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第23話 キャベンディッシュ家

 ガタン、と玄関の重々しい扉が開く音と共に、足音が使用人部屋へと近づく。おそらく彼女たちが帰ってきたのだろう。公爵家の人間としていい加減、貴婦人らしい振る舞いは出来ないのだろうか。


「アイシャ! 帰ってきているのでしょう!」


 かん高い声に私とロロは、ビクリと肩を震わせた。しかし、その反応は同じではない。ロロは激しい怒りから。私はというと前回の苦い思い出と悔しさが体を震わせていた。

 母が亡くなってから家族として接してもらったことなどなく、魔法学院卒業と共にキャベンディッシュ家を追放された。いい思い出などない。

 前回は文句の一つも言えずに、この家を追い出されたが今回は違う。覚悟を持って、私からこの屋敷の者たちと決別するのだ。


「……レオンハルトは部屋に居て。一応、幻術魔法はかけておくけれど、何があっても飛び出してこないこと。ロロもここで待機よ」

「それはどういう?」


 レオンハルトの殺気がふくれ上がるので、私は慌てて彼の手をつかんだ。


「!」

「いいから、とにかく気配を消すこと! いいわね! ロロもよ!」


 レオンハルトは不可解ふかかいと言わんばかりに、ロロへと視線を向ける。使用人である彼女は唇を噛みしめ不承不承ふしょうぶしょうに頷いた。

 それを確認してから私は廊下へと出た。扉を閉めると、簡単に入れぬように封印魔法をかける。これで術者以外がこの扉を開くことは不可能。

 次いで銀色のシンプルな腕輪をはめる。これで準備は整った。


「アイシャ! いたのなら返事ぐらいしなさい!」


 私を見て立ち止まったのは、白のスレンダーラインのドレスを着こんだ貴婦人だった。彼女の名は、ヘレナ=キャベンディッシュ。

 私の継母に当たる人だ。

 金の刺繍ししゅうを惜しみなく施し、両手の指には色とりどりの趣味の悪い指輪が目立った。年齢は四十代に差し掛かるが、しわ厚化粧あつげしょうで隠しているので一見美しく見える。亜麻色あまいろの髪に瞳、顔目鼻立ちは整っているが、目元が少しきつめだが気品──いや傲慢ごうまんさが内から溢れている。手に持つセンスもドレスと同じ色でかなり派手だ。


 彼女の後ろには深緑色の燕尾服えんびふくを着こなした執事と、娘のリリーが後に続く。母と同じ亜麻色の髪を縦ロールに仕上げて、ツインテールでまとめている。ドレスは桃色に銀糸で様々な花の刺繍があるドレスだ。私と同じ十二歳の少女は、にこにことしているが、そこには愛らしさなどなく下卑げびた笑みで私を見つめていた。


「アイシャ! いるなら返事ぐらいしなさい! 貴方の耳は飾りなのかしら?」

「申し訳ありません。長旅で疲れていたので、少しうたた寝をしておりました」

「あらそう。それで今回は、どのぐらい皇帝陛下から褒美の品を頂いたのかしら? 騎士団が名誉の死を迎えたのでしょう?」

「……」

「きっと厚い手当てが出たに違いないわ。母親として娘の財は私が管理しなくてはならないのだから、ほら早く出しなさい」


 管理ではなく強奪ではないだろうか。

 前回は結局何も言えずに、悔しいながら皇帝陛下からの贈り物を差し出していた。それもこれも「母の遺品を返してもらうまでの我慢だ」と自分に言い聞かせたからだ。

 十八になればその遺品を返してもらう。その条件で従っていたのだが、結局十八になった時に約束は果たされなかったのだ。私が聖女となった時に継母とリリーは、腹いせと言わんばかりに商人に売りつけたというのだ。私が聖女となった年──つまり私が七歳の頃、すでに母の遺品は売られている。

 本当に救いようのない人たち。搾取さくしゅするだけして用がなくなったら捨てる。

 私はグッと拳を握りしめた。


「ほら、早く!」

「お断りいたします」

「なっ──」


 思わぬ反応に継母は口元を歪めた。だが一瞬で笑みを作ろうと再び言葉を紡いだ。


「何を言っているのかしら? 母である私に逆らえば、主人の耳に入るかもしれないわ」


 前回の私、これをよく耐えたものだ。もうここで家を出る話を進めてしまうのは簡単だが、もう少し彼女たちの情報を得る必要があった。残念ながら預言書は何が起こるのかが簡潔に記されているだけで、それ以外の過程の事情などはほとんどない。

 キャベンディッシュ公が教会の上層部と繋がっていることは、前回の記憶を引き継いでいるのでわかっている。しかしそんな情報だけでは証拠にはなりえない。もっと明確なものが必要となる。父と違い継母ならば感情に任せて何か喋るかもしれないと思い、私は黙秘する。


「……ねえ、アイシャ。よく考えて、ね」


 本人はお願いのつもりで言っているのかもしれないが、言葉のとげ端々はじばしに感じられる。彼女の沸点ふってんはそう高くないようだ。


「お母様、お姉様は聖女の力があるからと、増長なさったのでしょう。それに婚約者であるヴィンセント殿下のこともさぞ自慢したくてしょうがないのでしょうね」

「そうね、リリーの言う通りだわ」


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