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第96話 舞

 二日目にの集落でお祭りを堪能した六人は、の屋敷へと戻っていた。

 翌日、妙音みょうおん大社では舞に向けて舞台の準備が行われている。コトハとアカネはそれを手伝う旨を伝えて、別行動を取る事にした。

 最初はイーサンもジェフも、二人と離れたく無かったからか手伝うつもりでいたようだ。それを見たマリが二人に何かを耳打ちする。マリは唯一二人が舞殿で踊る事を知っているため、手助けをしてくれたようだ。二人はマリの言葉に納得したらしく、その後マリも含めた四人での集落へと向かっていった。


 コトハとアカネは四人を見送った後、大社へと向かう。境内に入ると、既に舞殿の準備はほぼ終わっているようだった。


「あ、コトハちゃん、アカネちゃん! 準備は終わってるわ」


 声をかけてきたのはキッカである。彼女は拝殿を指差す。


「二人とも、一度踊りの確認をした方が良いわよね? 拝殿の中で練習するから、来てくれるかしら?」


 アカネとコトハは頷いて、キッカの後をついていく。そこから昼過ぎにかけて予行演習を行った。



 太陽が真上に燦々と輝き始めた頃。

 イーサンとジェフは、大社へと足を運んでいた。の集落に着いてから、ジェフとイーサン、マリとヘイデリクに別れて散策していたのだが、偶然居合わせたセイキが「妙音大社で神楽が聞けますよ」という言葉に興味を惹かれて、二人は先に戻ってきたのである。その後、マリとヘイデリクも合流し、現在は舞殿と呼ばれる場所に設置された観覧席に座っていた。

 周囲に人が集まり、楽しそうな声が聞こえる。そんな中、隣で座っていたジェフが声をかけてきた。


「アカネとコトハ様、見ないですねぇ」

「そういえば、そうだな……」


 この村に来てから、寝る時以外ずっと隣にいたコトハの事を思い出す。半日とはいえ寂しくなかったのは、ずっとコトハの事を考えていたからかもしれない。だが、そろそろ愛しい彼女に会いたい、そうイーサンが思っていた時だった。

 周囲のお喋りが一斉に止まる。何事か、と舞殿の奥に視線を送ったイーサンは、こちらへ歩いてくるキッカの姿が目に入った。


 キッカの後ろには、アカネと何人かの者たちがおり、皆手には太鼓や笛などの楽器を携えている。彼女たちが舞殿の左側……舞殿よりも少し低くなっている場所に並ぶ。アカネは太鼓、キッカは笛を演奏するようだ。イーサンはアカネの演奏を一度見た事があるが、ジェフは初めてだったため、目を爛々と輝かせている。

 楽隊が並び終えると、アカネが太鼓をドン、と鳴らす。そのリズムに合わせてキッカが笛の音を鳴らすと……拝殿からコトハが歩いてくるではないか。


 彼女は巫女装束とはまた違った服に身を包んでおり、マリが奥で「十二単みたい……」と呟いていた。よく見ると、白と薄桃色、若草色の服を重ねて着ているようだ。一番上に着ている白い服は生地が薄いため、若草色の服が透けて見えているのがなんとも美しい。

 その服を赤と白の帯のようなもので縛っており、頭には金色の冠、黄色と白色の花が飾られている。


 イーサンは凛と舞殿の上へと立つ彼女に見惚れた。手には七色の扇子を持っており、如何にも巫女らしい姿は神々しい。彼女はゆっくりとした足運びで舞殿にたどり着くと、観客に向けて一礼する。その後、拝殿へと身体を向けた彼女はゆっくりとした動作でしゃがんだ。

 気づくと、アカネやキッカたち楽隊の音はいつの間にか止んでいた。再度イーサンがコトハへ視線を送った時、彼女は拝殿に向けて頭を下げている。そして彼女が頭を上げたのを見届けた楽隊たちは、音楽を奏で始めた。


 太鼓の音に合わせてゆったりとした動作で動き始めるコトハ。伸ばされた指先は美しく弧を描き、床に垂れている服の動きまでもが、まるで計算されているかのように上品に動く。どこか優雅で、力強い彼女の踊りにイーサンの目は釘付けになった。

 それは他の者たちも同様だ。巫女姫の踊りを目に焼き付けるかのように……瞬きする事すら時間の無駄だと言うかのように……じっと見つめていた。


 途中から扇子ではなく、鈴に変わる。高く掲げられた鈴が太陽の光を浴びて煌めき、鈴に付けられている五色の紐は風にたなびく。時折鈴はコトハによって力強く振られ、儚く消えていくように思える美しい音色の中にもどこか芯のある、頼もしい音色が含まれていた。


「美しい……」

「やはり巫女姫様の踊りは神々しいわ……」

「楽隊の奏でる音楽も、素晴らしい音色だ」


 周囲からもコトハたちを絶賛する声が聞こえる。イーサンもジェフも、コトハたちの踊りに見入っていた。



 舞が終わると、幾つか儀式を行って催しは終わる。コトハの美しさを思い出していると、しばらくして現れたのはアカネだった。アカネが言うには、コトハは今みくまりの泉にいるらしい。イーサンはふとコトハと話したくなり、泉へと向かった。

 泉にたどり着くと、よく見る黒髪が見える。声を掛けようとして――その場にはもう一人いる事に気づいた。


「踊らせてくれて、ありがとう」


 彼女の目の前にいるのは、ズオウ。

 イーサンは悩んだ。呪術にかかっていた時の彼であれば、止める一択。だが、最近の彼を見ていると、きちんと自分の立場を理解しているように思える。だからと言って、戻ろうとは思えない。二人には申し訳ないと思いつつ、万が一を考えて身を隠した。

 その間にも話は続く。


「こちらこそ。巫女姫の舞を披露してくれて助かった。皆も君の……舞を絶賛していたよ」

「そう言ってもらえたら嬉しいわ! 今日の舞は今までで一番楽しく踊れたの。皆のお陰よ!」


 微笑むコトハ。ズオウはまるで眩しそうに、目を細めて彼女を見る。彼のそんな些細な行動に気づかなかったコトハは、話を続けた。


「これから……あなたに全て押し付けてしまう形になってしまうけど――」

「謝らなくて良い」


 彼女の言葉を遮ってズオウは告げた。


「君は今まで頑張ってくれた。今度は自分の人生を生きてくれ。人としての人生を……」

「……分かった。ありがとう、ズオウ様」


 嬉しそうに微笑むコトハに、ズオウは思わず口を開けた……その瞬間、一陣の風がコトハとズオウの間を通り抜けていく。強い風にコトハは思わず目を瞑り、耳には風の音だけが聞こえる。

 彼女が目を開けると、ズオウも同様に目を瞑っていた。


「そう言えば、今何か言いかけた?」


 目を開いた彼にそう尋ねると、ズオウは首を横に振る。


「いや……気のせいだろう。そろそろ俺は片付けに向かう。ずっと練習で踊っていただろう? 片付けはこちらでやっておくから休んでいてくれ」

「分かった。お言葉に甘えさせてもらうね」


 ズオウは「ああ」と告げた後、コトハの前から去っていく。そんな彼の背を見送ってから、コトハはみくまりの泉に祈りを捧げた。



 ズオウが大社に戻ると、キッカが側へと寄ってくる。既に片付けの大半が終わり、後は使用したものを宝物庫へと仕舞うだけらしい。現在は休憩をとっており、あと十分ほどで最後の片付けに取り掛かる予定だとか。

 その話を聞いているズオウの様子を見て、キッカはおや? と思う。どこか悲しげな表情をしているのは気のせいではない。

 キッカは周囲に誰もいない宝物庫へ彼を連れて行き、小声で話しかけた。


「顔色が良くないわよ、ズオウ。どうしたの?」

「いや……」


 歯切れの悪い彼にキッカは首を傾げる。そう言えば、先ほどコトハと一緒にいた事を思い出す。


「もしかして、コトハちゃんと何かあったの?」


 その言葉にズオウの肩が跳ねる。


「やっぱりこの村に留まらないか? と言いそうになった……最後まで自分の事ばかりだと、自分が嫌になったな」


 コトハの幸せを望む気持ちだけでなく、自分の幸せのためにコトハを留めおきたい気持ちがあるとは、自分はなんと愚かな事か。自分を嘲笑っていたズオウは、突然、誰かに頭を撫でられた事に驚きを隠せなかった。勿論、撫でた相手はキッカである。

 ズオウが目を細めて抵抗の意思を視線で告げると、キッカはすぐに手を離す。


「人は基本的に己と言う個体を保つために、自分中心に生きるものなの……そこを口に出さなかったズオウは偉いわよ。言葉にしていたら、コトハちゃんは戸惑っていただろうからね」


 もしあの場で言っていたら、彼女の胸の内にある罪悪感を増幅させていただろう。そんな思いを彼女にさせなくて良かった、とズオウは思った。


「もし……もし次に彼女と会った時、胸を張って『この村は大丈夫だ』と言えるように、俺は村を導きたいと思う」

「その意気よ! ズオウは一人じゃないんだから! みんなで村を良くしていきましょう!」


 ズオウの瞳には、光が宿っていた。

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