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第七章 旅の終わり

第92話 後始末

 目を覚ましたイーサンとコトハの様子を見ていたズオウ。そんな彼の隣に現れたのは、暗部の一人だった。壱の屋敷に避難している者たちの今後について確認に来たのだという。

 怪物は討伐したが、の集落が穢れで汚染されている可能性がある。コトハの様子を見てからではあるが、彼女に集落を浄化してもらうまでは、壱の屋敷へと避難したままでいるよう、伝える。


 後は、ここにいる者たちを休ませるべきだろう。そう判断したズオウは、コトハたちにも壱の屋敷に来て休むように伝えた。


 翌日、疲れからか普段よりも遅く起きたコトハ。一晩休んだからか浄化の力も大分戻っているようだ。弐の集落の者たちに早く普段通りの生活に戻れるよう、彼女は弐の集落に行くとズオウに告げる。

 彼はコトハの身体を心配していたが、「大丈夫」と言う彼女の意見を尊重し、浄化をお願いする。彼としても浄化は早ければ早いほどありがたいからだ。


「分かった。浄化は巫女姫様に任せよう。セイキとイーサン殿は彼女に付いていってくれ」

「イーサン殿はともかく……私でよろしいのですか?」

「ああ。俺は俺でやる事があるからな」


 ズオウはセイキへと顔を向ける。その瞳は真剣だ。


「……まずは隠し部屋内の本の内容を把握しようと思ってな。特に今一番知りたいのは、巫女姫の浄化の力以外で穢れを浄化する方法があるかどうか、だ」


 その場にいた全員が目を丸くしてズオウを見た。驚きの視線にさらされたズオウは苦虫を嚙みつぶしたような表情で話す。


「……以前、イーサン殿に言われただろう? 『巫女姫は道具ではない』と」


 確か転移陣に乗る前の話だ。イーサンは「覚えている」と一言告げる。するとズオウはまるで懺悔するかのようにポツポツと話し始めた。


「あの時は『巫女姫が道具でない事なんて、当たり前だ。人として扱っているに決まっている』と思っていたが……俺たちは確かに道具のように巫女姫様を扱っていた。シヨウたちの計画とはいえ、あの時我々は巫女姫様を要らないと判断し切り捨てたのは事実だ」


 コトハはあの異様な光景を思い出す。


「正直な話、一度村から追放されたのに転移してまでこの村を助けてくれたのは、巫女姫様の慈悲だと思っている。正直、俺も含めてこの村の者が巫女姫の立場に立った時……この村を助けようと奮闘する者が何人いるだろうか、と思ってな」

「貴方、本当に変わったのねぇ……」


 思わず呟いたマリは慌てて口を抑える。流石に失礼だと思ったのだろう。だがズオウは怒りを露わにすることもなく、冷静に話し続けた。


「ああ、マリ殿の言う通りだ。変わった、と言うよりは……正常な思考ができるようになった、と言うべきか」


 ズオウが言うには、今までは頭の中にもやがかかっていたような状態だったらしい。それが晴れたのだとか。きっとその状態が軽い精神操作の呪術にかかっている状態だったのだろう。


「それと……これから先の事も考えなければ。我々は巫女姫様に頼り過ぎていた事を実感した。巫女姫様がいない事を考えて、浄化の手段は他にないのかと考えるべきだ。俺は今のところ、長老代理の立場なのだから、村を守るために対策を立てる必要がある」


 その言葉を聞いて、コトハは幼い頃のズオウを思い出す。シヨウたちが天岩戸あまのいわと国へと報告に向かった時、一度だけ二人で屋敷を抜け出した事がある。屋敷に残っている人が少ない事もあり、彼らに見つかるまでみくまりの泉で色々と話していた。

 そんな時、彼は言っていたのだ。


「僕は父上のように、村をより良くしていくんだ!」


 ズオウは当時から村人に慕われている父を尊敬していたし、彼自身も村に尽くしたい、という気持ちを持っていた。人一倍村を大切にする、責任感のある人。そんな幼い頃の姿が垣間見え、コトハは少し嬉しく思った。

 少しだけ表情が柔らかくなったコトハに気づくイーサン。ズオウが自分を取り戻した事を嬉しく思う気持ちはあるが、コトハに優しく微笑まれる彼を羨ましく……いや、嫉妬して見ていた。

 そんな二人の胸中など知らないズオウは、コトハへと顔を向ける。


「巫女姫様、君がいなくても穢れの浄化ができる方法はないだろうか。知っていたら教えてほしい」


 真剣な瞳でコトハを見るズオウに、彼女は笑いかけた後、「もちろん」と告げて頷いた。



 現在、ズオウ、ヘイデリク、マリ、アカネとジェフの五名は隠し部屋へと足を運んでいた。

 コトハ曰く、歴代の長老は巫女姫の浄化の力以外にも、浄化する手段を知っていたと言う。星彩神からその話を教えてもらったと聞き、目を丸くしたが。そもそも、それが書かれていそうな本を、以前アカネが見つけていた。そのため、弐の集落の浄化を行うコトハたちと方法を調べるズオウたちの二手に別れたのである。


「あ、ありました……!」


 アカネが手にしていた一冊の本。以前見た時は、本棚の一番端に入っていたため少し埃をかぶっていた。


「この本の中に……穢れを浄化する方法らしきものが書かれておりました」

「読んでみよう」


 ズオウがアカネから本を受け取る。そして椅子へと座り、本を開いた。読み始めようとしたその時、マリがズオウに声をかける。


「私たちは他の本を見てみても良いかしら?」

「ああ、本の内容は他言無用で頼む。それさえ守ってくれるなら良いだろう……いや、そもそもお前たちは読めるのか?」

「問題ない。アス……いや、星彩神様の加護をいただいているからな」

「まあ、読めるならいい」


 ズオウは目の前の本に集中し、他の者たちは各々気になる本の頁をめくっていた。


 一方その頃、コトハたち浄化班は弐の集落へとたどり着く。うっすらと漂う穢れを見つけて、コトハは浄化を行う。最初は空が澱んでいるように見えた。だが浄化を行うと、空は美しい青色へと戻っていく。澄んだ青空からコトハは元気をもらい、集落内の浄化をどんどん行なっていった。

 イーサンとセイキはその後ろを静かについてくる。セイキは彼女がいつも通りに浄化の力を使うので、身体が大丈夫なのだろうかと心配で少々狼狽えていたが……イーサンが「顔色も良いし問題ない」と告げてからは、落ち着いたようだ。


 調子良く浄化の力を解放できたこともあり、太陽が真上へと登る前に、井戸内の水や集落の近くにある畑なども浄化し終える事ができた。三人は弐の集落の浄化を終えたと伝えるために、壱の屋敷にたどり着いたその時。


 神社へと続く階段から、真っ青な顔でこちらへ向かってくる女性がいた。その顔は恐怖で引き攣っている。そしてコトハを見ると、彼女の腕にしがみついた。


「どうしたの?」

「こ、こ、コトハさまぁ……も、物音が……」


 震える彼女をなんとか宥め、話を聞く。彼女は弐の集落から避難していた一人で、手持ち無沙汰だったからと神社の掃除を買って出ていたそうだ。竹ぼうきで境内を掃いていたのだが、ふと宝物庫の入り口に石竜子せきりゅうしがいたらしい。


「石竜子様がじーっと宝物庫の扉を見ていたので、気になって私も近寄ったのですが……その時に扉の中からガタガタと音が聞こえて……」


 血の気が引いた表情で震える彼女に、セイキが首を捻った。


「おかしいですね。宝物庫の中に動く物は置かれていないはずですが……」

「そうお聞きしていたのですが! 何故か、音が聞こえたのです! 私、怖くて怖くて……」


 青褪めている彼女をさすりながら、コトハはセイキに話しかける。


「セイキ様、見に行きましょう」

「そうですね。彼女の話が本当であれば、盗人の可能性もあります……ズオウ様にも伝えてから向かいましょう」


 セイキが屋敷へと振り向くと、丁度そこにはズオウの姿が見えた。


「ズオウ様!」

「話は聞こえていた。宝物庫に向かうぞ」


 ズオウと共にいたのは、マリとヘイデリクだった。アカネとジェフは隠し部屋で他に浄化に関する本がないかを確認しているそうだ。セイキの指示で他の使用人が、ヘイデリクとイーサンの護身用の短刀を持ってくる。彼らがそれを受け取った後、一行は宝物庫へと向かったのだった。

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