一行は宝物庫にたどり着く。入り口には先程の女性が話していた通り、
「あら、この子以前訪れた時にいた……とかげさんじゃない?」
「マリさんの言う通りですね。ここに住み着いているのかもしれません」
コトハとマリが話していると石竜子はこちらを向いた後、背を向けて去っていく。それと同時に、建物の中から何かを叩く音が聞こえた。一行は口を継ぐむ。そして静かに宝物庫へ近づくと、ズオウはお札のようなものを懐から取り出し扉へと近づけた。
扉に触れるかどうかのところで、膜のようなものが現れる。それにお札が触れると、膜はスッと消えていった。すぐにズオウは扉の取手に手をかけ、親指の爪ほどの隙間を開ける。そして恐る恐る中を覗いた。
ズオウは右側で見守っていた五人へと視線を送ってから、首を横に振る。立ち上がって扉を開いた彼は、宝物庫の奥へと入っていったその時。
「……ぉーぃ……」
彼の耳にかすかに人の声が聞こえた。ズオウは周囲を見回して、声の出所を探す。
「……こ……こ……」
「あれか!」
奥に置かれている大きな箱。その中から声が聞こえている。ズオウは入り口で待機していた男性たちへ顔を向けた。
「皆! 力を貸してくれ!」
「承知しました!」
「ああ!」
ヘイデリクは無言で頷き、イーサンの後ろについてズオウの元へ行く。定位置についた四人は木箱の蓋を持ち上げようと力を入れた。木箱の蓋は重く、四人がかりでやっと持ち上がる。
そして完全に蓋を開くと……一人の女性が、上半身を起こして伸びをした。身体がほぐれたのだろう、彼女は両手を下ろしてから呆然としている者たちに声をかける。
「ありがとう! 助かったわぁ……。ずっとここに閉じ込められっぱなしかと思って……流石の私でも食事しないと生きられないもの」
満面の笑みで話す彼女に、イーサン、マリ、ヘイデリクの三人は首を傾げる。この女性は誰なのか、何故この箱の中にいたのか……尋ねたい事は色々あるのだが、それよりもズオウやセイキ、そしてコトハの驚きを隠せない表情を見て成り行きに任せる。
そんな彼に気づいたのか、女性は「あら?」と彼に顔を向けた。
「貴方、若い時のシヨウ様にそっくりね....? んー?」
首を傾げながらズオウをじっと見つめる女性。イーサンは彼女の顔を見て、誰かに似ていると感じた。そう、目の前にいるズオウと顔立ちが似ているような――。そう考えていたイーサンは、ズオウの言葉で我に返った。
「貴女はもしかして……母上ではありませんか?」
「……えっ?!」
マリが思わず声を上げる。イーサンは二人が親子だという言葉で、彼女がズオウに似ているのだと理解した。よく見ると、目元と雰囲気が瓜二つ。だが、それに異を唱えたのはセイキだった。
「確かに姿はキッカ様ですが……キッカ様は葬送をされております! その時は私も立ち会っておりましたから……」
「だが、セイキ。あの姿は母上そのものではないか?」
「……仰る通りですが……」
そうズオウとセイキが二人で話していると、女性が首を傾げて話し出す。
「証明できるものは何もないけれど……私はキッカ。長老であるシヨウ様の妻よ。ちなみにここはどこかしら? 気がついたらこの箱の中に入れられていたみたいなの……」
「ほ、ほんとうに、キッカ様ですか……?!」
「ええ、キッカだけれども?」
不思議そうな表情でセイキを見る彼女は「何を当たり前な事を」と言わんばかりの表情でセイキを見た。そこから無言の時間が続く。誰も言葉が発せない状況、それを打ち破ったのは彼女の……お腹の音。
『ぐうー』
彼女はバツが悪そうな表情で話す。
「ごめんなさい……お腹が空いているようなの。食事をいただけるかしら……?」
手の平を合わせて顔の前で「お願いっ」と彼女が可愛く頼む。最初ズオウは眉間に皺を寄せていたが、ひとつため息をついてから「付いて来てください」と背を向ける。料理人に食事を作るようセイキに言伝をお願いしたズオウは、キッカと名乗る女性を屋敷へと連れていく事にした。
「むふー! 美味しい! 美味しいわぁー! 空っぽの胃に染みるわねぇ〜」
茶碗に入っている卵粥がどんどん無くなっていく。もう既に何杯お代わりしただろうか。細い身体に見合わない食べっぷりに、全員が目を丸くして彼女を見ていた。勿論そのお粥を作った料理人も、である。彼女の食事の様子を見たマリが「まるでわんこ蕎麦ね……」と呟いたほど。
ガタイの良い料理人の肩幅ほどある鍋で作った卵粥を食べ尽くすまでそれは続く。
しばらくして食べ終えた彼女は、おしぼりで口を拭きながら「いただきました」と料理人に感謝をした。食べ終えた皿を料理人が下げると、先程の者たちだけが残る。
お腹が満たされて満足そうな女性に、ズオウが話しかけた。
「ご満足いただけましたか?」
「ええ! 美味しかったわ!」
ありがとうとお礼を告げる彼女にズオウは応えると、女性は「そう言えば」と話を切り出した。
「シヨウ様はいらっしゃらないのかしら? あそこに入った記憶は無いし、目覚める前の記憶も曖昧なのよ……何故私があそこに居たのか、知りたくて」
その言葉に一瞬目を見開いたズオウだったが、すぐに真剣な表情へと変わる。
「それは今からお話しいたします……名乗っておりませんでしたが、私はズオウと申します。現在長老代理として五ッ村を治めております。前長老であるシヨウは……数日前に亡くなりました」
「長老代理……?」
驚きから目をぱちくりさせる彼女。そしてズオウが口をつぐんだ後、セイキが話を続けた。
「現在ズオウ様は二十歳でございます。キッカ様はズオウ様が九歳の時に葬送をされています……つまり十一年前に病気で亡くなられております」
「え? 私が葬送を……?」
目の前の女性も状況が理解できていないようだ。それもその筈。目が覚めたら十二年後で、自分が死んでいると聞かされたら……誰だってそう思うはず。ズオウはふと何かを見落としているのでは、と考えたその時。
「お、お話のところ、失礼いたします……! アカネです!」
アカネは息が荒く、声が上擦っていた。ズオウは彼女に、部屋へと入るように伝えるとアカネは扉を開けて入ってくる。肩で息をしているところを見ると、慌ててやってきたのだろう。
「アカネか、何かあったか?」
「こ、こちらをご覧ください!」
アカネが差し出したのは一冊の本。差し出されたのは、最後の頁だった。ズオウはアカネから本を受け取り、内容を確認する。するとそこに書かれていたのは、今の状況を裏付けるものだった。
その部分を読み終えたズオウは、眉間には皺が寄ったままだ。彼はセイキへと本を手渡し、セイキは無言で目を通す。その間にズオウは頭が混乱しているであろう女性に声をかけた。
「母上。ご無事で何よりです」
「……貴方はズオウ……なの?」
「はい。息子のズオウです」
そして二人は、セイキが読み終えるまで、見つめ合った。
「母上はシヨウによって長い眠りについていたようだ」
ズオウが言うには、
「ええ、覚えているわ。天岩戸国から帰って来たシヨウ様の様子がおかしい気がしてね……特に巫女姫であるコトハちゃんの扱いが酷くなっていくのを見てられなかったのよ。それについて一度口にした事があるわ。まさかそれが切っ掛けで呪術をかけられるなんて……」
仮にも夫だった者に、「邪魔だから」と眠りにつかされた彼女の思いは、想像がつかない。誰もが口を開けないままでいると、先程まで難しい表情をしていたキッカが両手をあげて伸びをした。
「まあ、起きてしまった事は仕方ないわね! あのまま目が覚めないで、一生を終えていた可能性もあるのだから、目覚めた事に感謝しないと。それに……成長したズオウに会えたんだもの。第二の人生だと思って楽しむわ!」
あっけらかんとした表情でそう告げるキッカに、周囲は目を見開いた。