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第90話 宝玉の力

 最初に頭の中へと響いてきた声に気がついたのは、壱の屋敷へ向けて避難していた兄妹だった。妹は途中で合流した父に肩車をされている。早い速度で歩いたからか、遠くに壱の屋敷が見えていた。山道を上りきり避難していた人々が平坦な場所に辿り着いたところで、兄妹二人はふと空を見上げる。

 不可思議な二人の様子に、途中で子ども達と合流した父親が訝しげな顔をした。


「二人ともどうした? 立ち止まると危ないから歩きなさい」

「あ、ごめんなさい」


 男の子は謝罪し歩き始めたが、首を捻っている。そんな時、妹が父親に話をした。


「あのね、なんか、女の人の声が聞こえたの」

「俺も。祈りを捧げてくださいって……」

「そんな声は――」


 父親が兄妹の話を否定しようとした時、また声が頭の中に響く。その声は兄妹の父親にも届いたらしい。


「聞こえた……」

「お父さんも、聞こえた?」

「俺も聞こえた!」


 三人の話が耳に入ったのか、周囲からも「聞こえた」という声が上がる。そして口々に話し出した。


「祈りを捧げて欲しい、と言っていたな」

「ズオウ様とコトハ様、あとこちらに転移してきた方が怪物と戦ってくださっているみたいね」

の集落に向けて祈りを捧げて欲しい、と声は言っていたな」

「声は『皆の協力がコトハ様を助ける力になる』と言っていた。祈るだけなら俺たちもできる……」

「それが助けになるのなら……!」


 その言葉が避難してきた者たちに伝播し、いつの間にかほぼ全ての者が弐の集落へ向けて祈りを捧げていた。最初は屋敷に入らず外で祈りを捧げている者たちを誘導していた年寄衆だったが、ここまで来れば大丈夫だろうと判断し、村人と共に祈りを捧げる。


 言葉を聞いたのは、避難した者たちだけではない。五ッ村の全ての集落の村人たちにこの声は届いていた。まるで声に導かれたかのように各々祈りを捧げていく。

 店番をしていた者たちも、畑を耕していた者たちも、水を汲みにきていた者たちも、遊んでいた子どもたちも……そして療養中の者たちも。全ての者が手を止めての集落の方向へと祈りを捧げた。




 怪物が手を振り上げた時。

 コトハの頭の中では「逃げろ」と警鐘が鳴っているが、足がまるで縫い付けられたように動かない。祈りも間に合わず、思わず目を瞑る。

 だが意に反して、何か起こる様子はなかった。恐る恐る顔を上げると、そこにあったのはイーサンの顔だ。

 彼はコトハの危険を察知し、持っていた短刀を手放した。そして怪物とコトハの間に割り込んで、助けたのだ。イーサンの背には怪物の手のようなものがくっついている。


「イーサン!」


 すぐに彼がコトハを庇ったのだと理解する。彼女は慌ててイーサンへと祈りを捧げた。すると一瞬手のようなモノにイーサンの全身は包まれたかと思えば、それが一瞬にして消えていく。

 怪物は浄化の力を嫌ったのか、先程の場所まで戻っていった。ヘイデリクとズオウが元の位置に戻ってきた怪物と睨み合う。


 それを見て、コトハは顔色の悪いイーサンへ駆け寄ろうとした。だがイーサンがそれを止める。


「コトハ! 来るな! まだ全て浄化されたわけでは――」


 イーサンは言葉を言い終わる前に倒れた。そして倒れた彼の首元や額に黒い線のような模様が現れる。近くに寄ったコトハが何度も名前を呼ぶが、ぴくりとも動かない。

 何度も何度も浄化の力をイーサンにかけるが、彼の身体についた模様は消える事なくついたままだ。


「イーサン? イーサン……! ねえ、目を開けて?!」


 コトハが直に触れようとすると、先刻の怪物の手のようなものが現れる。コトハはすぐにそれを浄化するが、何度浄化しても黒い手は現れるのだ。

 イーサンの顔は段々青白くなっていく。その姿を呆然と見つめていたコトハ。そんな彼女へと大声で叱責した者がいた。ズオウだ。


「聞け! 巫女姫! こいつを助けたいなら、あの化け物を倒せ! もしこれが何らかの呪術であれば……呪術は発動者を倒せば解除されるはずだ! そこで惚けているだけでは助けられない!」


 ズオウの言葉でコトハは我に返った。そう、あの怪物を倒す事ができるのは、浄化の力。自分がしっかりしなければ、イーサンは助けられないのだ。

 コトハはイーサンに再度浄化の力をかけた後立ち上がる。すると三人の男性が怪物と対峙していた。


 一人はズオウ、もう一人はヘイデリク。そして三人目は……。


「イーサン様の仇!」


 鬼の形相で叫びながら、ジェフが怪物へと斬りかかっていた。そしてすぐに横から「コトハ様」と声がかかる。そこにいたのは、赤い宝玉と強い瞳を持つアカネ。

 彼女の持つ赤い宝玉は、ほんのりと光を纏っている。それよりも驚いた事は、その赤い宝玉にほんのりと浄化の力が宿っている事だ。


「コトハ様、私、思い出したのです。星彩神様からお告げをいただいていた事を……」


 アカネもこの宝玉内に宿っている力が、浄化の力である事を理解していた。コトハはアカネと視線が交わる。彼女の瞳に勇気づけられたコトハは、右手で蒼玉を握りしめた後、左手はアカネへと差し出した。


「アカネ、一緒にイーサンと、村を救いましょう」

「……はい!」


 アカネとコトハの手が合わさった時……二人が光り輝いた。



 二人は祈りながら怪物へ向かって歩いていく。怪物は顔をコトハとアカネへと向けるような仕草をした。その光の強さに驚異を感じたのか、隙を見て黒い触手のようなものを二人に向けて放つ。

 しかしコトハとアカネの放つ光にかき消されていく。怪物は焦りを感じたのか、二人に攻撃を仕掛けようとしたが、そうは問屋が卸さなかった。男性三人組の攻撃が更に激しくなり、怪物はコトハたちに集中する事ができない。


 その間にも二人は浄化を行うために近づいていく。そして怪物まで後数歩の位置で、コトハとアカネは同時に足を止めた。

 アカネの宝玉には、どこからか現れる白い光の粒のようなものが集まり、吸い込まれていく。宝玉に光が吸い込まれれば吸い込まれるほど、宝玉の光が強く光っていった。

 その光が、村人一人一人の祈りの塊なのだ。一人の浄化の力はほんの僅か……豆粒ほどの大きさではあるが、塵も積もれば山となる。いつの間にか宝玉は強い光を帯びていた。


 アカネの目が開く。その瞳はコトハを捉えていた。アカネはコトハと視線が交わると首を一度縦に振り、持っていた宝玉をコトハの目の前に差し出す。


「こちらもお使いください」

「……ありがとう、アカネ」


 コトハはアカネの持つ宝玉に左手を乗せた。そして右手は蒼玉を握りしめる。すると今までにないほどの浄化の力が彼女の身体を駆け巡っていく。

 それと同時に宝玉に込められた村人一人一人の祈りが、彼女に伝わってきた。

 コトハの浄化の力、宝玉によって浄化の力に変わった村人たちの祈り。それらを増幅する事ができる蒼玉。彼女の事を心から信頼しているアカネの存在。そして最後に、身体を張って助けてくれたイーサンを助けるため……コトハは今持てる全ての力を怪物にぶつけるため、祈りを捧げる。

 何度も浄化の力を使っている事もあり、身体が重い。だがイーサンを助けるためにも、村を救うためにも、ここで自分が立ち止まってはいけない。


 膨大な浄化の力を解放する前に、コトハは怪物へと鋭い視線を送った。怪物は強大な浄化の力に逃げようと隙を窺っている様子だったが、三人が休む暇なく襲ってくるために、身動きが取れないようだ。

 コトハは怪物を見据え、呟いた。


「浄化の力よ、この者を救いたまへ」


 その瞬間、コトハの身体は真っ白い光に包まれる。そしてその光はすぐに三人と怪物の身体を飲み込んでいった。

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