして頭の形が人間とは少々違っているのだ。

 そう、まるで……。


石竜子せきりゅうし様のような……」


 ズオウが呟く。かの怪物はまさに石竜子トカゲのような頭と眼らしきものを持っていた。彼の手が震える。イーサン、ヘイデリクも不気味なその物体を見て、眉間に皺を寄せた。


「下半身は人の形をとり、上半身は石竜子の形をとっているのか……?」


 まるで煙のようにゆらゆらと揺れている姿が、更に不気味に見える。

 最初は呆然としていた三人だったが、ふと刃がキラキラと輝くのを見て、我に返った。


「再度浄化をしたわ! あれを浄化する力を練るのは、少々時間がかかりそう……協力してくれるかしら?!」

「……ありがとう」


 眉尻を下げて彼女を見つめるズオウ。そしてヘイデリクは無言で頷き、黒の怪物へ斬りかかっていくのだった。

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