何度も浄化をかけても、次から次へと現れる黒い霧にコトハは苦戦していた。まるで繭のようにシヨウを包む霧は、彼女の力では一度に浄化をする事ができないらしい。
他の者も手をこまねいて見ているわけではなかった。ズオウは脇に挿してあった短刀を手に取り、黒い繭を斬りつける。
「くっ、硬い……! セイキ! 村の者たちを
村人たちは逃げ惑っていたが、ズオウの言葉を聞いて村の入り口まで一目散に向かっていく。
押し合いへし合いになり、一人の子どもが足を取られて倒れる。周囲はその子を助ける事なく我先にと走り出していた。セイキはその子の元に駆け寄ると、大声で叫ぶ。
「ズオウ様が皆を守ってくださる! お前たちは安心して壱の屋敷に向かいなさい! 走って転んだら大惨事になる! 早足で向かうように!」
セイキの言葉を聞いて、村人の多くはチラチラとズオウの戦闘姿を見ていた。彼の奮闘に勇気をもらったのか、村人たちは落ち着いてきたらしい。
彼以外の捕まっていない年寄衆もその言葉で冷静さを取り戻し、セイキから子どもを預かってから村人の誘導に加わった。最後尾の年寄衆たちが入り口を出た頃、罪人であるシヨウ以外の四名はジェフとアカネ、マリによって婚礼儀式を行う屋敷の中へ連れて行かれる。彼らは腰を抜かしていて、壱の屋敷に連れていく事が出来なかったからだ。
彼らが避難している間も、イーサンとヘイデリク、ズオウの手は止まらない。ズオウはイーサンに先程捕らえた年寄衆から没収した刀の一本を投げて渡し、セイキは誘導前に持っていた刀をヘイデリクに渡していた。
刀で斬り付けているのは、黒い繭には身体の自由を阻害する効果があるためだ。先立って素手で繭を殴りつけたヘイデリクだったが、黒い
繭は金属のように硬いため傷つかない。
「三人で斬りつけてもびくともしないとは……」
ズオウは眉間に皺を寄せて黒い繭を睨みつけている。
「それ以上にコトハの浄化が効いていないのが驚きだ。あれは本当に穢れなのか?」
イーサンは首を傾げながらズオウへと尋ねる。
「分からないな。もしかしたら呪術の類かもしれん」
「呪術か……」
「知っているのか?!」
ズオウはイーサンの反応を見て驚く。ズオウは言ってから思い出したが、呪術の存在を知っているのは、長老の周囲にいる者だけなのだが。
「セイキ殿から聞いた。先程マリさんが呪符で、身動きが取れないようにされていたからな」
「なんだと……!」
眉間に皺を寄せたズオウ。彼が繭を切り付ける音が心なしか大きくなった。父であるシヨウの暴走を止めるべきだと改めて実感したのだろう。だが、その焦りとは裏腹に、目の前の黒い繭は周囲の穢れらしきものを取り込んでいく。
そんな中、コトハは一人祈る。今度は自分の身体にある浄化の力を意識して。
以前と比べて浄化の力を感じるようになったのは、神子としての経験からだ。浄化の力を溜めた彼女は黒い繭へと近づいていく。そんな彼女に気づいたイーサンは、ヘイデリクとズオウの二人に一歩下がるように指示をする。そしてイーサンとコトハの目が一瞬交わったのを合図に、コトハは浄化の力を解放した。
繭は浄化の光に包まれていく。繭だけでない。それに引き寄せられていた穢れも浄化されていく。しばらくすると浄化を終えたのか……周囲の光は消えていき、漂っていた穢れは一掃された。残ったのは繭を包んだ光。その光もだんだんと弱まっていくが……現れたのはやはり繭だ。
だが、それは先程よりも色が薄くなっているように思えた。
「いまだ! 斬りつけろ!」
ズオウの言葉にイーサンとヘイデリクも反応する。そしてズオウが一番に力を込めて斬りつけたその時。
――まるで紙を切るかのようにすんなりと刃が通った。
一瞬目を見開いたズオウは、畳み掛けるように二度三度と刃を入れた。
それと同時に何かがドサリ、と倒れる音がする。その音と同時に何かが倒れるのを、ヘイデリクの視界に入った。倒れていたのはシヨウ。彼は白目を剥いて倒れていた。微動だにしない彼をヘイデリクは担ぎ上げるが……彼の身体は冷たくなっていた。
彼は眉間に皺を寄せシヨウを肩に担いだまま、戦線離脱する。ヘイデリクは屋敷の入り口に彼の遺体を置く。それと同時に、現れたのはセイキだった。
「長老は……」
ヘイデリク首を振る。セイキは目を見開いた後、「そうですか……ありがとうございます」と呟いた。
「俺は行く」
「よろしくお願いします」
セイキはヘイデリクを見送った後、シヨウを担いで屋敷へと入っていった。
繭の中に何かがいるのが見えたズオウは、刃を更に奥へと押し込めた。だが、手応えを感じなかったズオウは、一旦繭から離れる。ふと手元を見ると、短刀の刃先が黒く変色していた。ズオウはもう一度中身を斬りつけてみるが、変色が広範囲に広がっていく。
ズオウは再度その状態で繭を斬ろうと試みるが、刃の黒い部分が斬られた箇所に当たると、修復してしまった。
それを見たイーサンがコトハへと振り向く。
「コトハ! ズオウの刀に浄化を!」
黒い部分に向けて彼女が浄化の力を使えば、ズオウの刀は元通りになった。目を見開くズオウ。
「まずは外だ! 外の膜を消すぞ!」
イーサンの言葉にズオウと戻ってきたヘイデリクは首を縦に振る。全員で斬りつけたその時、ズオウの刀が淡く光り……斬りつけた部分が砂のようになって消えていく。
それを見たイーサンとヘイデリクは、コトハへと顔を向ける。二人に視線を送られたコトハは、二人に向けて祈りを捧げた。
祈りを捧げられた二人は、すぐに参戦する。イーサンが繭を斬りつけようとしたその時、胸にかけていた蒼玉がほんのりと温かくなった。左手で蒼玉に触れ、右手で刃を入れる。するとズオウやヘイデリクに比べると大きめの穴が開いた。
「やはりこれが……皆、一旦離れてくれ!」
そう告げたイーサンにヘイデリクは無言で離脱する。ズオウは訝しげに眉を寄せた後――。
「任せてもいいんだな?」
「ああ」
その言葉で一歩後ろへと下がった。
イーサンは蒼玉を握りしめ、繭の上下、左右に大きく斬りつける。すると、繭が大幅に浄化されたため、中にいた者が姿を現した。
「なんだ、あれ……?」
ズオウは呆然と現れたモノを見ていた。
例えるなら、みくまりの泉にあった穢れの塊に似ているだろうか。だが、それと違うのは……何かの姿をとっているという事。ソレはよく見ると人間のような造形をとっている。肩より下は脚があり身体に二本の手もある。
だが異様だったのは、顔だ。頭らしきものが二つあるのである。そして頭の形が人間とは少々違っているのだ。
そう、まるで……。
「
ズオウが呟く。かの怪物はまさに
「下半身は人の形をとり、上半身は石竜子の形をとっているのか……?」
まるで煙のようにゆらゆらと揺れている姿が、更に不気味に見える。
最初は呆然としていた三人だったが、ふと刃がキラキラと輝くのを見て、我に返った。
「再度浄化をしたわ! あれを浄化する力を練るのは、少々時間がかかりそう……協力してくれるかしら?!」
「……ありがとう」
眉尻を下げて彼女を見つめるズオウ。そしてヘイデリクは無言で頷き、黒の怪物へ斬りかかっていくのだった。