五ッ村で祭りと呼ばれるのは、秋に行われる
妙音大社で楽隊が星彩神へ音楽を捧げると聞いて、舞を踊らせてほしい、とコトハは頼み込んだ。彼女にとってこれが星彩神へ捧げる最後の舞。感謝の気持ちを伝えたい、と思ったのだ。最初彼女の提案に狼狽えていたセイキとズオウだったが、最終的に彼女の熱意に押され了承した。
その話を聞いたアカネとキッカが、太鼓と笛を! と手を上げた事もあり、彼女は舞殿で踊ることとなった。ちなみに驚かせたいと思ったので、イーサンたちには秘密である。
祭り当日。
コトハたちは
「折角のお祭りだもの。個人で回るのはどうかしら? 今なら村も安全でしょう? コトハさんはイーサン様と、アカネさんはジェフくんと回ったらいいと思うのだけど……」
その提案にいち早く声を上げたのは、ジェフだった。
「え! いいんすか! 僕としては願ってもない事なんですけど……!」
そう言ってジェフはイーサンへと顔を向ける。彼はしばらく考え込んでいたが、「良いだろう」と呟いた。
「流石イーサン様! 分かってらっしゃる!」
「煽てても何も出ないぞ、ジェフ」
大喜びするジェフを見て、コトハは微笑ましい気持ちになる。後ろにいるアカネを見ると、彼女の頬もほんのり赤くなっていた。コトハは彼女の耳元で囁く。
「ジェフさんと楽しんできてね」
アカネは顔を真っ赤にした後、優しく微笑んでいるコトハに言う。
「コトハ様も……で、デートを楽しんできてください……」
その言葉を聞いてコトハも頬を染めたのは言うまでもない。
マリとヘイデリクは
二組を見送った後、アカネとジェフは
その事に少し安堵していると、アカネのお腹が小さく鳴った。
「あ、アカネ。僕、お腹すいちゃった。店で何か買って食べない?」
アカネのお腹の音が鳴った直後なのだ。彼はきっと音が聞こえたに違いない。きっと自分に気を遣ってくれているのだろう、とアカネは思う。
「えっと……良いの? ジェフは行きたいところとか……ない?」
お腹は空いているけれど、途中で購入して何か食べれば良いのだ。それよりもジェフが行きたいところに行かせてあげたい、とアカネは思う。彼はここに初めてきたのだから。
ジェフは目をぱちくりとさせてアカネを見る。そして彼女が心を砕いてくれた事に気づいて微笑んだ。
「ありがとう。でも僕はアカネと一緒にいれるだけで楽しいから……良かったら、アカネが行きたいところに連れていってよ」
満面の笑みで告げるジェフに、彼女は言葉の意味を理解して顔が紅潮した。
アカネは
道の横には水路が引かれているからか、一応ところどころに小さな明かりは灯されているようだ。それでも暗いので、アカネは購入していた手提灯に火をつけて、道を明るく照らした。
途中で左に曲がると、たどり着いたのは湖のほとりのようだ。桟橋もある。アカネは桟橋の端に腰をかけ、ジェフもその隣に腰掛ける。アカネは足をぶらぶらさせながら話し始めた。
「あたし、四歳までは
申し訳なさそうに話すアカネに、ジェフは首を振る。
「なんで謝る必要があるのさ。ここはアカネの思い出の場所なんでしょ? そんなところに連れてきてくれて嬉しいよ!」
満面の笑みで告げるジェフに、最初は呆気に取られていたアカネも笑みを見せる。
「それに……あの光は小舟の光だよね? 湖の上に光が浮いているように見えて……幻想的で綺麗だと思うよ。アカネと二人でこんな素敵な景色を見られて良かった」
「そう言ってもらえて嬉しい」
二人は微笑みあった後、しばらく景色を見ていた。
「そうだ、アカネはこの後、どうするの?」
「この後……?」
「そう。お祭りが終わったら、コトハ様は帝国に帰るでしょ? アカネも一緒に帝国へと戻るって話は聞いたけど、その後どうするのかなって」
丁度影になっていたため、ジェフの表情は見えなかったが、声色が沈んでいるように聞こえる気がした。
「そうだなぁ……皇帝陛下にコトハ様の側仕えとして働いても良いか、って相談しようと思っているけど……それくらいしか考えていないかな」
アカネの言葉はジェフが考えていた通りの回答だった。でも、彼が聞きたいのはそれではない。
――ずっとジェフがアカネに訊ねたかった事。でも、答えを聞くのが怖くて訊ねられなかった。
「ねえ、アカネ……君の隣にいるのが僕で良いのかな?」
「……?」
「本当に今更な感じはあると思うんだけど……」
最初は番が見つかった喜びでアカネを構い倒していたジェフだったが、コトハを大切にするイーサンを見て自分のあり方は良いのだろうかと悩んでいたのだ。また、最終的には彼女を危険な目に合わせてしまった事が、ジェフの中では大きな棘となって胸に突き刺さっていた。
「君は人族だから……番の感覚は分からないでしょ?」
ジェフの中ではアカネに対する思いが大きくなっていた。最初は自分に自信が無かったのかオドオドとしていた彼女……そんな彼女もジェフは好きだが、あの怪物を倒した後から自信がついたのか、彼女は前を向いてよく笑うようになる。それからより彼女のことを好きになっていた。同時に、自信のついた彼女の笑みに見惚れる男性もいるのだ。
今までアカネは殻に閉じこもっていた状態だったのかもしれない。今回の件で、彼女は空へと羽ばたき始めたのだ。その邪魔になるのであれば、ジェフは身を引くべきだと考えたのだ。
「僕はアカネの役に立てているか分からないし……もし、僕が邪魔だと思ったら言って欲しい……」
最初は彼女と視線を合わせていたジェフだったが、アカネの真っ直ぐな視線に耐えきれず視線を逸らす。しばらく無言の時間が続き、彼女の返答が怖くなったジェフは目を伏せた。
その時彼の顔に何かが触れ、顔の向きを変えられる。恐る恐るジェフが目を開けると、唇を尖らせたアカネだった。驚いたジェフにアカネは口を開く。
「ジェフ、あなたが役に立っていないなんて思わないわ。むしろ、いつもあなたに助けてもらってばかりよ。私があなたの隣にいて良いか分からないくらい――」
「アカネは僕の隣にいて良いんだ!」
彼女の言葉を遮り、ジェフは声を荒げた。
「僕はアカネの事が好きだ! 最初は番だからって言う思いが強かったのは否定しない……ただ、今まで君を見てきて……色々あったけれど、特にアカネの心の強さに僕は惹かれて……大好きになった。だからアカネは僕の側にいて欲しい! けど――」
ジェフが次の言葉を告げようとした時、ふと口に温かいものが触れる。それはアカネの手だ。目を見開いた彼は、二の句が継げなかった。アカネは呆然としている彼に話し始める。
「正直ね……まだ、私はジェフの事をどう思っているのか、分からないの……けどね……隣にいて欲しいのはジェフだけだよ」
その言葉にジェフは目を
「本当だよ。一緒にいたいと思っているのは本当……だから……これからも一緒にいてくれる……?」
二度も同じ言葉を告げられたジェフは、その言葉が事実だと理解する。そして満面の笑みで答えた。
「うん……うん! 僕で良いなら!」
「ジェフが良いんだ。これからもよろしくね」
「うん……! よろしくね!」
視線が合った二人は、微笑みあった。