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05世界は顧みないが家族は顧みる

 身体強化を重ねがけ。

 風と火系統魔法を物理障壁で圧縮したジェット推進を背部に準備。

 魔法感知と視力強化と身体強化を最大に。

 剣は邪魔なのでぶん投げて空間魔法に収納。


 地を蹴って駆け出すのと同時に、ジェット推進を点火。


 シンプルに真っ直ぐでいい。


 すげぇ勢いで突っ込んで、勢いの流れのまま暴れ散らかす。


 ライラは盾を三枚重ねて俺の飛び込みパンチを受ける。


 そこから連打。


 ひたすら殴って、盾を掴んで押し退けて、別の盾に防がれて。


 推進力のまま、ただひたすらそれだけの機械になったように殴り続け。


 四十秒で一枚の盾を破壊に成功。

 五十二秒で二枚目の粉砕に成功。

 八十六秒で三枚目の溶解に成功。


 そして九十九秒。

 四枚目の盾を握力でちぎり捨て。


 ライラ・バルーンの無力化に成功。


 そのままライラの顔面に左の打ち下ろしをかますが。

 寸前で、空気の塊のようなものにぶつかって拳が逸れる。


 関係ねえ、殴り続ける。


 魔力感知で空気の塊の位置を見極めても、避けて殴れるような位置取りをライラがしてくれるわけがない。


 そのまんま殴り抜けろ。


「――――ッ!」


 想像以上に苛烈な連打に対して、ライラ・バルーンは捌くのではなく離脱を試みる。


 ここだ。


 盾を失って捌ききれないと判断した、つまりひよったんだ。


 この試合初めての隙。


 俺は空間魔法から剣を射出し、一気にリーチを伸ばして突きにて首を狙――――。


 的確に首を突いたと思った瞬間。

 ライラ武具召喚で大盾を召喚して、盾の先を俺のみぞおちに突き刺す。

 俺の突きは乱れて、ライラ肩口を突く。


 誘われた……っ、つーか何枚持ってんだこいつは。


 だが、この盾は浮遊していない。

 ただの大盾を装備している。


 盾裏から短剣を抜いて、構え直したライラ・バルーンの瞳からゆらりと炎を輝かせて満面の笑みを浮かべる。


 楽しんでやがる、こいつ……っ。


 上等だ、ここで畳む。


 俺の瞳からも炎が揺れる。

 細かくコンパクトに、しかして苛烈に、流れを止めずに決して居着くことをしない。


 狙いは即死を狙える急所。


 だがそんなところライラ・バルーンが触らせてくれるわけがない。


 手数で削り殺す。

 だが時間が怪しい……、三分で勝つのは相当厳しい。

 それに三分という時間に固執することは精神的な居着きを生む。

とはいえ急がねば勝ちは得られない。

 矛盾をはらんだ状況だが、解決策はある。


 後二十秒で勝ちゃあ良いだけだ。


 背中のジェット推進を全開にして盾に向かってショルダータックルをかまして。

 接触氷結で盾を腕ごと凍らせる。


 ライラは途中で盾を捨てると思ったのだが、盾を離さずに腕ごと凍ることを選んだ。


 確かに盾を捨てて急所を晒すより、腕を凍らせる方がまだダメージ量的にはマシだと考えたらしい。流石すぎる。


 でもこれで、初手に貰った爆発とダメージ量は……まあ五分だ。


 そうなるとライラも攻めなくてはならなくなってくる。

 意識の比重を少なからず攻めに置かなくてはならない。

 防御に対する重さは少し軽くなる。


 ライラの右手に握られた短剣を内回し蹴りの要領で弾いて、凍りついた盾を持つ左手に剣を持った右肘を当てて弾き。


 鉄壁をこじ開けた。


 狙いはド真ん中、心臓一点。

 ジェット推進は全開、このまま穿いて終わら――――。


 ライラ・バルーンは、にやりと笑う。


 開かれた鉄壁の中には、


 たった今、両腕を弾いたところに……腕が三本?


 いや、そんなライラは特異体質とかじゃあない。腕は二本のはずだ。


 じゃあこれは……、そうか。

 盾を握っていた左腕は義手だったのか。

 ご丁寧に魔力操作で動く魔動義手だ。


 凍らせても盾を捨てないはずだ、腕は凍ってないのだから。

 どこだ? いつから義手を吊るしていたんだ?

 いや、そんなんいつでも出来た。

 常に『四枚羽根』を遮蔽にして腕に注視できるタイミングはなかった。


 奇策が過ぎる……、こんな手品まがいの馬鹿げた策で……、文字通り本当の奥の手ってやつか……!


 止まれねえ……! ライラの短剣は鋭く俺の首筋に合わせて突き出されている。

 このままなら相討ちだが……、相討ちなら耐久性の差で俺の『纒着結界装置』の方が先に敗北判定を行うだろう。


 最初からこれを見据えて……、こいつは耐え切ることなんか狙っちゃあいなかったんだ。


 高らかに決着のブザーが格技場に鳴り響き。


「し……っ、試合終了おおおおおおぉぉお‼ 勝者‼ シロウ・クロス選手ッ‼」


 アルコ・ディアールさんは、終了を告げた。


 


 俺が二年の間に習得した、奥の手だ。


 父がその昔、スキルの『加速』を魔法で再現したスキル再現魔法。


 【大変革】より前には様々の強力なスキルがあったが、その中でも『無効化』と呼ばれるスキル効果や補正をその名の通り無効化してしまうスキルがあった。


 その対策のために父が作り上げた最強の魔法。


 これは単なる身体強化などそういうものではなく、時間や空間にまで作用するような。

 生きている時間そのものをズラしてしまうようなとんでもない魔法だ。


 故に現在は、軍事機密中の軍事機密。


 帝国軍ではジャンポール師匠とガクラ閣下などの極小数のみが扱えて、その存在を知るのも一部の者だけだ。こんなものが普及して、悪用でもされたら止めようがない。門外不出の究極奥義である。


 俺は世界最強になる為に、師匠から疑似加速を継承された。


 当然、競技での疑似加速の使用は禁止されているのだが……。

 ライラの短剣が俺の喉を貫く瞬間に疑似加速を発動し、短剣を躱して心臓を穿いた。


 試合には勝った、目標の三分以内での勝利も達成したが……、それは禁止技での勝利だ。


 つまり俺はまた……、試合に勝って勝負には負けたんだ。


 精神的には三連敗である。

 かなり悔しい、まだまだ課題が残った戦いになった。


「……ふざけんじゃないわよ。何この私に勝っておいて納得してねぇツラしてんのよ……。あんたは必ずぶっ畳む、そのキスマークのついた首洗って待ってろ色ボケ馬鹿!」


 ライラ・バルーンは怒りを滲ませながらそう言って去ろうとしたところで、立ち止まり。


「あ、でもその前にあんたはチャコが畳むから。一旦そこで、吠え面かいときなさい。チャコは私よりずっと強いから」


 不敵にそう言って、ライラ・バルーンは格技場をあとにした。


 負け惜しみだと、笑うことは出来ない。

 チャコール・ポートマンは間違いなく怪物だ。


 それでも俺は負けるわけにはいかない。


 目指すところは世界最強なんだから。


 瞬殺王者、シロウ・クロス。

 準々決勝進出。


 並びに。


 鉄壁天使、ライラ・バルーン。

 二回戦敗退。


「……くっそ、パンドラめ……」


 俺はそう呟き、首を押さえながら退場した。


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