トリシャ=シグルズ・ガルシアとは、私の母親だ。母と男との関係も分からず、ただ極東国の間では「シグルズ・ガルシアの血縁は非道な人間である」という風評が立ってしまう。それが将来的に私の首を絞めた。
前回、私が辺境の地で静かに暮らしている頃だったか、魔物が大量に発生するという報告が各国で見受けられ早々に連合軍が結成されつつあった。このルメン大陸全土の国々が力を合わせて、魔物の
不名誉な悪名のせいで極東との交渉は拒否。戦力となる彼らの支援は望めず、帝国は魔物に半分以上侵略されてしまった。
全てはたった一人の男が、
私はロロにどう説明すべきか悩み、結果──母との記憶を振り返り、それらしい理由を用意した。
「極東の人間は強いと聞くもの。
「ロロがいるではないですか!」
「ロロは頼もしいけれど、今後は信用出来る強い人が一人でも多く必要なの」
「
途中で
「とにかく! あと二週間後には教皇聖下の救出に向かうわ。それにこの屋敷も明日には退去するから、忙しくなるわよ」
「しかし、だからと言って、この男をここに置くのは……!」
教皇聖下を助けに行くことに関しては、別に気にしていないようだ。あくまでベッドで眠っている男が気に入らないらしい。
彼が
「ではお嬢様、そこに寝ている不届き者の
「ええ。もし勝手な事をしたら……、そうね。ロロの名前をもう一生呼ばないわ」
「な……っ、お嬢様……私に死ねというのですか……」
なぜか効果抜群のようだ。名前呼びに対してそれほど精神的ダメージになるのか不思議だったが、使えるのなら活用しない手はない。
「名前呼びをやめて『メイド長』と呼ぶけれど、どうする?」
「う……。……お嬢様、………わかりました。私の負けです」
「ロロ、ありがとう!」
ロロの英断に私はぎゅっと抱きしめた。彼女の大きな胸はいつ抱きしめても弾力があって温かい。前回、ロロは流行り病で魔法学院時代に亡くなっている。だからこそ、彼女の
一介の使用人としては見ていない、姉のような存在だ。
「まったく。仕方ないお嬢様ですね」
「いいじゃない。私には頼れる人が限られているのだもの。少しぐらい甘えさせてほしいわ」
「ふふふ、いつの間か口が達者になったようですね」
「私の愛しい人。そろそろ私に気づいていただけないと、本気でへこみますよ」
「ん?」
途中で声が一つ増えたことに私は「あ」と声を上げる。ロロが「男を二人連れて帰る」といっていたが、馬車の御者のことではない。
その男はいつの間にか、この部屋にいたのだ。そしてこの低い声には心当たりがある。嫌な予感しかないが、振り返ると──黒の
「レオンハルト……?」
レオンハルトだと思っていたのだが、私の知る魔人族の姿ではなかった。代わりに陶器のように白い肌、目鼻立ちが整っており、瞳は黒、髪は淡いオレンジ色で、首の後ろで三つ編みに
ジッと見つめていると、彼は両手を広げているではないか。もう理屈抜きで魔人族のレオンハルトだと第六感が告げている。というか、そんなことをする人物が二人もいたら困る。
「そう、お嬢様。この男です! 正式な推薦状があったので……殺し損ね──いえ屋敷に入れましたが──害虫は殺してもいいですよね? いいですね」
(急に物騒なワードが飛び込んできた!)
「そちらこそ、何を勝手に私の未来の
使用人と執事らしからぬ殺気がぶつかり合い、互いに身構えた。こんな狭い部屋で戦闘が始まったら、確実に屋敷が吹き飛ぶだろう。二人の間に居る私は頭を抱えつつも、手っ取り早い解決方法を提示する。
「ロロ、レオンハルトもそこまでよ!」
「しかしお嬢様!」
「ですが、私の愛しい人!」
「こんなところで殺し合いはしないこと。私の知らない間に喧嘩したら──名前呼び辞めますからね」
私は飛び切りの笑顔を二人に向けた。その顔を見た瞬間、ロロとレオンハルトは硬直。
「お嬢様、私たち仲良しですよ」
「ええ、貴女を思う気持ちは同じです」
一瞬にして殺意が消えた。
ロロとレオンハルトは共に引き
それにしても中立国リーベに向かったはずのレオンハルトが、人の姿でいるのか。しかも正式な書状をもって現れたことも驚きだ。戦闘大好きの魔人族に、執事が務まるのかは
(レオンハルトとこんな風に再会するなんて……。戦力が増えることは嬉しいわね。あとは……)
私はベッドで眠っている男へ視線を向けた。目をきつく閉じた
信頼できる味方は多い方が良い。
出来ることなら彼を仲間に引き入れておきたい。